琥珀色の戯言

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【読書感想】ナインティナインの上京物語 ☆☆☆☆☆


ナインティナインの上京物語

ナインティナインの上京物語

内容紹介
コンビの苦労と努力の歴史!


コンビを組んで3年。
当時22歳と23歳のナインティナインの二人は、「吉本印天然素材」でも人気は最下位。


芸達者な先輩たちの中で、居場所をつかめずに苦しんでいた。
それが、深夜番組「とぶくすり」をきっかけにいきなり東京でブレイク。
レギュラー番組は1週間に8本並行し、睡眠時間は3時間とれればマシという異常な事態に陥った。
知り合いの一人もいない東京で、経験もないままテレビ業界に巻き込まれていく二人を、一番近くで見ていた初代マネージャーが書いたナイナイの歴史!
「天然素材」の面々との複雑ないきさつも初めて明かされる。


お酒も飲めず、お世辞は言えず、テレビ業界の常識もわからない。おまけに女の子のファンは敵だと思っていた二人のとんがった心のうちとは…?


巻末には、コンビそれぞれと著者の対談付き。
岡村は、矢部にツッコミの注文をした練習の話や、「頭がパッカーンてなった時」のことを包み隠さず語り、当時を冷静に振り返る。
一方矢部は、「感動の27時間テレビの裏側」や「自分の芸のなさを実感して決めたこと」などを語り、気遣いながらも「今の相方について思うこと」を語る。


第一線で活躍し続けるコンビ芸人の絆の深さも伝わってくるナイナイ初の単行本!


この本、書店で見かけたときは、正直あんまり期待していなかったんですよ。
「ああ、よくある『タレント本』なんだろうな」って。
パラパラとめくってみても、字が大きくて200ページあまりしかないし。
岡村さんの病気のこともあったし、「お涙頂戴本」か、あるいは、悪趣味な「暴露本」か……
まあ、吉本興業も協力しているみたいだから、後者じゃないんだろうな……
そもそも、この著者って、1年しかナインティナインのマネージャーやってないみたいだし。


読み終えての感想。
面白かった、すごく。
もしあなたがナインティナインのことが「けっこう好き」か、お笑い芸人というのはどんな人間なのか興味があるのなら、この本を読んでみるべきです。
いままでの「芸人本」って、本人たちによる語りか、プロの取材者によるものでした。
それが悪いとは言わないけれども、この本を読んでいると、「自分自身ではわからない、あるいは語れない自分のこと」ってあるのだなあ、ということがよくわかります。


この本の著者である黒澤裕美さんは、もともとはイラストレーターで、吉本興業の社員ではありませんでした。
ところが、急激に売れて東京に進出することになったナインティナインのマネージャーをやる人がいなかったため、吉本興業に乞われる形で、「一時的に」ナインティナインのマネージャー役をつとめることになったのです。


「急に売れて、テレビにもどんどん出られるようになって……」
まさに、「芸人ドリーム」!
と思いきや、「2人のもっとも近くにいた」著者は、華々しいエピソードではなく、「芸人の傲慢と孤独」を積み重ねていきます。
「もっとも近い第三者」の証言を読んでいると、「売れるって、お笑いをやるっていうのは、こんなにキツイことなのか……」というのと、そのプレッシャーに立ち向かっていくあまりにもストイックなナインティナインの姿に、驚かされるばかりです。


深夜テレビ番組『とぶくすり』で大ブレイクし、「とりあえず3日間」くらいのつもりで東京に出てきたナインティナインと著者。ところが、そこで彼らを待っていたのは、「自分たちの人気」に振り回される過酷な生活でした。

 普通、制作会議は制作サイド(番組関係者)で行うものであり、タレントが持ち込んだ企画以外で、本人たちが参加することはごくまれだ。しかしテレビに出慣れていない二人にとって、新番組の制作に関われるのは貴重な機会、もともと東京という慣れない土地柄や、東京のテレビ番組の制作スタイル、スタッフの考え方や仕事のすすめ方を理解するほどの時間もなかった二人は、すべて自分たちで把握しなければと思い込んでいた。完璧主義者の岡村に至っては、安心してスタッフにまかせることができないという状態だった。
 そのため、二人は寝る間も惜しんで、番組の収録が終わった夜中の1時からでも2時からでも、できる限りの制作会議に参加した。
「番組」を、そして「テレビ」を理解したいという思いが前提にはあるが、そこには「自分たちの納得できるものを作りたい」という強い思い、そして、「使い捨てにされてたまるか」という意地もあったのだと思う。
 この業界は、売れたらいいが、売れなかったら次の芸人と交換されるだけ。一度売れないと認定されてしまえば、自分たちが帰る場所は残されていないだろう。そんなシビアな目を持っていた、「ナインティナイン」ならではの行動だ。
 お笑いに対して真面目で、一切の妥協を許さない二人らしい。
 収録につぐ収録で、休みはおろか睡眠時間もない毎日。本当は少しでもいいからベッドで寝たかったはずだが、二人はその時間を使って打ち合わせに参加した。
 もちろん、眠くなる。そこで、ついウトウトしてしまう自分に活を入れるためにコーヒーをがぶ飲みし、薬局でカフェイン剤を買っては飲み、結果的に睡眠時間は1〜2時間。3時間もあればラッキーという状態になってしまった。今考えれば、よくやっていたと思う。

 そんなギリギリの状態で、「打ち合わせも兼ねて」と呼ばれて参加したら、単なる「接待」の席で、3人で(内心)憤慨した、ということも少なくなかったのだとか。

 売れっ子になった芸人は、ちやほやされて遊びまくっているんだろうな……
 そんなイメージを僕は持っていたのですが、売れはじめの時期に、ナインティナインは、こんなにストイックに仕事をしていたのです。
 この本のなかには、ふたりと著者の交流の様子も紹介されているのですが、「お笑いへの徹底的なこだわりと同時に、すごく意地の悪くみえるところがある岡村さん」と「そんな岡村さんの才能を信じ、周囲とのバランスをとっていこうとするオトナ(と言っても、当時は20代前半ですからね、ふたりとも)な矢部さん」の姿が、生々しく描かれていたのです。
 なかなか東京の水が合わなかったため、スケジュールが厳しくギャラもそんなに良いわけでもない大阪での仕事にこだわり、東京で食事に行こうとしても、ファンの目もあるし、どこに行っていいか悩んだ末に、カラオケボックスで著者とふたりで「温かい食事」をしていた岡村さん(テレビ局の冷たい弁当ばかりで食傷していたそうです)。

 今でも私が人間関係で落ち込んでいると、岡村は、
「オマエ、俺らが東京に来て、一番最初に学んだことを忘れたんか? 人は信用したらアカンってことやろ」
 と、繰り返す。この発言は、今現在も根本的には変わっていない、東京や業界に対して、頑なに心を許さないようにしている岡村の生真面目さが痛いほどわかる。
 岡村は純粋すぎるのだ。人を信じて傷つくのが嫌だから、最初から気を許さないように自分に課すのだ。

 しかし、忙しくなりすぎた岡村は、ホテルでの奇行の他にも悪いクセを出すようになった。
 それは、身近な人のクセや習慣を指摘して説教するという、くだらないがけっこう厄介なものだ。食べ方が汚いとか物を知らないとか、一見岡村の言い分にも正当性があるように思えるような指摘をし、長々と説教する。その相手は私であることも、矢部であることもあったが、指摘された方はかなりムッとする。私は必ず言い返してケンカになるのだが、矢部は言い返さないため、言われっぱなしになっていた。
 岡村は思いっきり言いたいことを言って、相手にも言い返してもらえば、お互いに感情を発散できてスッキリすると考えたのかもしれないが、そもそも二人はタイプが違う。
 岡村が一方的に説教をし、矢部が耐えるという図になっては、岡村もスッキリしない。時々三人の空気が険悪になってしまうこともあった。

 なんのかんの言っても、ナインティナインの中心は岡村さん、ということになるでしょう。
 でも、だからこそ、矢部さんが果たしてきた役割は大きかったのだなあ、とあらためて思い知らされます。
 「クセや習慣を指摘され、説教される」って、正直、やられる側にとってはかなり不快なものですよね。
 そのクセを、自分でわかっていたとしても、無意識にやっていることなのだとしても。
 それをあの「番組での岡村さんの絡み」みたいな感じでネチネチやられたら、たまらないだろうなあ。
 

 僕は長年「相方と仕事以外では一緒に行動しない」というコンビ芸人の常識が疑問だったのです。
「そんなに嫌いなヤツと、よくコンビ組んでいられるな」って。
 その疑問は、この本を読んでようやく解決されました。
 一緒に芸人としてやっていくと、あまりにも濃密な関係になりすぎるから、「ガス抜き」はどうしても必要になるんですね。


 内側からみると、芸能人というのは、すごくストレスが多い仕事みたいです。
 著者が経営していた店に矢部さんが飲みに来た際に、一般のお客さんにずっと絡まれながらも笑顔で接し、「さっきはごめん」と謝った著者に「大丈夫や、慣れてるから」と感情のない声で答えた、なんて話は、読んでいてつらかった。
 芸能人というと、贅沢三昧で派手に遊んでいて……というイメージがあるし、それも一面なのだろうけれど、こういう「不快だったり、めんどくさい目に遭う確率」も、ずっと高いんですよね、きっと。


 この本の最後に、著者(黒澤裕美さん)と岡村さん、著者と矢部さんという2つの組み合わせでの対談が収録されています。
 そのなかで、岡村さん復帰後の「変化」を、矢部さんはこんなふうに語っています。

黒澤:この前な、岡村君が「俺、この頃矢部のこと好きやねん」って言ってた(笑)。


矢部:気持ち悪いな(笑)。でも、なんとなくわかるわ。だから、目見いひんのちゃう? ラジオの仕事って向かい合わせに座るからよくわかるのよ。


黒澤:矢部君はどう思ってるの? 岡村君のこと、今。


矢部:まぁ、ふだんは俺は喋らへん。だから、そのスタイルはわかってるから、喋らへんね、向こうも。仕事を通して会話するって感じやな。まあ、コンビはどこもそうやと思うけど。ただ、最近の岡村さんは、ボヤキが多いからな。それをボケた感じに拾うのに徹しているわ。でも、テレビ観てる人は、前より楽しそうやなとか、よくなったなとか言ってくれるから、いいんちゃうかな。


黒澤:私も復帰直後のテレビを初めて観た時に、他の芸人さんのボケに笑ってはったから、びっくりした。前やったら笑わんかったやん? それで、後から聞いたら、「いや、ほんまに笑ってんねん、あれ」とか言ってさ。休む前はな、他の人が笑いとってると、自分がもっと大きな笑いをとらなと思っててんて。でも今は、誰かが笑いとってると、それも笑えるようになったって言わはるのやな。


矢部:それ、俺が一番最初にわかったよ。俺の言うこと笑うんやもん。


黒澤:笑ってなかったっけか?


矢部:笑ってなかった。もし笑ってしまっても、あとからボケをかぶせてた。でも、今は自然に笑う。だから、本人もラクになったんじゃないかな、すごく。


黒澤:そう言うてはった。「悔しくないの?」って聞いても、「全然」とか言って。

ああ、よかった。
自分のことでもないのに、僕はこれを読んで、なんだかすごく安心したのです。
岡村さんのその変化と、その変化にすぐに気づいてくれる「仲間」がいることに。


「他の芸人さんのボケを笑えない岡村さん」だからこそ、ナインティナインは、ここまで来ることができた。
それは、間違いないのだと思う。
でも、もうちょっとラクにしてもいい、そんな時期がやってきたのでしょう。


岡村さんが復帰したとき、僕は「病気のことを意識してしまって、観る側も笑えなくなってしまうのではないか」と思っていたのです。
ところが、最近のナインティナイン、なんとなく、観ていて心地良いのです。


2人のいちばんキツかった時代をともに過ごした「戦友」だからこそ書けた一冊。
本当に、オススメですよ。

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