琥珀色の戯言

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まいにち富士山 ☆☆☆


まいにち富士山 (新潮新書)

まいにち富士山 (新潮新書)

64歳で初登頂! 通算800回超の名人が明かす醍醐味とコツ。「毎日登って飽きませんか?」「いいえ、あの達成感は格別です。だから明日も行っちゃうんです」

富士山を目指すのに遅すぎることはない。必要なのはある程度の体力と事前の準備。64歳の初登頂以来、天気が許す限り毎日登って800回を超える名人が「安全に行って帰るまで」を指南する。どれほど辛いのか? 景色以外の楽しみは? どんな忘れ物が痛い? 高山病のマル秘対策は? 迷ったときの対処法は? 登山客が見せた落涙のドラマや九死に一生の恐怖体験も交えた、富士登山の醍醐味、勘所が満載の一冊。

 新書には、「奇書」だと感じてしまう本がときどきあります。
 グルメブロガーが「タダで食事をしてレビューするヤツらは邪道だ!」と怒りを発散しまくる本や、有名人たちが自分の思い込みだけで垂れ流す対談本など。
 まあ、そんな本ばっかり読んでいる僕もどうかと思うのですが、この『まいにち富士山』も、そういう奇書系の一冊といえるでしょう。
 初登頂が64歳のときで、800回以上も富士山に上っているという著者による「自慢本」。
 微笑ましくもある一方で、いちおう「新潮新書」というブランド新書なのに、誰がこんな企画を持ち込んだんだ?と疑問にもなります。
 いや、読んでいてつまらないわけでも、腹立たしいわけでもなくて、プロの登山家ではない、高齢の「富士登山マニア」による「登山の際の諸注意」というのは、僕のような「いつか富士山に登ってみたいと考えている超初心者」には、そこらの「登山ガイド」よりも役には立ちそうなんですけどね。
 なにより、著者の「毎日富士山に登れるのが、嬉しくてたまらない!」という気持ちが伝わってくる本ではありますし。


 僕もいつかは富士山に登ってみたいと思っているのですが、体力的にけっこうキツイとか、山小屋での雑魚寝と早起きの話などを聞くと、「まあ、そのうちに……」と、なかなか踏ん切りがつかないんですよね。


 実際に、富士山に登るのは、けっして「簡単」ではありません。
 著者は、高山病の項で、こんなふうに書かれています。

 大雑把に言って、富士山に登ろうとする10人のうち、5人に何らかの高山病の症状が現れ、うち3人は頂上まで行き着けないのではなかろうか。スタート地点の五合目の酸素量は平地の約八割、山頂付近では約七割になってしまう。

 
 著者曰く、「少しでも『危ないな』と思ったらやめるべきだ」。
 まさに、その通りなのだけれど、「一生に一度の富士登山」だと思うと、頂上にたどり着けないまま諦めるのも、なかなか難しいというのはよくわかります。


 そして、富士山の現状については、こんなことも書かれています。

 2007年、富士山はようやくユネスコ世界遺産暫定リスト入りが叶った。それが話題になるにつれ、登山客の意識もマナーも確実に向上してきたのは事実である。だが山小屋の廃屋の残骸は放置されたままだし、山小屋の近辺に大量に埋められている空き缶空き瓶等々の緊急処理も急を要する問題だろう。
 それでも、各富士登山口五合目以上の登山道から頂上までのエリアはきれいに保たれている方だ。富士山麓の県道国道沿いの樹林地帯へのゴミ捨ては目に余る。目隠しになっている道路脇の草木をかきわけて5〜6mも入ると、異様な光景が広がる。なぜこんなものを、なぜここまで運んできて捨てるのか、と思い悩むほどの種々のゴミ。心ある人たちや企業が、時間とお金を使って処理作業に努めてくれているが、あまりにも広範囲にわたる膨大な廃棄量だ。この辺りを車で走る機会があったら、一度、山に分け入ってごらんになるといい。まさに人心荒廃、こんなことではいけないと怒りがこみあげてくるはずである。
 いま富士山への入山料を設定しようという動きが起きている。私はもちろん賛成だ。一人ひとりの心情に訴えるのと同時に、今あるゴミの処理費用をどうにか捻出することも急務だからである。

 若干「説教臭さ」を感じるというか、説教されているような気分になるのですが、これほど富士山に対して、熱い思いを抱いている人がいるということには、ただただ圧倒されてしまいます。

 富士山には、今日一日だけ頑張れば何とかなるという楽観的な見通しや力任せの歩き方は通用しない。だが裏を返すと、ある程度の体力と事前の準備があればきっと行き着ける、大人のための目標地でもある。一歩一歩汗を流して登っていくと、いつの間にか謙虚な気持ちになっていることを実感させられる。畏敬の念もわいてくる。そして遂に日本一の頂上に立った時の爽快感、達成感、充実感は、何度目になろうとも筆舌に尽くしがたい格別の味わいがある。それこそが明日もまた、私が富士山へ向かう理由なのだ。

 僕にとっては、富士山の魅力よりも、「どうしてこんなに毎日同じ山に登ることにこだわる人がいるのだろう?ということのほうが、興味深い新書でした。
 毎日登っていても、「筆舌に尽くしがたい格別の味わい」ってあるものなのだろうか……

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