琥珀色の戯言

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監督だもの 三谷幸喜の映画監督日記 ☆☆☆☆


監督だもの 三谷幸喜の映画監督日記

監督だもの 三谷幸喜の映画監督日記

内容紹介
最新作『ステキな金縛り』を撮影中の三谷幸喜監督に密着インタビューを敢行。クランクインからクランクアップ後までの、その時その時の“思い”を追いかけました。キャスト、スタッフ、25人の周辺取材も含め、映画製作の舞台裏がリアルに見えるドキュメンタリーです。

僕はこういう「映画撮影の裏側」を描いた「撮影日記」って大好きなんですが、この『監督だもの』は、そういう「バックステージものの書籍」のなかでも、かなり面白かった。

ただ、この本、撮影スケジュールに沿って、「どんなシーンの撮影が行われたか」と、そのときの三谷監督やスタッフ、出演者の仕事を心の動きがけっこう詳細に書かれているので、まずは映画『ステキな金縛り』を先に観ることをおすすめします。
こちらをあらかじめ読もうとすると、書いてある内容はわからないし、映画を観るときも中途半端にネタバレだしで、残念なことになってしまいますから。

この本を読んでいて興味深かったのは、監督としての三谷幸喜さんと、彼を支える人たちの姿でした。
映画監督って、どんなシーンでも、自分の好きなようにできると思っていたのだけれど(実際、この本のなかで、スタッフたちは、「もっと三谷さんの好きにやっていいんですよ、遠慮しないで」みたいなことを何度も言っています)、監督は「最終決定権を握っている」だけで、セットをつくったり、撮影をしたり、カット割りをしたり(この本では、「三谷幸喜とカット割り」というのが、ひとつの大きなテーマになっています)という仕事の多くは、腕利きのスタッフの判断に委ねられているのです。
監督は、彼ら、彼女らに自分のイメージを伝えて、違うところは修正しながら、最終的にどれを使うかを決断するのが仕事。
これを読んでいると、三谷幸喜の映画を生んできたのは、三谷幸喜という門外漢(もともと舞台や脚本のひとなので)をあるときにはうまくリードし、あるときには無理難題を実現する優秀なスタッフたちなのだということがよくわかります。
テレビ番組などでは「変人」イメージが強い三谷さんなのですが、少なくともクリエイターといては、とても魅力的な人物だということも。

 自分が本を書くだけだったら、わりと早かったかもしれないけれど、自分が監督をするって考えた時に、幽霊はどういう扱いにするのか、すごく悩みましたね。石原さんと最も悩んだのは、幽霊は半透明なのか? どういうふうに見えているのか? ということ。それから、これは後々、話の主軸になっていったんですけれど、全員に見えるのか? 見えないのか? という問題。最初は、見える、実体もある、でも、死んでいる、ということにしようと考えていました。法廷に落ち武者が入ってきた途端に、皆がどよめく、みたいなシーンは見えるし、面白いだろう、と。そうすると焦点は、この人は生きているか? 死んでいるのか? みたいなことになってきて、心電図を測ったら、全然動かないみたいな、そういう面白さもあるなって思ったんだけれども、よくよく考えてみると、そうなってくるとお侍がタイムマシーンに乗って、現代に来たのと同じことになっちゃって……(笑)。

「脚本をどんなふうに映像にするのか」を決めるのも、最終的には監督の仕事なんですよね。
この本を読んでいると、映画監督というのは、本当に大変な仕事だなあ、と考えずにはいられませんでした。
そして、あれほどの映画マニアの三谷さんでさえ、5本目の監督作品でも、「脚本家としての立場」と「監督」の隙間を埋めるのに苦労しているところがあるのです。

ところで、今回の『ステキな金縛り』では、三谷監督の周囲との接し方に、大きな変化がみられていたようです。
ラインプロデューサーの森賢正さんは、こんな証言をされています。

 今回はよく飲み会に参加してましたね。どんな飲み会でも積極的でしたよ。今までの監督を知っているものとしては、信じられないけど、スタッフの気持ちや考えを知ろうとする姿勢は、監督としての成長のひとつなのかもしれませんね。

ええっ、あの三谷さんが?という「変化」ではありますし、あんまり「コミュニケーション上手」になっちゃうと、「三谷さんらしさ」が失われてしまうのではないかと心配なのですが、たしかに『ステキな金縛り』という映画には、ある種の「親密さ」を感じさせてくれるところがあると思いました。
もちろん、それが三谷さんの「変化」によるものなのかどうかはわかりませんが。


そして、この本を読んでいてあらためて感じたのは「役者さんのすごさ」です。
深津絵里さんについての、三谷さんの話。

――この日は法廷シーンを少しお休みして、その横の裁判長の部屋の撮影でした。


 この日の最初のシーンが裁判長室でした。そのシーンは、全何百シーンのうちのもう終わりのほうで、成長したエミの撮影だったんですよね。今まで見てきた深津さんと全く違う感じになっていて、やっぱり俳優さんはすごいと思いましたね。髪型も少し違って、衣裳も大人っぽくなっているんですけど、それ以上に彼女の内面から出てくるものが違っていて。順撮りじゃないにもかかわらず、ちゃんと彼女の中で整理ができているんだなっていうのがわかって、深津さんは素晴らしいなと改めて思いましたね。今はそこまで編集しているので繋げてみてわかるんですけど、彼女の成長が作品の中で見えるんですよね。彼女の成長する要因になる裁判のシーンをまだ撮っていないにもかかわらず、その後のシーンなのにそれがちゃんとできているっていうのがすごいし、大変だと思います。舞台は初めから順番に作ってくし、幕が開いたら順撮りと同じ意味で作れますけど、映画の場合はあっちいってこっちいってなのに、繋げたらちゃんとしていなければいけないっていう。本当に俳優さんはすごいなと思いますね。

映画を観る立場だと、エミが物語の進行にしたがって成長していくのは当然のように思えるのですが、撮影は、バラバラの順番で行われているのです。ラストシーンを最初のほうに撮って、冒頭が最後に撮影されることもある。
にもかかわらず、その人物の「成長度」を計算して演じ、順番に繋げたときに観客に違和感がないようにするというのは、すごく難しいことのはず。
それこそ、時系列で撮れるのであれば、だいぶ違うのでしょうけど、映画の場合は、そういうわけにはいきません。

この本では、深津さん、西田敏行さん、中井貴一さんなど、主なキャストへのインタビューもたくさん挿入されていて、撮影の雰囲気や、キャストたちの三谷監督への想いが伝わってきます。
「三谷組に参加できる」というのは、役者さんにとっても、大きなやりがいになっているみたいです。


「映画を撮ることの大変さ」そして「楽しさ」がよくわかりますし、「映画は監督のものであるのと同時に、監督だけの力では、良い映画はつくれない」ということが伝わってくる、面白い「撮影日記」になっていると思います。
『ステキな金縛り』を楽しめた人には、ぜひおすすめしたい一冊です。
これを読むと、もう一回、映画を観直したくなりますよ。

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