琥珀色の戯言

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歪笑小説 ☆☆☆☆


歪笑小説 (集英社文庫)

歪笑小説 (集英社文庫)

内容紹介
東野圭吾、いきなり文庫で登場!


新人編集者が初めての作家接待ゴルフで目の当たりにした、”伝説の編集者”の仕事ぶりとは。
単発のドラマ化企画の話に舞い上がる、若手作家・熱海圭介のはしゃぎっぷり。
文壇ゴルフに初めて参加した若手有望株の作家・唐傘ザンゲのさんざんな一日。
会社を辞めて小説家を目指す石橋堅一は、新人賞の最終候補に選ばれたはいいが・・・・・・。
小説業界の内幕を暴露!!作家と編集者、そして周囲を取りまく、ひと癖ある人々のドラマが楽しめる、全12話の連続東野劇場。

 東野圭吾さんの「いきなり文庫」というのを見て、「うーん、単行本にするにはちょっと……というレベルの作品だから、『いきなり文庫』なのかな、あの『白銀ジャック』のように」と思ったのですが、この『歪笑小説』はすごく面白かった。

 これまでも、「小説家としての生活」や「小説とお金」について、積極的に発言してきた東野さんによる、「出版界の内幕暴露小説」なので、本好きにはこたえられない作品です。
 モデルになっている人や出版社、文学賞などいろいろ想像してみるのもなかなか楽しい。

「読めば感動できる売れない本と、中身はスカスカだけど売れる本、どっちが我々出版社にとってありがたいかは、いうまでもないだろ。俺たちは売れる本を作らなきゃいけないんだ。じゃあ、どんな本が売れるか。内容が素晴らしいから売れるってことはある。でも計算はできない。計算できるのは、売れる作家の本だ。ベストセラー作家といわれる人たちの本を出せば、まず間違いなくある程度の数字は見込める」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「そうさ。だからみんな売れっ子作家の原稿をほしがる。でも作家の能力にだって限界があるから、全員にまんべんなく作品を渡すなんて無理だ。どうしたって、気に入った編集者を優先することになる。それが人情ってものだ。わかるだろ?」
「それはまあ、わかります」
 つまり、と小堺は人差し指を立てた。「売れる作家から気に入られる編集者が、出版社にとって役に立つ編集者ということにならないか」
「それは……少し考えてから青山は首を捻った。「そうかもしれませんけど」
「そうかもしれないんじゃなくて、そうなんだよ。そうやって獅子取さんは難攻不落といわれる作家からも原稿を取り、今の地位を築いた。伝説の編集者と呼ばれるようになったんだ」

 ああ、「文学」の世界も、結局は「人間関係」なのか……
 基本的には短編集なのですが、「伝説の編集者」の正体とか、作家どうしのつき合いの話とか、作家とお金の話とか、「無名のサラリーマンが文学賞を授賞し、不遇時代を経て、ナンバーワン売れっ子作家になった」東野さんだから書ける話が満載です。
 どこまで「本当」なんだろう?と考えてしまいますが、短編集の前半は、かなりリアルな「内輪ネタ」であるにもかかわらず、後半からは「作家や編集者のちょっと良い話」になってしまっていることからも、「最初はリアルに書きすぎて、後半はやや遠慮したのではないか」と僕は想像してしまいます。
 まあ、単に「暴露話のネタ切れ」の可能性もありますけど。
 とはいえ、集英社文庫から出せるくらいの作品ですから、「出版界を揺るがすような爆弾」が書かれているわけではないんですが。


 この短編集、「小説」のかたちで、読者として興味があったけど、誰も教えてくれなかった疑問にこたえてくれています。
 なかでも、「小説誌」に対するものは、クリーンヒットでした。

「僕たちが今日一番知りたいこと。それは――」眼鏡少年が『小説灸英』を手に取り、表紙を青山のほうに向けた。「この本は売れてるのかってことです。教えてください。この本を売って、本当に出版社は儲かってるんですか」


(中略)


「いや、あの、ええとだね」青山はハンカチを出し、額に滲んだ汗をぬぐった。「読むところがないなんてことはないよ。連載小説を楽しみにしている人も多いわけで」
「そうなんですか」眼鏡少年は疑わしそうな顔をする。
「そりゃそうだよ。でなきゃ、載せないよ」
「でもお」青山の右側の女子が口を開いた。「その人たちはいつから買っているんですか。これ見るとお、連載三回目とか十回目とか二十三回目とか、全部ばらばらですよね。てことわあ、いつ買ったとしても、大抵の作品は連載の途中だったんじゃないですか」
「いや、それはまあそうなんだけど」口の中が渇いてきた。「途中からだと絶対にだめってこともないんじゃないかな。だってほら、君たちだってマンガ雑誌は読むでしょ。うちの社が出してる『少年パンク』とか。あそこに載ってるのは、殆どが連載だよ。だけどみんな、途中からでも読んでるでしょ」
「マンガ雑誌の連載は違うと思います」きっぱりといいきったのは、この中では一番小柄な少年だった。「ここへ来る前に、自分なりに分析してみたんです」
「ぶぶ、分析?」
「マンガ雑誌の連載は、多くは一話完結の読み切りになっています。そうでない作品も、途中から読み始めた人が続きを読みたくなる、あるいは、これまでの経緯を知りたくなるよう工夫がなされています。でも『小説灸英』に連載されている小説には、そういう工夫が全く感じられません。一応、前号までのあらすじというものが載せられていますが、本気で内容を伝えようとしているようには思えませんでした。
「はあ……すみません」手厳しい意見に、青山は思わず首をすくめた。

 そうですよね、本好き、小説好きの僕でも、小説誌って『芥川賞受賞作掲載の文藝春秋』くらいしか買ったことないものなあ。
 あの「連載小説」って、誰が読んでいるんだろう?とかねがね疑問だったのです。
 「単行本にして稼ぐ」というビジネスモデルなのだとしても、マンガ週刊誌に比べると、あまりにも「途中から読み始めるには、ハードルが高すぎる」。
 この『小説誌』という短編には、その疑問に対する「出版社側からの解答」も書かれています。


 本好き、そして、「本をつくっている人たちの話好き」には、すごく楽しめる1冊だと思います。おすすめ。

 ところで、この文庫の最後に、

 著者は本書の自炊代行業者によるデジタル化を一切認めておりません。

 とあえて書かれているんですよね。
 この件に対しては、東野さんの意志は固いみたいです。

 東野さんのことだから、あの話すら「ネタ」としてこの本に仕込んだのかもしれないけれども。

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