琥珀色の戯言

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【読書感想】新幹線お掃除の天使たち ☆☆☆


新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?

新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?

内容(「BOOK」データベースより)
テッセイの『新幹線劇場』。新幹線清掃のスタッフたちがつむぎだす、本当にあった心温まるストーリー。おもてなしの心、最強のチーム力の原点がここにあります。

この本、最初に書店で見かけたときは、「ああ、こういういかにも『いい話』って感じの本、苦手なんだよなあ」とスルーしてしまいました。
でも、けっこう話題になっていたこともあり、とりあえず読んでみようかな、と。


率直にいうと、前半の『エンジェル・リポート』は、すごく「心温まる話」ではあったのですが、ある意味「よくある『ちょっと良い話』」なんですよね。
しかしながら、後半の『「新幹線劇場」は、どのように生まれたのか?』という話には、いろいろと考えさせられました。


僕は以前、ある作家の本で、こんな話を読みました。
「フランスで、清掃を仕事としているような低賃金労働者は、愛想もなく、ただ適当にやって時間を過ごしている。そして、周囲の人たちも、そんなものだと思っている。彼らは『仕事というのは、もらっている賃金なりの内容』であるのが当然だと考えているからだ」
この話、「それに比べて日本の働く人たちは……」と続いていくのですが、この『新幹線お掃除の天使たち』を読んでいて、僕はその話を思い出さずにはいられませんでした。
JR東日本の関連会社ではありますし、それなりに安定した企業だと思うんですよ、「テッセイ」って。
でも、掃除という仕事で、そんなに高い給料はもらっていないだろうし、汚いトイレは自分の手を突っ込んででも、綺麗にしなければなりません。


「エンジェル・リポート」紹介の最初に登場するスタッフは、こう書いています。

 60歳を過ぎて、私はこの仕事をパートから始めました。
 親会社はJRだし、きちんとしているし、早い時間のシフトにしてもらえれば余裕をもって家事やお稽古事もできるし。
 それに掃除は嫌いじゃありません。
 でもひとつだけ「お掃除のおばさん」をしていることだけは、誰にも知られたくなかったんです。
 だって他人のゴミを集めたり、他人が排泄した後のトイレを掃除したりするなんて、あまり人様に誇れる仕事じゃないでしょう。家族も、嫌がりました。
「お母さん、そんな仕事しかないの?」

 このスタッフの夫も「親類にバレないようにしてくれ」と言っていたそうです。
 こういう「本人や身内の差別意識」を外野から責めるのは簡単なのでしょうが、「率直な気持ち」ではありますよね。
 

 ところが、この本を読んでいると、「お掃除のおばさんなんて」と思いながら入ってきた人たちが、この仕事にやりがい、生きがいを感じて、変わっていく話がたくさん出てきます。
 彼らが「良い仕事」をすることによって、周囲からの評価が上がり、それによって、働いている人たちも満たされ、さらに良い仕事をしようと努力するようになっていきます。


 ただ、こういうのって「簡単な話」のようでいて、実際にやるのは本当に難しい。
 7年前の「テッセイ」は、「普通の清掃会社」で、「与えられた仕事は真面目にこなすけれど、それ以上のことはやろうとしない」「スタッフたちは『清掃員なのだから』と、目立たないよう、隠れるように仕事をしていた」のだそうです。
 それが、2500日で、「最強のチーム」に生まれ変わっていった。
 『新幹線劇場』の仕掛人、矢部輝夫さんがテッセイに着任したのは、平成17年。
 矢部さんは「テッセイを清掃だけではなく、トータルサービスの会社にしたい」という情熱を持って着任したのですが、当時のテッセイには、「JR東日本のグループ会社で、黙っていても仕事に困ることはないのだから、それなりでいいじゃないか」という空気があったそうです。
 それはよくわかるというか、むしろ、それが当たり前なんだろうな、と。

 
 そんななか、矢部さんは、スタッフの意識改革を少しずつ行っていくのです。
 まずは少数の「コメット・スーパーバイザー」というチームをつくり、このチームをメディアでPRしたり、駅長との会食をセッティングしたり、「日陰の存在ではない」ことをアピールしはじめました。
 そして、いよいよ現場の車両清掃を行う人たちへも「変革」を求めていくのですが、このとき、矢部さんは、まずこんなことをやったそうです。

 車両清掃を担当するチームは、プラットホーム下にある待機所で休憩をとったり、打ち合わせをしたりします。
 そうした待機所が十数部屋あるのですが、そこにはエアコンが十分には備えられていませんでした。清掃業務という身体を動かす大変な仕事なのに、休息をとる場所が快適でないなんて……。これでは仕事に支障をきたし、気分も盛り上がらないのは当然です。
 夏の暑い日、冬の寒い日などは特に身体にこたえます。働きやすい環境がなければ、現場スタッフの意識はプラスに転じません。そこで矢部さんは、すべての待機所にエアコンを4台ずつ設置したのです。
 その費用は総額800万円。テッセイにとっては大きな投資です。しかし矢部さんは、他の経営陣を説得し、現場の環境改善から取り組み始めたのです。
「今までいくら頼んでもダメだったのに……」
 経営陣に対して諦めを感じ、冷めた目で見ていた現場のスタッフたちにとっては、大きなサプライズでした。

 矢部さんがまず行ったことが「精神論」や「スタッフへの指導」ではなく、「職場環境の改善」だったことに、大きな意味があるのです。
 「おもてなしの心」は、やっぱり、もてなす側が、身体的にも精神的にもある程度充足していないと、生まれてこないものだと思うから。

 この後、組織の統合や、「お互いの良いところを見つけて、褒め合うシステム」、そして、「パートでも1年間勤めれば、公平に正社員になる試験が受けられる制度」などを創設していきます。
 さらに、彼らの素晴らしい技術と仕事への姿勢が海外のメディアや有名人、そして、新幹線を利用している「普通のお客さん」たちにも高く評価されることにより、「見られる立場」として背筋が伸びていく。
 どんどん、好循環が起こってきたのです。


 実際のところ、この仕事は、けっしてラクなものではないようです。

 1年で200名近く採用しても、1ヵ月で半数近くは辞めてしまうそうです。

 これだけ「お掃除の天使たち」が有名になっても、この仕事に馴染める、やりがい、生きがいを見出せる人は、採用者の半分。
 悪い言葉でいえば、「ついていけない人たちを淘汰することによって、テッセイのクオリティの高い仕事は維持されている」ところはあるのです。


 最初に紹介した「あまり人様に誇れる仕事じゃない」と考えていたスタッフは、翌年のパートから正社員への試験の際、こう言ったそうです。

「私はこの会社に入るとき、プライドを捨てました。でも、この会社に入って、新しいプライドを得たんです」

 「ここまでのことをやる必要があるのだろうか?
 僕は、あのテキパキとした動きと鮮やかな一礼をみるたびに、そう思っていました。
 でも、「ここまでやるからこそ、やりがいやプライドが生まれてくる」のですね。


 なんとなく今のままじゃダメだと思っているのだけれど、どこから手をつけたらわからないまま時間が過ぎて……
 そういう人には、ぜひ一度読んでみていただきたい一冊です。
 とにかく、「変えようとしなければ、変わらない」のだよなあ。

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