琥珀色の戯言

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【読書感想】東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと ☆☆☆☆


東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと (幻冬舎新書)

東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと (幻冬舎新書)

内容(「BOOK」データベースより)
3月11日14時46分。地震発生後、著者は官邸地下の危機管理センターへ直行した。被災者救助に各方面が動き出す中、「福島第一原発、冷却機能停止」の報せが届く。その後、事故は拡大の一途をたどった。―このままでは国が崩壊する。いつしか著者は、原子炉すべてが制御不能に陥り、首都圏を含む東日本の数千万人が避難する最悪の事態をシミュレーションしていた…。原発の有事に対応できない法制度、日本の構造的な諸問題が表面化する中、首相として何をどう決断したか。最高責任者の苦悩と覚悟を綴った歴史的証言。


これ、「いろいろ言いたくなる本」ではあるんですよ、本当に。

 私は大震災発生以来、被災地の復旧、復興のために心血を注いできた松本龍防災大臣に復興大臣をお願いした。松本大臣は、その後まもなくして被災地での発言をめぐり辞任したが、大震災発生以降、防災担当大臣として大変な責務を果たした。官邸地下の危機管理センターに常駐し、まさに寝食を忘れて陣頭指揮で事態にあたった。
 松本大臣は何度となく被災地を訪れ、現地の声を最もよく聞いていた。

菅さんは、自分の功績に関しては声高に主張していて、問題があったところは、なるべく触れずに流しているようにみえますし。
菅さん自身が、「東電が事故現場からの撤退を打診してきている」という報告を受けて、東電に乗り込んで行った場面は、このように詳細に描かれています(ただし、東電側は「全面撤退と言った覚えはない」と主張しているようです)。

 序章にも記したが、私は、勝俣会長、清水社長以下、そこにいた社員を前にこのように述べた。
「今回の事故の重大性は皆さんが一番分かっていると思う。政府と東電がリアルタイムで対策を打つ必要がある。私が本部長、海江田大臣と清水社長が副本部長ということになった。
 これは二号機だけの話ではない。二号機を放棄すれば、一号機、三号機、四号機から六号機か後にはすべての原発、核廃棄物が崩壊して放射能を発することになる。チェルノブイリの二倍から三倍のものが10基、20基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。
 何としても、命懸けで、この状況を抑え込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。そんなことをすれば、外国が『自分たちがやる』と言い出しかねない。
 皆さんは当事者です。命を懸けてください。逃げても逃げ切れない。情報伝達が遅いし、不正確だ。しかも間違っている。皆さん、萎縮しないでくれ。必要な情報を上げてくれ。目の前のことともに、10時間先、1日先、1週間先を読み、行動することが大切だ。
 金がいくらかかっても構わない。東電がやるしかない。日本がつぶれるかもしれない時に、撤退はあり得ない。会長、社長も覚悟を決めてくれ。60歳以上が現場へいけばいい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない。撤退したら、東電は必ずつぶれる。」

何のかんの言っても、菅さんがここで「作業員の安全を考えて、全面撤退」という姿勢をとらなくてよかったなあ、とは思うのです。
(いや、仮に社民党の福島さんが総理大臣でも、「撤退していいよ」なんて言えない状況ではあった、はずなのですが)


それでも、こういうふうに「日本のトップが、あの大災害のときに体験したこと」が本人の口からわかりやすく語られるということは、ほとんど無かったと思うんですよ。
それも、だいぶ時間が経ってからの「回想録」ではなく、1年半というまだ記憶が半生くらいの時期に。


これを読むと、菅さんのところにも「伝えられなかった」あるいは「伝わらなかった」情報が少なからずあって、「知らなかったのだから、動きようがなかった」面はあったのです。
こんな「1000年に一度」の大災害では「何をまず知るべきなのか」がわからないところもあるのでしょうし。


このシステムは、菅さん自身の、あるいは民主党だけの責任ではなく、長年の自民党政治を含む、日本の危機管理システムが積み上げてきた結果であり、菅さんひとりを責めても仕方がないのかな、と僕は考えています。
自衛隊の最大限の人数での出動を即断したことなど、阪神淡路大震災の「教訓」が活かされているのも感じました。


少なくとも、東電に対して、「絶対に引くな」と強い姿勢で立ち向かったことだけでも、最低限の仕事はした、と言えるのではないかなあ。
要求水準、低すぎますか?


この本で読むべきところは、菅さんの総理大臣としての適格性よりも、日本のトップに対して原発事故後に呈示された「最悪のシナリオ」なのではないかと思います。

私自身が「最悪のシナリオ」を頭の中で考えていた頃から一週間ほど後、現地の作業員、自衛隊、消防などの命懸けの注水作業のおかげで最悪の危機を脱しつつあると思われた(2011年3月)22日頃だったと思うが、細野豪志補佐官を通して、原子力委員会の委員長、近藤駿介氏に、事故が拡大した場合の科学的検討として、最悪の事態が重なった場合に、どの程度の範囲が避難区域になるかを計算して欲しいと依頼した。
 これが「官邸が作っていた『最悪のシナリオ』」とマスコミが呼んでいるもので、3月25日に近藤氏から届いた「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」という文書のことだ。
 これは最悪の仮説を置いての極めて技術的な予測であり、「水素爆発で一号機の原子炉格納容器が壊れ、放射線量が上昇して作業員全員が撤退したとの想定で、注水による冷却ができなくなった二号機、三号機の原子炉や、一号機から四号機の使用済み核燃料プールから放射性物質が放出されると、強制移転区域は半径170キロ以上、希望者の移転を認める区域が東京都を含む半径250キロに及ぶ可能性がある」と書かれていた。
 私が個人的に考えていたことが、専門家によって科学的に裏付けられたことになり、やはりそうであったかと、背筋が凍りつく思いだった。
 誤解のないように記すと、この「最悪のシナリオ」の数字、半径250キロまでの避難とは、すぐに避難しなければならなかった区域という意味ではない。たとえ、最悪の事態となったとしても、東京からの避難が必要となるまでには、数週間は余裕があるという予測でもある。

 ちなみに半径250キロというのは「青森県を除く東北地方のほぼすべてと、新潟県のほぼすべて、長野県の一部、そして首都圏を含む関東の大部分」にあたり、約5000万人が居住しているそうです。
 5000万人が避難するということが現実的に可能かどうか疑問です。
 小松左京さんの「日本沈没」が現実に起こったかもしれないのです。


 「いや、それはあくまでも『最悪のシナリオ』なんだろ、脅しみたいなものじゃないの?」と考える人もいるかもしれません。
 でも、それは、「実際に起こっていてもおかしくないこと」だったのです。

 菅さんは、こう書いておられます。

 福島第一原発の作業員、そして自衛隊、消防、警察といった人たちの命懸けの働きを過小評価するものではないので、誤解しないで欲しいのだが、私は、この事故で日本壊滅の事態にならずにすんだのは、いくつかの幸運が重なった結果だと考えている。その一つがこの二号機の原因不明の圧力低下だ。もし二号機の格納容器がゴム風船が破裂するように爆発していたら、もう誰も近づけなくなっていたはずだ。
 四号炉の使用済み核燃料プールの水が残っていたのも幸運の一つだ。定期点検作業の遅れで、事故発生当時、原子炉本体に水が満たされており、この水が何らかの理由でプールに流れ込んだことによるとされている。
 つまり、私たちは幸運にも助かったのだ。幸運だったという以外、総括のしようがない。そして、その幸運が今後もあるとはとても思えないのだ。
 もちろん今回のようなシビアアクシデントに対する予めの備えがあり、マニュアルがあり、訓練が十分であれば、これだけ事故が拡大せずに収束できたであろう。しかし、そうした備えのない中で収束に向かったのは、幸運だったとしか言いようがない。
 もし、幸運にも助かったから原発は今後も大丈夫だと考える人がいたら、元寇の時に神風が吹いて助かったから太平洋戦争も負けないと考えていた軍部の一部と同じだ。神風を信じることはできない。

 現場のスタッフの命懸けの働き、そして、いくつかの幸運。
 どちらかが欠けていたら、「最悪のシナリオ」が現実のものとなっていたかもしれません。
 いくら、あの震災が「歴史上稀にみる大災害」であったとしても、原発の安全性を高めるといっても、ここまで「何かあったときのリスク」が高いものを使い続けるべきなのでしょうか?


 日本でもっとも、あの事故の日本への影響を考えざるをえなかった人(総理大臣)が、「脱原発」を強く訴えていることを、少なくとも(原発利権を持たない)「普通の国民」は、重く考えるべきです。


 この本について、最後にひとこと。
 これって、本来、ネットなどで国民が無料で読めるようにするべき文章ではないでしょうか?
 ネット環境がない人のために、書籍化するのはやむをえないとしても。
 より多くの国民に読んで、考えてみてもらうべき内容であるはずなのに「商品」になってしまっていることに、僕は憤りを感じています。

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