琥珀色の戯言

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佐賀北の夏 ☆☆☆☆


佐賀北の夏―甲子園史上最大の逆転劇 (新潮文庫)

佐賀北の夏―甲子園史上最大の逆転劇 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
2007年、夏。甲子園は奇跡に揺れた。前年県大会初戦敗退の公立校が、全国制覇を成し遂げたのだ。その名は佐賀北。スター選手を一人も抱えることなく、宇治山田商、前橋商、帝京、広陵など常連強豪校を次々と破った裏には、いかなる練習と秘策があったのか。対戦校の監督たちが体験した怖さ、監督・選手間で交された日誌の存在など、綿密な取材から、最大の逆転劇が起きた必然に迫る。

佐賀北高校が優勝したときの僕の率直な感想は、「えっ? 佐賀北が、甲子園で優勝しちゃってもいいの? 相手は、あの名門・広陵高校だよ?」でした。
甲子園で優勝するためだけに、いろんなものを犠牲にしてきたはずの野球名門校に、僕たちにとっては、まさに「すぐ近所にある普通の高校」が勝ってしまっても、良いのだろうか?と、正直困惑してしまったのです。

「甲子園には魔物が住んでいる」とは言うけれど。


しかし、この文庫を読んでいると、僕の、そして日本全国を感動させた「普通の公立高校・佐賀北高校」というのは、あまりにも「つくられた幻想」であるということもよくわかります。
佐賀北高校の選手たちは、みんな厳しい練習で鍛え抜かれていたし、勝つための戦略も、監督の頭にはありました。
もちろん、広陵や帝京といった名門校には、選手たちの素質も大舞台での経験もかなわないとしても。


この本では、「佐賀北高校の監督と部長、そして選手たちが、いかにして甲子園で闘ったのか?」が描かれています。
佐賀北は、たしかに「個々の選手の能力」では並みいる名門校にはかなわないけれど、まさに「弱者が強者に立ち向かうための最良の戦術」を駆使しました。

 佐賀北の優勝は、ミラクルでもなんでもなかったのではないかと。優勝は出来すぎていたとしても、少なくとも、甲子園で何回か勝つだけの力は充分に備えていた。
 たとえばひとつの好プレーを引っ張り出してみると、そこには必ず糸がついていて、その糸をたどっていくと、必ずその要因となる何かが出てくるのだ。それはあの副島の逆転満塁ホームランも例外ではなかった。
 そして、百崎(監督)の中にあるこんなイメージが、僕の脳裏にもありありと浮かんでいた。
「俺が求めているのは、でっかい象を、ちっちゃいアリで倒すイメージ。一対一なら負けるけど、束になれば倒せないはずはない。相手を見ただけでビビるやつは絶対に許さない。おまえは足をかじれ、おまえは砂をかけて目つぶしをやれ、おまえは後ろに回ってタマを蹴り上げろ、と。言葉は汚いですけどね」
 二回戦で対戦し、再試合の末、苦杯をなめた宇治山田商業(三重)監督の中居誠は佐賀北の印象をこう話していた。
「選手ひとりひとりが自分ができるのはこれだけだからという開き直りを感じた。普通は、こう打ちたい、こう投げたいっていう欲が出てくるもんなんですけど、それを捨てさせている強さを感じましたね。選手たちの腹の据わり方が違った。相手がどうこうよりも自分たちの野球を徹底するんだ、と。正直、こら勝てんわと思いましたね」
 帝京の監督、前田三夫も、奇しくもまったく同じことを感じていた。
「長打の選手は長打、単打の選手は単打と、役割分担がはっきりしていた。それがあの集中力を生んでいたんじゃないかなあ」
 野球とは不思議なスポーツで、団体競技でありながら、個人競技の色合いが強い。全員が個人スポーツとしてとらえてもチームは成り立つ。ただ、近視眼的に見ると個人競技だが、引いて眺めるとやはり団体競技だ。だから、野球ではそれが難しいのだが、プレーヤー全員がそうした意識を持つことに成功すると、個々の能力だけでははかれない強大な力を生むことがある。

これは、WBCワールド・ベースボール・クラシック)で、アジアのチーム(日本・韓国)が好成績をおさめている理由にも通じているような気がします。

いや、わかっていても、こんなふうに「自分にできないことはやらない」というのは難しいことなんですよね。
せっかく甲子園に出たのだったら、一発ホームランでも狙ってやるか、とか、三振とってプロのスカウトに注目されたい、なんて思うのが「普通の人間」のはず。
逆に「自分たちが弱者であること」を認めることができたからこそ、佐賀北は「奇跡」を起こせたのかもしれません。
これは、高校野球だけの話ではないはず。


広陵との決勝戦の描写には、読んでいて引き込まれてしまいました。

 一年前の甲子園での決勝戦がフラッシュバックした。早実駒大苫小牧――。延長15回表、二死走者なしで、早実のエース斉藤祐樹が駒大苫小牧の4番・本間篤史を2ストライク3ボールと追い込んだときだ。あのときもコンサート会場でアンコールを求めるかのように、そこかしこで手を打つ音が聞こえたかと思うと、瞬く間に雷鳴のごとき手拍子に変わっていたのだ。
 そんな巨大なうねりの真っ最中、バックネット裏で声をからしていた小池が振り返る。
「8回に入って、一気にムードが変わりましたよね。『佐賀県、そろそろ1点ぐらいとって故郷に帰るか!』みたいな手拍子ですよ。でも、あれが高校生じゃなきゃ、4−0のまま終わってますよ。微妙な判定があったのは事実ですけど、あれが野球。球場が1点くらい取らしてやれよという雰囲気になっているのは明白でしたからね。だから広陵もあそこで懐を深くして、1点、2点はくれてやろうやないかってなっていたら、もっと楽な気持ちで戦えたんでしょうけどね」

あのときの球場の雰囲気、審判の判定、そして、「奇跡の」逆転満塁ホームラン……
僕はあの場面をリアルタイムで観ていて、「野球マンガでも、わざとらしすぎて、こんなストーリーは描けないよなあ」と、ただただ呆然としていたのです。
広陵の選手たちも、たぶん、何が起こったのか信じられなかったのではないでしょうか。


佐賀北の選手たちは、一部を除いて、「もっと上のレベルで野球をやること」にこだわりませんでした。
甲子園の優勝メンバーにもかかわらず、大学で準硬式野球部に入った選手もいます。
彼らは、卒業後の進路でも「身の丈」をわきまえていたのです。
それが、良いことなのかどうか、僕にもよくわかりませんが。


今後、同じようなことがこれから先、甲子園で起こる可能性は、すごく低いのだろうなあ。
佐賀北高校は、その後、県内から有力な選手が集まってくるようになったにもかかわらず、甲子園に出場することすらできていませんし。


人は、あの夏の佐賀北高校の優勝を「奇跡」だというけれど、あれは、たぶん「奇跡」ではなかったのです。
あれは、「ごく低い確率で、いろんな高校に起こりうるべきこと」だっただけのこと。
もしかしたら、どんな強豪校にとっても、「甲子園で優勝すること」は、「奇跡」なのかもしれませんけど。

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