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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

「ステルスマーケティング」なんて、もう古い!

参考リンク:ステルスマーケティング(Wikipedia)

ステルスマーケティング (Stealth Marketing) とは消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすることである。略して『ステマ』とも呼ばれる。


具体的には、あたかも客観的な記事を装った広告や、影響力のあるブロガーが報酬を得ていることを明示せずに、第三者的な立場を偽装して、特定の企業や製品について高い評価を行うことなどがあげられる 。この行為自体は刑事事件にはあたらないものの、モラルの観点からしばしば消費者団体などから非難を受けることがあり、また「やらせ」が発覚すれば消費者からの信用を落とすことにもつながりかねない。


このように、自身の身元や、宣伝が目的であることを隠して行われるため、消費者をだます側面を持ち『サクラ (おとり)』や『やらせ』との線引きが困難であるため、アメリカでは、マーケッターと「関係」の有無や、「金銭授受」の有無などを明らかにすべきという「倫理基準」を設ける動きが出ている。日本においても、マーケティングの教科書に「倫理」という新しい項目が加えられるなど、企業倫理の一環として「マーケティング倫理」が意識されつつある。

「食べログ」関連などで「ステルスマーケティング」が話題になっていますが、「口コミ」のふりをした宣伝って、そんなに目新しくも珍しくもないんですよね。
文藝春秋』という月刊誌を御存知でしょうか?
僕も「芥川賞受賞作発表号」を年に2回買う程度なのですが、この日本一売れている文芸誌をパラパラとめくっていると、有名人などが、ある商品について「対談」していて、そのページの横に小さく「このページはPRです」と書いてあるのが目につきます。
いちおう「明示」してありますから、「ステルス」じゃないのかもしれませんが、この手の「記事と見誤るような広告」って、けっこうたくさんありますよね。


そして、「口コミのふりをしたステルスマーケティング」に対しては、バッシングが起こりがちなのですが、この「マーケティング」ってやつは、すでに、僕たちの身の回りに、深く深く「浸透」しているのです。


以下は、2009年に読んだ本『戦略PR』(本田哲也著・アスキー新書)に書いてあった内容です。

(「漢字力低下」という空気を、店頭でも活用する 「漢検DS」の成功例という項から)


漢検DS」は、年間270万人もの受験者数を誇る検定試験「漢検」の公認ソフト。遊びながら漢字を学べる、ニンテンドーDS向けゲームだ。実際の試験と同じ形式で出題される「チャレンジモード」、手軽に漢字練習ができる「トレーニングモード」、漢字をテーマにしたミニゲームを楽しむ「ゲームモード」などがある。「漢検DS」は2006年9月に発売され、瞬く間に、約30万本を売上げるヒットとなった。このヒットを支えたのは、漢字検定に興味を持つ層やゲーム好きの人たちと推測できるが、「さらに売上を伸ばすためには、もっと一般的なより多くの人たちにアピールすべきだ」と、市場の拡大を狙うキャンペーンが設計、展開された。
 このキャンペーンで、戦略PRによる空気づくりは重要な役割を果たした。
 発売元のロケットカンパニーがとった戦略は、「日本人の漢字力が危ない!」という空気をつくって、それを「漢検DS」のニーズに結びつけようというものだった。
 まず、日本人の漢字力についての実態・意識調査を実施。その結果、「日本人の85%が、漢字力の低下を感じている」「4人に1人の大人が、子供に漢字を聞かれて答えられなかった経験あり」など、オトナたちにとっては耳が痛い事実が明らかになった。
 さっそく、これらの結果をまとめ、マスコミ向けにリリースし、PR活動を展開した。パソコンで文章を書く機会が増えたため、「漢字力が衰えたなあ」と、漠然と感じている日本人は多い。こうした漠然とした不安を裏付ける調査結果は、マスコミの注目を集める。その結果、新聞、テレビなど40以上のメディアが、この調査結果を紹介。12月12日の「漢字の日」(京都の清水寺でその都市にちなんだ漢字が発表される、毎年恒例のあの日だ)にリリースしたことも大きかった。
 こうして、日本中に「漢字力が低下している。どうにかしないとマズイ」というカジュアル世論をつくり、危機感を蔓延させる。これだけでも十分に、「漢検DS」の需要につながるシナリオだが、このキャンペーンがさらに戦略的だったところは、この「空気」を見事に、ゲームソフトを購入する店頭のプロモーションまで落とし込んだ点だ。
 店頭のプロモーションは、12月14日から開始された。実は、2006年12月14日は人気ゲームシリーズ「ポケットモンスター」の新作、「ポケモンバトルレボリューション」(任天堂Wii向けソフト)の発売日だった。一部には、「なにもこんな強力なライバルが新発売される日にぶつけなくても……」という反対意見もあったという。しかし、あえてこの時期を狙ったのは、子連れでゲームショップに来店した親に対し、店頭でプロモーションを展開しようと考えたからだ。
 ここで展開されたのが、「漢字力低下」の報道素材を活用した店頭POPだ。新聞などに掲載された記事を紹介し、「漢字ブーム到来!!」「各メディアが大注目!」と大きく謳った。つまり、世の中でつくった空気を、さらにお店に持ち込んでリマインドさせる作戦だ。これをゲームショップなどの店頭に貼ることで、「そういえば、新聞やテレビで、日本人の漢字力が落ちていると報道していたなあ」と、子どもを連れた親に思い出させようとしたのだ。効果は上がった。ポケモンなどのゲームを買いに来店した顧客に対し、「このままではマズい。子どもにゲームを買うついでに、自分は漢検を買って勉強し直そう」と思わせることに成功したのだ。
 これに、「漢検DS」を模したブログパーツのネット上での配布や、テレビCMなどの施策が連動したことで消費者の興味は高まり、再び売上は急上昇。ついに60万本を突破した。このキャンペーンは、危機感をあおるカジュアル世論づくりと、店頭プロモーションでの活用がキレイに連鎖している成功例だといえるだろう。


 ちなみにこの『漢検DS』の発売日は2006年9月28日。テレビ番組の影響による「漢検ブーム」があったのだとしても、売上60万本はかなりの大ヒットです。
 たしかに当時「こんな地味な『お勉強ソフト』が、なんだかすごく売れているな……」と『ファミ通』の売上ランキングを見ながら思った記憶が僕にもありますし、僕も「何かのゲームを買ったついでに」この『漢検DS』を購入したんですよね、実は。まさにメーカーの「戦略PR」の思惑にはまってしまったのです。
 買っただけで満足して、ほとんどやっていないのですけど……


 『漢検DS』は、発売後2ヵ月で、「想定の10倍以上」という55万本を販売したそうなのですが、この新書では、『東京新聞』に記事として掲載された「漢字力 85%が低下実感」という記事が紹介されていました。『日刊スポーツ』にも同様の記事が掲載されており、Googleで検索してみると、現在でもかなり多くのネット上の記事が見つかります。
 僕もこの記事をどこかで読んで、「自分の漢字力に、なんとなく危機感を抱いた」記憶がありますが、この「調査」を行ったのが、『漢検DS』を発売しているメーカーだったとは、当時は意識していなかったなあ。記事のなかには、ちゃんと「ロケットカンパニーが調べた」と書いてあるのですが、新聞や雑誌に広告ではなく「記事」として採り上げられていると、こういう「ゲーム会社のプロモーション戦略」というのを意識しなくなってしまうんですよね。
 もし同じことが『ファミ通』の広告欄に載っていても、僕はたぶん「あー宣伝宣伝」としか思わなかったはず。


 もちろん、「漢字力調査をすること」も、「それをニュースとしてメディアに売り込むこと」も悪いことではありません。調査内容も事実なのだと思います(「漢字力低下」は、大部分のパソコンを使っている人間にとっては、日々実感していることでしょうし)。
 それをアピールして『漢検DS』というソフトを売るのも、責められるようなことじゃないのです。
 それでも、いまの時代というのは、「記事」と「広告」の境界がどんどん無くなってきているのだなあ、ということを考えさせられる話ではありますね。
 この『戦略PR』という新書を読んでみると、「広告」そのものではなくても、「その商品に消費者が興味を持つようなデータをメディア経由で戦略的に流布する」ことは、もう、「斬新な方法」ではないのです。


 そういえば、『あるある大辞典』が捏造を指摘された番組の前に、納豆製造業者に「納豆が売れるから増産しておいたほうがいいよ」と予告していたという話もありました。


 僕は2年前に、この『戦略PR』を読んで驚いたのですが、雑誌などで採り上げられる「ブーム」も、実は、その雑誌が独自に調査したものばかりではなく、メーカーの宣伝担当者などから「次にこんなものを流行らせようと思うのですが、どうでしょうか?」という形の「持ちこみ」で企画されるものが少なくないそうです。
 もちろん、それが紹介者の目論見どおり「当たる」ときもあれば「当たらない」ときもあるのです。

 
 いずれにしても、それは、雑誌側にとって、「自分たちで調査をして記事を書く」よりも手間がかからないし、広告などの「見返り」もあるしで、「美味しい企画」なのだとか。


 いま、口コミのふりをした「ステルスマーケティング」が話題になっていますが、実際に広告に携わっている人たちにとっては、「口コミのフリなんて、もう当たり前のこと」なのかもしれません。
 そもそも、家や車や超高級レストランならともかく、生活用品や普通のレストランなんて、どんなに「口コミ」で操作しようとしても、一度使ってみたり、食べてみたりしてダメならば、どんなに宣伝してもムダというものです。
 「食べログ」の「情報操作業者」は、10万円であなたの店を食べログの上位に!とうたっていたそうなのですが、よっぽどの大型店でもないかぎり、10万円というのは、結構「重い」金額です。
 それほどの価値がある「口コミ」って、なかなか無いですよね。
 柴咲コウさんが「泣きながら読みました」とか言ってくれるのならともかく。


 いまの時代の最先端の「宣伝」は、「ステルス」ではなく、ごくふつうの「情報」としてやってきます。
 受け取る側も、それが「宣伝」であるとは思わないような方法で。


 でも、僕はそれが一概に「広告する側が悪い」とも言い切れないのです。
 今の世の中、テレビは無料、ネットのコンテンツも、もちろん無料。雑誌も、その分量に比べたら、かなり安い値段で売られています。
 実際には、これらの運営にはお金がかかっているはずなのに、それが無料になったり、格安になったりするのは、どこかから「お金」が出ているからです。
 それは、企業からの「広告」であり、僕たちが日頃買っている商品には、その「広告費」が上乗せされています。
 「ネットのコンテンツは無料なのが当たり前」本当にそれが正しいのかどうか?
 「食べログ」だって、ユーザーがみんな有料会員になってくれて、店側からお金を集めなくて良くなれば、もっと公正な運営ができるかもしれません。
 民放テレビ局だって、マスコミだって、「大広告主」でなければ、電力会社の原発の怖さを、もっと積極的に採り上げていた可能性はあります。


 「広告」=「悪」っていうイメージを持つ人が多いみたいですが、実際には、「どんな良いものでも、宣伝しないと、なかなか伝わらない」のも事実です。
 少なくとも、いまの世の中に生きていくうえで、「広告」を完全にシャットアウトするのは不可能ですし。
 「ステルスマーケティング」って、「誰がウソをついているかわからないので、気持ち悪い」のは確かなのですが、「好み」なんて人それぞれですしね。
 先日、「食べログ」をみて、妻と子供と3人である中華料理店に行ったのですが、僕は「値段のわりにボリュームがあってなかなか良い」、妻は「ありきたりな味で、量ばかり多くて辟易」というのが感想でした。
 結局のところ、「万人向け」なんてものはないし、「食べログ」に関しては、「あまりにも酷い店は避けられる」「知らない土地で、店選びのヒントにはなる」というだけで、かなり重宝してはいるのです。
 本当に「広告」がまったくなければ、何をどう選んでいいのか、わからなくなりそうだし。


 まあ、言い方は悪いですが、「そんなに高くないレストランや本くらいなら、たまには広告に踊らされてみるのも一興」くらいの気持ちでいるのがちょうどいいような気がします。
 逆に、「公正であるはずの、もっと大きな社会についての情報」は、もう少し積極的に疑ってみることが必要なのでしょう。