琥珀色の戯言

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人種とスポーツ ☆☆☆☆


人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)

人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)

内容(「BOOK」データベースより)
オリンピックの陸上男子100m決勝で、スタートラインに立った選手56人は、ここ30年すべて黒人である。陸上以外の競技でも、彼らの活躍は圧倒的に見える。だが、かつて彼らは劣った「人種」と規定され、スポーツの記録からは遠い所にあった。彼らは他の「人種」に比べ、本当に身体能力が優れているのか―。本書は、人種とスポーツの関係を歴史的に辿り、最新の科学的知見を交え、能力の先天性の問題について明らかにする。


僕はこの新書のタイトルをみて、「黒人は本当に運動能力が優れているのか?」という、実験などを通しての「科学的な研究結果」が示されるのではないかと期待して読み始めました。
しかしながら、残念なことに、この本の大部分を占めているのは、スポーツ界(とくにアメリカのスポーツ界)における、黒人選手の歴史の紹介なのです。
いや、それはそれで興味深いし、「どんなスポーツで黒人選手が活躍してきたのか?」というのは、「黒人アスリートの能力」を知るための大きな手がかりにはなると思うのですけどね。


ちなみに、この本の冒頭で「黒人」は、こう定義されています。

「黒人」とはだれか――。ひとまず英語で「ブラック(black)」と呼ばれる人びとであるとしておこう。
 では英語の「ブラック」とはだれなのか。
 それは、アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地、すなわち「サブサハラ(sub-Sahara)」を出自とする人およびその子孫のことである。
 これらの人びとを「ブラック」と呼ぶ合意(コンセンサス)は、英語圏の社会で広く見られるものである。日本語の「黒人」もおおむねこれに準じて使われている。

いやじつは、僕もこれを読むまで、「黒人」とは誰をさすのか?と問われたら、まともに答えられませんでした。
そうか、アフリカのなかでも、サハラ砂漠以南の地が出自の人たちをさすのですね(あくまでも「一般的に」だと、著者はことわっておられます)。


それにしても、この本を読んでいると、アメリカの「人種差別」とか「白人のほうが優れているという思想」には根強いものがあったのだなあ、と呆れてしまいます。
南北戦争後、19世紀の後半から、アメリカのスポーツ界に、黒人選手が散見されるようになるのですが、それは、競馬の騎手、ボクシングなどの一部の競技に限定されていました。ベースボールやアメリカン・フットボールにも活躍した選手はいるのですが、彼らは「例外的な存在」だったのです。


この本では、さまざまな「昔のアメリカ人の人種的偏見」が紹介されています。

 アメリカは、「人種のるつぼ」としての国家像を抱き、「多元性ゆえの優越」を信じる人びとが主流であった一方で、ヨーロッパからの白人至上主義を受容し、積極的に主張する知識人も少なくなかった。米国人類学者会長ウィリアム・J・マクギー(1853〜1912)もその一人である。
 マクギーは、1904年にオリンピックと同時開催されたセントルイス万国博覧会の際に「人類学の日(Anthropology Days)という企画を担当し、その一環として「未開人オリンピック(Savage Olympics)と題する競技会を開催した。その目的は、ヨーロッパの「文明人」のほうが非ヨーロッパの「未開人」よりも運動能力に長けることを証明することにあった。マクギーは、アジア、アフリカ、南アメリカの民族やアメリカ先住民に近代スポーツ競技を行わせ、その結果を欧米人選手と比較した。そして、「未開人」の記録が「文明人」に遠く及ばないことを確認し、こう語っている。

 「未開人オリンピック」は、人類学者が昔から知っていたことを証明したにすぎない。すなわち、白人は身体的にも知的にも、全世界の民族でもっとも優れている。優れた身体と知能を兼ね備えた白人は、人類にとって最良の見本を提供することだろう。

こういう言説を、「米国人類学者会長」が高らかに述べていたのです。
いまから、たった100年前に。
そもそも、ほとんどその競技をやったことがない人たちが、いきなり競技会に出て見よう見まねでやってみた記録と、その競技をずっとやっている人の記録を比較すること自体がバカバカしい話です。
でも、これを支持していた人が、少なからず、当時のアメリカには存在していました。


この話を読んで、「昔のアメリカ人はバカだなあ」と笑いとばすこともできるのでしょうけど、僕は正直、いまの人類学者たちがやっていることも、100年後の人類からすると、笑いとばされるようなことなのかもしれないな、とも感じたんですよね。
当時は大真面目に「研究」していたのでしょうし……


その後も、黒人選手の活躍は、限定された競技のものでした。

 1930年代に優れた黒人アスリートを輩出した五つの競技種目、バスケットボール、フットボール、ベースボール、陸上、ボクシングのうち、ボクシング以外はすべて義務教育で導入された競技であり、ボクシングは都市の貧困階級に広く浸透した競技であった。このことは、幼少期と学童期における環境の整備と機会の提供が、アスリートとしての成長と成功にいかに重要であったかを物語っている。
 逆に言えば、若年期に経験できなかった競技種目には、黒人アスリートはほとんど参入できなかったのである。その影響は今日に及んでいる。1939年にエドウィン・B・ヘンダーソンが著した、最初の黒人スポーツの歴史的概説書として名高い『スポーツにおける黒人』の記述は、おおむね現代人にも当てはまる。

 記録によれば、以下の競技種目では黒人のチャンピオンは誕生していない。アーチェリー、オートレース、バドミントン、ビリヤード、ボブスレー、ボウリング、カヌー、キャスティング(投げ釣り)、チェス、コートテニス、クリケットカーリング、フェンシング、体操、ハンドボール、ホッケー、馬蹄投げ、アイススケートラクロス、ローンボウリング、競艇、ポロ、ラケットボール、漕艇、ラグビー、スケート射撃、クレー射撃、スキー、スクワッシュ、水泳、卓球、レスリング、ヨット。

 これらは義務教育で取り上げられるものでも、黒人貧困層に浸透したものでもなかった。

たしかに、その競技そのものに接する機会がなければ、そこでの能力を証明する機会もないわけで。
まあ、これらのスポーツは、ベースボール、アメリカンフットボール、バスケットボールなどに比べると、アメリカでもマイナーなスポーツであることも事実なんですけど。


 アメリカで黒人アスリートへの門戸が開かれたきっかけは、第二次世界大戦でした。

 1930年代、ドイツのオリンピック選手と競争するジェシー・オーエンスや、マックス・シュメリングとボクシングをするジョー・ルイスの姿に、ナチズムに対する自由と民主主義の闘争をアメリカの国民が投影していたことは、すでに述べた。第二次世界大戦に勝利したアメリカは、自由民主主義の盟主として、とりわけ冷戦が深刻化しつつあった国際情勢のなかで、アメリカニズムの恩恵を海外にもたらす前に、まず国内に浸透させ、徹底される強い必要性にせまられていた。ヨーロッパや太平洋の前線で命をかけて祖国のために戦った黒人たちは、戦後、その祖国から自分たちの人権を保障してもらうのが当たり前であると考えるようになっていた。白人社会でも、それを支持する風潮が強まっていた。

 「一緒に祖国を守るために戦った」ことと、「自由民主主義の盟主としての面子」、そして、「スポーツビジネスの世界では、とにかく勝利をあげることが重要視された」ため、アメリカのスポーツ界での「黒人差別」は薄れてきたのです。
 アメリカの3大プロスポーツである、ベースボール、アメリカン・フットボール、バスケットボールでは、黒人のスター選手が、たくさん輩出されました。


 しかしながら、それは必ずしも、「すべての黒人を幸せにした」わけではなかったようです。
 テキサス大学で長年「スポーツと人種」の授業を担当してきたジョン・ホバマン氏は、1990年代に身体能力神話に支えられた運動競技熱が、黒人コミュニティの若者を袋小路に追いつめてしまう弊害を説いています。

 では、その弊害とはいかなるものなのか。その一つは学業の不振である。ホバマンはこう語る。「多くの黒人は、出世するには運動選手になるしかないと、いとも簡単に思い込み、そうしたスポーツへの執着がもたらすもっとも破滅的で、もっとも知られていない結果の一つが、知的野心をきっぱり拒絶することなのである」
 スポーツの魔力を免れた稀少な黒人少年を待ち受けるものは何なのか。「いい成績をとるために勉強したり、時間を厳守したりするものは、『白人ぶってる』と見なされた。学業でがんばろうとする黒人生徒は、『頭でっかち』というラベルを貼られ、乱暴な黒人たちに疎外され、仲間外れにされ、暴力さえ振るわれたのである」

 黒人には「成功するには、アスリートになるしかない」というプレッシャーを感じるようになった人が多かったのです。
 著者によると、「黒人男性で弁護士や医師を生業とするものが6万人もいるのに比べ、プロアスリートとして生計を立てられる黒人男性は3000人にすぎない」にもかかわらず。


 僕がずっと気になっていた、「黒人は運動能力が生来高いのか?」という点については、この新書のなかでは、クリアな答えは出されていません。
 しかしながら、著者は、陸上王国・ケニアを分析し、「陸上競技で大活躍しているのは、ケニアのなかでも、ごく一部の地域の人々なのだ」ということを指摘しています。

 実際、ケニア人長距離種目のトップアスリートの出身地は一部の地域に集中している。少しデータは古いが、1992年の時点における国際級トップレベルの長距離走者197名中の141名は、リフトバレーに居住するカレンジンというエスニック集団の出身者で、カレンジンのなかでもナンディという下位集団がその圧倒的多数を占めていた。
 結局、ケニアの強さはおおむねナンディの走力によるものであることになる。見方を変えれば、国際級のトップランナーは、ケニアの首都ナイロビ周辺の地域や、北東部、海岸地方からはまったく輩出されず、カレンジンであっても、ケリチョーやキシイなどの下位集団からはほとんど輩出されていない。

 このナンディたちは、牛を強奪するために100マイル以上の距離を長距離走行したり、通学の距離が長かったり、メンタル面では「プライドが高く、容易に屈しない」という特徴があるそうです。
 彼らの走力の高さのどこまでが「先天的」なもので、どこからが「環境の影響」なのか……
 結論としては、「わからない」としか言いようがないのです。
 同じ環境において、「人体実験」するわけにはいかないのだから。


 この本のなかにも、スポーツが苦手なために、周囲から「それでも黒人か」と嘲られてつらい、という人の話が出てきます。
 「日本人のくせに、空手ができないのか」と言われたら、僕だって困惑します。


 結局のところ、「黒人だから運動能力が優れている」というのは、「イメージ」なんですよね。
 ロンドンオリンピック陸上競技短距離走を観ていたら、僕も「やっぱり黒人選手には勝てないな……」って、僕もつぶやいてしまいそうなのですが、水泳の会場では、そう思うことはないだろうし。

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