琥珀色の戯言

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世界史をつくった海賊 ☆☆☆☆


世界史をつくった海賊 (ちくま新書)

世界史をつくった海賊 (ちくま新書)

内容(「BOOK」データベースより)
スパイス、コーヒー、紅茶、砂糖、奴隷…これら世界史キーワードの陰には、常に暴力装置としての海賊がいた。彼らは私的な略奪にとどまらず、国家へ利益を還流し、スパイとして各国情報を収集・報告し、海軍の中心となって戦争に参加するなど、覇権国家誕生の原動力になった。さらに、国際貿易・金融、多国籍企業といった現代に通じるシステムの成り立ちに深く関与していた。厄介な、ならず者集団であるいっぽう、冒険に漕ぎ出す英雄だった海賊たちの真実から、世界の歴史をとらえ直す。


「海賊王に、オレはなるっ!」という有名なマンガがありますが、この本を読んでいると、「やっぱり海賊って、けっこう大変だし、海賊行為を行われる側にとっては、迷惑極まりないものだなあ」と考えずにはいられません。


この新書では、世界を支配した「大英帝国」のエリザベス女王(1世)は、海賊たちの大スポンサーであり、イギリスを覇者にしたのは海賊だった、という意外な歴史の事実が示されています。

16世紀後半のイギリスは、羊毛や毛織物を中心とした貿易をしていいましたが、スペインやフランスのような大国に囲まれる「二流国」だったのです。

 当時、イギリスの人口は400〜450万人(ロンドンの人口は約10万人)であるのに対して、ポルトガルを併合したときのスペイン人口は約1000万人、フランスは1600万人。スペインとフランスを相手に、イギリスが戦争を強いられれば、イギリスに勝ち目がないのは誰の目にも明らかであった。
 スペインやフランスの野心を砕くためにも、イギリスは是が非でも豊かな国になり、強い軍事力を備えなければならない。国家の存亡を前に、富国強兵の国家政策が求められたのは、言うまでもない。しかし問題はいかにして、富国と強兵を実現するかであった。手っ取り早く資金を調達して、富国政策を推進する道を探しあぐねた末に到達した結論が、国を挙げて海賊行為に勇往邁進することであり、毛織物に依存しない海外貿易を切り開くことであった。とりわけ女王は資金源としての海賊にたいそう興味を示し、全国津々浦々で有力な海賊を発掘すると、女王の側近を通じて海賊船団を編成させ、洋上でスペイン船やポルトガル船を襲撃させた。
 遠洋航海の帆船を襲撃し、高価な商品を略奪できれば、盗品をロンドンやアントワープに持ち込んで売却し、その場で現金を手にすることができる。これが“海賊マネー”である。エリザベス女王にとって海賊たちは、利用価値の高い集金マシーンと認識されるようになった。


 ちなみに、当時の「海賊マネー」は、このくらいの金額であったそうです。

 女王の集金マシーンとして、エリザベス1世がもっとも頼りにしていた海賊のひとりが、イギリス人として初めて世界一周の航海「世界周航(Circumnavigation)(1577〜80年)を成し遂げたフランシス・ドレークである。女王がドレークを贔屓にした最大の理由は、女王やイギリスに巨額の利益をもたらしたことに尽きる。たしかに世界周航そのものも偉業なのだが、周航に対する出資金の回収と、出資額に応じた利益の配当が莫大だったからだ。
 ではドレークによって、どの程度の資金がイギリスにもたらされたのであろうか。ドレーク研究の文献を頼りに金額を算出すると、イギリスに約60万ポンドをもたらし、エリザベス女王は少なくとも、半分に当たる30万ポンドを懐に入れたという。この金額は文献によって異なるが、当時の国家予算は20万ポンド前後と見積もられており、ドレークは実に三年分の国家予算に相当する“海賊マネー”を、イギリスに持ち帰ったことになる。


 いまの世の中の基準で考えれば、これはもう「女王陛下の泥棒」であり、ターゲットにされたスペインやポルトガルはたまらなかっただろうな、と思います。
 当時の人々にとっても“海賊”というのは危険な仕事だったようで、この本のなかには、

 リスクが高い世界周航の割に、ドレーク外族船団の生還率はとても高く、乗組員164人の中で100人が生還することができた。

とあります。
逆にいえば、64人は死んでいるわけで、生還率は61%。
これで「とても高い」ということは、一般的な海賊たちの生還率は、推して知るべし、でしょう。
食い詰めた人が多かったのか、冒険を求めていたのか、よほど報酬がよかったのかは書かれていませんが、よくこんな危険な航海に出たものですね。

それもまた、「今の世の中の基準で考えてはいけない」のでしょうけど。


この本では、海賊たちが「略奪」を生業としていた16世紀後半から、彼らが「海軍」としてスペインの無敵艦隊を破り、イギリスの覇権を確率するまでの過程が描かれます。
そして、その後、イギリスの力が強まっていくにつれ、東インド会社などでの「独占的な貿易による収益」が主流となり(海賊たちも、略奪だけではなく、スパイス貿易にも従事していたようです)、コントロールが難しくなった海賊たちは、国家によって、追いつめられていくことになります。


また、この新書のなかでは、「海賊」の話だけにとどまらず、「世界の中心となった大英帝国の貿易戦略の流れ」が紹介されています。

スパイスから、コーヒー、紅茶、そして、奴隷貿易
僕は奴隷貿易というのは、いわゆる「先進国」が武器を持ってアフリカに乗り込み、現地の人たちをさらってくるものだと思っていたのですが、実際は違っていたようです。

 奴隷の主な供給源は、部族どうしの戦いで敗れた敵側の捕虜であったという。アフリカの部族社会では、部族どうしの戦いが絶え間なく、負けた部族は勝者の捕虜や奴隷となる。ポルトガル人が自らの手で黒人奴隷を獲得したのではなく、あくまで現地の黒人王国と結託することにで、奴隷貿易を可能にしていたのだ。こうした取引は、ヨーロッパの高級品と黒人奴隷を「物々交換」することで成り立っていた。

イギリスの「海賊」のなかには、こうしてポルトガルが集めた奴隷を「略奪」して儲けていた者がいたのです。

うーん、なんというか、救われない話ではありますね。
同じ黒人どうしだからといって、必ずしも助け合うとは限らない。
それはもう、どの民族でも同じことなのだろうけど。


この新書は、以下のように結ばれています。

 大国スペインやポルトガルとの競争に立ち向かい、戦争に勝利できる近道はコソ泥ではなう、大泥棒になること―――これこそがエリザベス女王の国家戦略だった。海賊を徹底的に利用した国造り、つまり「海賊国家」の建設をイギリスは国家目標に据えたのである。

これは、「産業もなく、人口も少ない二流国家」が生き残るための「正しい戦略」ではあったのでしょう。
その一方で、「ここまでやらなければ、覇者にはなれないのか……」と考え込んでしまう現実でもあります。


「海賊女王に、私はなるっ!」
本当にしたたかだったのは、海賊よりも、「海賊をうまく利用し尽くした人」だったのでしょうね。

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