琥珀色の戯言

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逃げない力 ☆☆☆


逃げない力 (PHPビジネス新書)

逃げない力 (PHPビジネス新書)

内容紹介
社内で孤立。台詞を「噛む」恐怖。仕事がなくなる不安。
――逃げなかったからこそ、得たものがありました。


アナウンサーというと、華やかな職業をイメージする人も多いだろう。
しかし実際のところ、局の社員として働くいわゆる「局アナ」の仕事は、一般的なサラリーマンの仕事と寸分変わらない。指令とあればどんな仕事も引き受け、時には「あなたの社内での評判が非常に悪い」とはっきり忠告される。
話すのも苦手で、何をやっても上手くいかなかった著者が今、スポーツ番組からバラエティまで幅広く活躍しているのはなぜなのか? そこには、逆境をチャンスに変える「逃げない力」があった。


スポーツ選手、タレント、芸人、そして制作スタッフ……各界のプロフェッショナルとの現場で学んだ、テレビ東京ならではの珠玉の仕事術。


「女子アナ」って、華やかな仕事というイメージがありますが(というか、実際にそういう面はたしかにあるのでしょうけど)、「芸能人的」である一方で、「テレビ局の職員のひとり」でもあるんですよね。
 テレビ東京を代表する人気アナウンサーの大橋未歩さんは、この新書のなかで、たびたび、「自分が使われなくなっていくのではないかという不安」を口にしています。
 傍からみれば「ちやほやされている」ようにみえる女子アナにも、「局のスタッフに起用してもらえなければ、テレビに出られない」という現実があるのです。


 この新書のなかで、大橋さんは「子供の頃の私は、コンプレックスの塊だった」と告白されています。
 まあ、子供というのは、けっこうみんな「コンプレックスの塊」だったりするものではあるのですが、30代半ばとなった現在まで、当時の記憶を持ち続けている人というのは、そんなにいないかもしれません。

 たとえ一般の人でも、お笑いの素養がないと市民権を得られない。そんな空気が関西にはあります。話には必ずオチをつけるし、相手がボケたら突っ込む。生粋の関西人は、そうやってお笑いのセンスを鍛えられて育ちます。家でも外でも漫才をやっているようなものです。
 私の両親はともに東京出身だったので、家での会話はすべて標準語。互いにボケたり突っ込んだりする文化はありません。
 友達と話していると「いまの話、落ちてへんやん」とか、「ここ突っ込むとこやで」とよく言われたものです。標準語が口をついて出てこようものなら、「なに東京かぶれしてんねん!」。

 ああ、こういうのはたしかにつらかっただろうなあ。
 「関西のひとたちは、みんなお笑い好きで明るい」ようなイメージがあるのだけれども、それに馴染まない人だって、当然いるわけで。
 そんな大橋さんが、「高校時代のある出来事をきっかけに」アナウンサーを目指すようになったのです。
 そう考えてみると、いまの「なんでもやってしまう大橋未歩さん」というのは、ある意味、「そんなのできませんよお〜」って流すことができない「真面目さ」からきているのかもしれないな、とも思われます。


 不躾ながら、僕は大橋さんがヤクルトの城石選手と結婚したときに、「なんでそんな地味な人を相手に選んだのだろう?」と思いました。
 女子アナが結婚相手に選ぶ野球選手って、古くは古田敦也から、イチロー石井一久、ヤクルトの青木宣親のようなスター選手ぞろいでしたから(なんかヤクルトの選手ばっかりですが、巨人の選手も多いですよね)。
 でも、この新書を読んでいて、大橋さんが城石選手と結婚した理由の一端が垣間見えたような気がしたのです。

 主人と結婚した時、あるスポーツ紙から取材を受けました。その時命名された私たちの結婚スタイルが「ドロップアウト共感婚」。
 言われてみれば確かに、二人ともドロップアウトから軌道修正をしてきた人生を歩んでいるのです。


 彼は元プロ野球選手ですが、元フリーターでもあります。ガソリンスタンドや蕎麦屋のアルバイト店員からプロ野球選手になりました。甲子園に主将として二回も出場していながら、推薦入学を果たした大学を一週間で退学し、二年間のフリーター生活を送った後プロになったのです。
 いまでも大学を辞めた理由をあまり語りたがりませんが、多くの人にご迷惑をおかけしたことを、申し訳なかったと心から悔い、当時の自分は根性がなかった、どうしようもない人間だったと猛省する姿をよくみます。そんな彼をみて私は、彼が過去の自分を嫌いだったという部分に人間的魅力を感じました。


 私も前述の通り、過去の自分が大嫌いでした。中高は私立のエリート校で落ちこぼれ、大学はプライドだけで偏差値上位校を受けて全敗しました。浪人生活ではとことん自分と向き合い、環境を憎むのをやめたのです。
 すると翌年、第一志望校に合格することができ、いまは夢だった仕事に就いています。唯一と言っていい「粘り強さ」という私の長所は、浪人時代に培ったものと言って過言ではありません。

 なるほど、「ドロップアウト共感婚」とは、よく言ったものだなあ、と。
 人って、「相手の優れたところに魅力を感じて好きになる人」と、「相手のコンプレックスやダメなところに惹かれてしまう人」がいると思うんですよ。
 僕も後者なので、大橋さんの気持ち、わかるなあ。
 とはいえ、「全然ダメな人」がいいわけじゃなくて、共感するのは、「それなりに立派な人が、コンプレックスを抱えている姿」なんですけどね。


 最近「伊藤Pのモヤモヤ仕事術」というテレビ東京の人気プロデューサーの新書を読んで、僕は「テレビ東京的なポジション」っていうのは、なかなか面白いなあ、と最近思うようになりました。
 キー局としては、明らかに「マイナー」なテレ東なのですが、内部の人たちは、それを逆手にとって、面白いことをやろうとしているんですよね。
 日テレやフジだと、(時間帯にはよるとしても)最低10%くらいの視聴率は取らないといけない、という制約が出てきます。
 「万人向け」にならざるをえないわけです。
 ところが、テレ東は、「5%くらいでも大健闘!」なのですから、「万人ウケしなくても、一部の人にものすごくアピールする番組」をつくることができるのです。
 もちろん、予算のなさや、テレビ局としてのブランド力のなさはハンデですが、「小回りがきく」のですよね。


 この新書のなかで、僕がいちばん印象に残ったのは、はじめて参加したオリンピック取材での大橋さんの「転機」でした。
 入社試験のときから、「オリンピックを取材したい」と希望していた大橋さんなのですが、入社3年目のアテネオリンピックには、当初は派遣されない予定でした。
 しかも、当時の大橋さんは若手にもかかわらずプライドが高かったためか、周囲からの評判も悪かったそうです。
「スポーツ局では、『お前がいると空気が悪くなるんだよ!』と怒鳴られたこともある」「『性格が悪いから滝に打たれてくれば?』と言われたこともある」
 まさかそんなことになっていたとは……という「今だからこそ言える話」。

 度重なる上司からの苦言により、自分が握りしめていたちっぽけなプライドが完全に崩壊した気がしました。
 そして、アテネオリンピックを機に、自分自身をとことん見つめ直そうと決意したのです。
 アテネ五輪ではまず、自分のことよりも、周りのスタッフを最優先に考えて行動するように心がけました。
 アテネと日本は時差があるので、昼夜逆転で睡眠時間を削って中継することも幾度かありました。そんな時、以前の自分だったら「ああ疲れたな」で終わっていたことでしょう。
 しかし、アテネでは、「私が疲れているということは、スタッフのみなさんはもっと疲れているだろうな」という想像力を働かせるようにしたのです。
 そうすると自然にスタッフのみなさんへの態度や声掛けが変わってきます。

 他にも、開会式や、競泳などの人気競技は、メディアに対しても会場への入場に人数制限をかけられているため、それらの取材も「万一人員に余裕があったら私が行かせてもらいます」というスタンスでいました。
 以前の私なら「五輪キャスターなら観ておくべき」などという傲慢な気持ちでいたかもしれません。
 私がもっとも見失っていた、人を思いやる気持ちや、人に譲る気持ちを、アテネでは一つずつ行動にうつしていきました。
 そうやって三週間のオリンピック期間中、スタッフの一員として謙虚な気持ちに徹して行動しました。
 すると、驚くようなことが起きたのです。オリンピックが終わって帰国すると、社内中の人から「よく頑張ったな」と声をかけられ、私への評価が180度変わっていたのです。


 この経験でスタッフが私に求めていたのは、一緒によりよい番組をつくっていこうとするチームワークだったのだと、ようやく、頭ではなく身体でわかった気がしました。

 職場での自分の評価って、「仕事そのもの」よりも、こういう「気配り」みたいなもので、けっこう変わってしまうものなのだなあ、とあらためて考えさせられました。
 多くの大きな仕事は、「チームワーク」であり、どんなにすごい人でも、自分ひとりの力では、限界がありますしね。
 ここで大橋さんが気をつけたことは、よく読みなおしてみると、たいしたことじゃないようにも思えるのです。
 でも、自分が疲れているときや、「こんなにがんばっているのに」と思い込んでいるときって、こういう「社会人として当然の配慮」が、なかなかできない。
 ひとりの「組織人」として、僕も参考になりました。


参考リンク:『伊藤Pのモヤモヤ仕事術』(琥珀色の戯言)

伊藤Pのモヤモヤ仕事術 (集英社新書)

伊藤Pのモヤモヤ仕事術 (集英社新書)

↑この新書もなかなか面白いです。

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