琥珀色の戯言

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【読書感想】第十六代徳川家達――その後の徳川家と近代日本 ☆☆☆


内容説明
徳川家達は、大政奉還の4年前(文久3年)に生まれ、太平洋戦争の前年(昭和15年)に亡くなった。
その76年の生涯は、日本近代史とそっくり重なる。
最後の将軍・慶喜から徳川宗家を4歳で継ぎ、貴族院議長を30年間つとめ、その間、組閣の大命も下った。
ワシントン会議の全権委員となり、軍縮問題に取り組み、右翼に命を狙われたこともあった。
前政権の頭首を継承しながら、新政府のもとでも存在感を発揮しえたのはなぜか。
その稀有な生涯と、それを許容した日本という国の謎に迫る。

「徳川宗家の第十六代 徳川家達」という名前を御存知でしょうか?
僕は「孔明が死んでしまったあとの『三国志』」とか、鎌倉幕府の4代目以降の将軍とか「語られなかったその先」が気になってしょうがない性質なので、書店で見かけて購入しました。
 徳川家の「それから」は、どうなったのか?


まあ、なんというか、読めば読むほど「これはあえて伝記にして語るような人物じゃないな」と。
未発表曲には、それなりの理由がある、といったところです。
徳川家達という人は、能力も人徳もけっこうあって、さすが徳川家の御曹司、という大人の風格があった人ではあったようです。
政治家としても、貴族院議長を何十年もやっているんですけどね。


家達は、1921年のワシントン会議海軍大臣および駐米大使幣原喜重郎とともに、全権大使として参加しています。
幣原喜重郎は、その際の家達をこう評していたそうです。

 公爵は米国には幾多の知人もあり、英国人にもまた知己多く、且つ社交にかけては天稟(てんぴん)ともいふべきで、巧まずして、上手なので、険悪なる空気を緩和する上に於て、絶大なる効果を挙げ得たのである。

ひらたくいえば、「顔が広くて場の空気を和ませることができる人だったので重宝した」というところでしょうか。
「いいひと」ではあったけれど、「切れ者」とか「歴史を自分の力で動かすような気概の人」ではなかった。


ただ、そういう「ムードメーカー」的な役割に甘んじたのは、当時の徳川家の「事情」もありそうです。
徳川家は、明治初期においてはとくに「最大の朝敵」であり、ある意味「目立たず家を保つことを第一に」生きなければなりませんでした。


この新書を読んでいて僕が寂しく感じたのは、大政奉還を行った15代将軍・慶喜と、16代の家達との関係でした。
ふたりは親子ではなく、一橋家出身の慶喜が将軍職を降りたあと、田安家の家達が徳川宗家を継ぐことになりました。
ちなみに、このふたりの年齢差は、26歳。

 公爵となり東京に移住してからも、慶喜は家達に対し、さまざまな場面で遠慮を続けていたようだ。慶喜の孫娘が伝えるところによれば以下のような具合である。
 慶喜は宮中に召される際には馬車を宗家から借りたり、子女を嫁がせる時にもできるだけ宗家の意向に沿うようにした。すべて家達に譲ってしまったため手元に家宝などは何もなかったので、しかたなく旧御三家・御三卿などの諸家から掛軸などを譲ってもらい、体面を保った。さる旧大名家に招かれた際、慶喜が先に到着し上座に座っていたところ、後から着いた家達に「私の座るところがない」と言われ、あわてて席を譲ったという。家達な常々、「慶喜は徳川家を滅ぼした人、私は徳川家を立てた人」と言っていたという。

 家達が宗家を継いだのは4歳のときですから、ある意味「生まれながらの将軍(にはなれなかったわけですが)」だったのです。
 それにしても、現在から「歴史」としてみると、大政奉還は「正しい選択」だったように思われますし、苦渋の選択をした慶喜への仕打ちは酷いと感じますが、当時の徳川家にとっては、やはり、素直には認めがたいものではあったようです。
 ただし、こういう扱いの裏には、武士の時代の最高の名門として、「新しい徳川家は、明治天皇に忠誠を誓っている」というポーズをとりつづける必要性もあったのかもしれません。
 慶喜と宗家の家達が密接につながっているようにみえると、政府の不安の種になり、「粛清」される危険もありました。

 ちなみに、明治維新後は隠居していた勝海舟さんは、この本によると、徳川宗家のアドバイザーとして、よく家達の相談にのっていたのだとか。
 維新後、公職につくことがなかった勝海舟さんが、そういう生き方をしていたというのは、なんだかちょっとホッとする話でした。

慶喜後の徳川家、というのがずっと気になっていた僕としては、とりあえず「腑に落ちた」本でした。
家達さん、江戸時代が続いていれば、「ソツのない将軍」として歴史に名を遺していたと思います。
なんというか、「恵まれた環境に生まれた劉備玄徳」みたいな人だよなあ、というのが、僕の「徳川家達像」になりました。

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