琥珀色の戯言

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【読書感想】ブラジル 跳躍の軌跡 ☆☆☆☆


ブラジル 跳躍の軌跡 (岩波新書)

ブラジル 跳躍の軌跡 (岩波新書)

内容(「BOOK」データベースより)
軍事政権からの民主化、巨額の債務国から債権国への転換、女性大統領の誕生、そしてGDP世界6位に―。この四半世紀余りに劇的な変化を遂げたブラジル。発展の軌跡を、政治、経済、社会、対外関係からたどり、その実相に迫る。民主化はどう展開したのか、経済発展の原動力は何か、そして、どのような課題が残されているのか。

 サッカーとコーヒーとアマゾン、そしてカーニバルの国。
 それが、ブラジルに対する、僕の長年のイメージでした。
 地球の反対側にありながら、日本人の移民が多く、日本にも大勢のブラジル人が「出稼ぎ」に来ている、縁が深い国でもあります。
 僕のなかでは、『プロレス・スーパースター列伝』というマンガで、アントニオ猪木さんが青年時代にブラジル移民として苦労したエピソードが、すごく記憶に残っているんですよね。


 そのブラジルが、今世紀になって、急速に経済的な発展をとげ、世界での存在感を増しているというではありませんか。
 2014年には、サッカーのワールドカップ、2016年にはリオデジャネイロで夏期オリンピックが開催予定です。
 この2大スポーツイベントが、続けて同じ国で開催されるというのも、非常に珍しいことで、それだけでも、ブラジルがいま世界から注目されている国であることがうかがえます。
 ちなみに、この新書によると、オリンピックの開催が決まったとき、当時の大統領は、「これでブラジルが二流国でないことが立証された」と涙したそうです。
 ブラジルは、まだまだ発展途上(というより、「発展の余力を残している」と言ったほうが適切かもしれませんね)の国なのですが、いまの時点で、すでにGDP国内総生産)では2011年にイギリスを抜いて、世界第6位にまで上がってきているのです。
(もっとも、著者は「これにはユーロ圏が経済危機で地盤沈下している影響もあるので、まだブラジルの地位は盤石とは言い切れない」とも書いておられます)


 これまでのブラジルの歩みはけっして「順風満帆」ではありませんでした。
 西暦1500年に「発見」され、ポルトガルの植民地となったブラジルは、1822年に独立したのですが、帝政を経て、19世紀の末に連邦共和制となりました。
 「共和制」とはいえ、しばらくは地主階級に権力が集中する寡頭政治だったそうです。
 その後、第二次世界大戦後の大統領の権力が強い「ポピュリズムの時代」から、1964年から20年あまりの軍事政権時代を経て、1985年にようやく「文民政権」が誕生します。
 しかし、ブラジルの民主化文民政治が安定したのは、1995年に就任したカルドーゾ大統領の時期からで、その後はルーラ大統領、現在のルセフ大統領(2011年就任)と、国民からも高く支持される大統領が続いています。

 さらに電子投票の導入によって選挙の透明性が格段に増した。発展途上国の選挙といえば、不正選挙のイメージがつきまとう。ブラジルもまた1930年代に普通選挙・秘密投票を導入したものの、実態は、地方の政治ボス誘導の選挙が長く続いた。牛(有権者)の首を引いて水場に連れて行く譬えから「端綱の投票」などと言われたものだ。こうした悪弊を断ち切るために採用されたのが端末を使った電子投票である。1996年実施の市長・市議会議員選挙から試験運用をはじめ、2000年の選挙からは本格実施となった。
 ルセフ大統領が選出された2010年選挙は、全国40万か所の投票所で1億人超の有権者が大統領のほか国会議員州知事、州議会議員を同時に選ぶ大選挙だったが、投票締め切りから1時間4分後には大統領の当確が出ている。アクセスが困難なアマゾンのジャングル地帯を含めての話である。選挙に対する国民の意識も変わり、白票や無効票の比率が減ってきている。
 投票・集計技術の革新ぶりは海外でも評判を呼び、電子投票は、ブラジル政府が海外に売り込む技術輸出のひとつになっている。米国の2000年大統領選挙で、共和党のブッシュ候補民主党のゴア候補が接戦となった時もそうだった。フロリダ州での集計がパンチカード方式のため紛糾すると、早速、ブラジル方式の優秀さが売り込まれたものだ。

ブラジルの場合、「民主化」が遅れたため、かえって当時の最新のシステムを導入することへの抵抗が少なかったのかもしれません(アメリカみたいに「形式」を重視する国もありますから)。
アマゾンのように「交通アクセスが困難な広大な地域」を抱えているというのも、電子投票化に思い切った舵取りができた要因ではあったのでしょう。
それにしても、こういう「システムの整備」が、選挙に対する国民の意識を変えたというのは興味深い話ではありますし、日本でも電子投票を真剣に検討すべき時期なのではないか、とも思うのです。

 ブラジルは長年経済政策がなかなかうまくいかず、ハイパーインフレに悩まされてもいたのですが、カルドーゾ大統領以降の15年くらいは、専門家を起用しての思い切った経済政策がようやく奏功し、経済的にも安定するようになったのです。

 僕がこのブラジルの最近の歩みを読んでいて感じたのは、ブラジルは「民主主義というシステムの洗練と経済発展、そしてすべての国民の生活の向上」を同時に成し遂げようとしている、稀有な国であるということでした。

 社会的な人権の尊重とともに、経済面での取り組みもまた、社会的排除を克服するもうひとつの重要な施策である。この点で、「ボルサ・ファミリア」と呼ばれる条件つき現金給付制度が成果を上げている。ボルサは「財布」とか「ふところ」といった意味だが、bolsa de estudoとなると奨学金を意味するから、「家庭奨励費」とでも訳すと政策が狙いとするところに近くなろう。
 家族一人当たり月140レアル(1レアル45円として6300円)以下しか収入がない家庭(世帯)に、子どもの就学や妊婦健診、予防接種、栄養状況などの保健チェックを受けることを条件に、生活費を補助する社会扶助政策である。単なる生活費の支援にとどまらず、生活の質改善に結びつけたところがカギである。

 この制度、日本で生活している僕からすると画期的なもので、「給付条件」が「子どもの登校率75%」というふうに明示されているそうです。
 そして、もしその基準をクリアできなければ、専用のカードでATMからお金を下ろそうとしても「基準未達成のため、今月は支払い猶予」と表示されてしまうのだとか。
 悪い言葉でいえば「お金で貧しい人たちの行動を支配する」おせっかいな政策なのでしょうが、「子どもを学校に行かせる」「予防接種を受けさせる」ためには、きわめて合理的ですよね。
 ブラジルには、まだまだ格差も貧困もありますが、「お金をばらまく」だけではない、「子どもたちの将来につながるお金の使い方」を模索していることがわかります。


 最近急速に影響力を増しているBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれる新興勢力も、その内情は、それぞれ異なっています。
 ロシアや中国は「民主的」とは言いがたいし、インドもまだまだ「国民全体の福利厚生」は未整備な状況です(もちろん、ブラジルだって完璧ではないのですが)。
 これらの国々では、「経済発展」は成し遂げられているものの、人口の力や国家の指導者、一部の富裕層ばかりが、その恩恵を大きく受けているように思われます。
 そんななか、ブラジルというのは、「ちょっと社会主義的」にすら思えるような政策を掲げながら、経済的にも発展している稀有な存在なのです。
 いまのブラジルの話を読んでいると、「もしかしたら、戦後の日本は、こういう国を目指していたのかもしれないな」という気がしてきます。
 ブラジルの場合は、人口はもちろんなのですが、資源に恵まれている、という点が、日本とは大きく異なっているのだとしても。

 近隣国として、いろいろな「関係」を持たざるをえない中国や、「旅行記などでしばしば特異な国として語られる国」であるインドに比べると、ブラジルという国は、昔から日本と関係が深いにもかかわらず、「いま、どうなっているのか?」が比較的知られていないと思います。
 日本にとっては、距離は遠いけれども、縁が深く、これからも良い関係が築ける可能性に満ちた国なのに。
 この新書を読んでいると、「他人事ながら、将来が楽しみになる国だなあ」と感じますし、この国でワールドカップとオリンピックが続けて開催されることにも納得できるのです。


 岩波新書なので、ちょっと「堅い」雰囲気で、スラスラ読める、という感じではないのですが、これを1冊読めば、とりあえず「ブラジルの基礎知識」は得られるのではないかと思います。
 僕みたいな「ブラジルって、サッカーとコーヒー以外に、何があるの?」というくらいの予備知識しかない人には、オススメですよ。
 ブラジルは、これからますます面白くなってくる国だから。

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