琥珀色の戯言

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【読書感想】騎手の一分――競馬界の真実 ☆☆☆☆



こちらはKindle版です。

内容紹介
プロの世界で長く生きてきたのだから、いつ、どこで、どういう形で引退しようかという「引き際」は、この2~3年、常に頭の片隅にあった。


(中略)


これまで競馬界を支えてきたジョッキーたちが、実は2012年だけで23人もターフを去っている。
これは過去15年でもっとも多い数字だという。
1982年には252人いた騎手が、いまや半分近くにまで激減している。
厳しい試験をくぐり抜けて、ようやく憧れの騎手になったはずなのに、
なぜ、次から次へとこうもみんな、騎手を辞めてしまうのか。(序章より)


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2012年秋のマイルチャンピオンシップ
レースの後、勝利騎手インタビューが行われたウイナーズサークルの中央には、久しぶりの笑顔があった。
ユタカさん(武豊騎手)が、約2年ぶりにG1を勝ったんだ。
「お久しぶりです」
俺はもう家に帰っていたから、そのインタビューはテレビで見たんだけど、何だかとてもさびしく感じた。
あの武豊をこんな状態にしたのは誰なのか――。(第4章より)


まだそんなに老け込む年齢でもないはずなのに(1972年生まれ)、最近、めっきり騎乗数が減ってしまっている藤田伸二騎手。
「やんちゃ」「破天荒」なキャラクターとして知られながらも、ターフの上では制裁を受けない(反則をしない)「模範騎手」。
この新書、読んでいて、そんな藤田騎手の、競馬界への「遺書」のようにも感じました。
「これはヤバい」って話も少なからず書かれているのですが(武豊騎手が、某有力馬主から「干された」という噂に関しても、藤田騎手が当事者も含めて見聞きしたことがそのまま書かれています)、ずっと競馬界にいて感じてきた、「若手騎手を育てるよりも、外国人騎手ですぐに結果を求めようとしてしまう日本競馬界への提言」や「騎手としての技術、フェアプレーへのこだわり」なども率直に述べられていました。
しかも、他の騎手への評価も、ほとんど実名で書かれていますし。
ここで藤田騎手が「巧い」と評価している人は、たしかに穴をあける(人気薄の馬を上位入線させる)騎手ではあるんですよね。


他の騎手への「評価」にも、かなり辛辣なものがあります。

 第2章でも触れたけど、2012年のジャパンカップジェンティルドンナに騎乗した康誠(岩田康誠騎手)が、馬の背中にトントンと尻をつけるような、下半身を使った追い方をしてオルフェーヴルを差したことを、「怒濤の追い方をしたから伸びた」と周りは讃えていたけど、俺から見たら、「なんであんなオーバーアクションで追わなくちゃいけないの?」と不思議でならない。


 なぜなら、馬の能力を最大限引き出すための騎手の「大事な役割」というのは、いかに背中で静かにして馬の邪魔をしないかだし、俺は馬の邪魔をしないことこそが、一番馬を伸ばせると思っているからなんだ。
 考えてみてもらいたい。もし自分が馬の格好をして、背中に赤ん坊を乗せて走るとしたら、やっぱり背中で暴れられるのは嫌でしょう? 単純なことなんだ。馬の気持ちになって考えたらわかる、と俺は思う。

 あのジャパンカップ、僕はオルフェーヴル単勝馬券を買っていたので、最後の直線でジェンティルドンナがぶつかってきてオルフェーヴルが失速したことも含め(結果的にジェンティルドンナ降着にはなりませんでしたが)、忘れられないレースです。
 藤田騎手の言うことはもっともだし、馬にとっては「あの岩田騎手の追い方で、本当に伸びるのか?」は疑問です。
 「強い馬に乗れているから、勝てている」のも事実だと思う。
 とはいえ、馬券を買って外した側からすれば、「それでも、岩田が乗ったジェンティルドンナが勝ち、僕の馬券が紙屑になってしまった」わけで。
 調教師も、馬主さんも「とにかく結果を残してくれる騎手が、いい騎手」なのは間違いないでしょう。
 藤田騎手は、岩田騎手などの「ラフプレー」に対しても、「いつか大きな事故が起こるのではないか」と危惧しているのですが、「それでも、勝たなければ意味がない」と思ってしまうのもまた事実。


外国人騎手について。

 ミルコ(・デムーロ)のように、一部の外国人騎手が活躍したおかげで、「みんな上手い」というイメージがついているようだけど、実際には、そんな上手い騎手ばかりではない。失敗をしたってすぐに国に帰って、ほとぼりが冷めたころに戻ってくる。そうなると日本人には悪いイメージは残っていない。
 それに対し、俺ら日本人はずっといて、自宅は厩舎の近くにあるから、一度ミスしたら悪いイメージばかりがずっと残ったりする。ミスした馬の調教助手や厩務員と近所ですれ違って気まずい思いをしたことも多々ある。その差は大きいよ。
 だから、今の大手クラブなどの馬主のかなりの人たちっていうのは、日本人に騎乗させたくないと考えているのかもしれない。神頼みみたいな感覚で、外国人騎手に頼んでいるんじゃないのかな。
 そうした外国人騎手を起用したがる人たちに、あえて問いたい。
武豊じゃダメなんですか?」
 俺的には、やっぱり今でもトップに立つべきなのは武豊だと思っている。武豊がG1を勝ったらみんな喜ぶけど、外国人騎手が勝って誰が喜ぶの? って。
 だからもし、俺が馬主なら、絶対に外国人騎手なんて乗せない。もちろん武豊に依頼したいね。

たしかに、外国人騎手が、みんなミルコ・デムーロオリビエ・ペリエなわけもなく。
「俺なら藤田伸二を乗せる」と言わないところが、らしいと言えばらしいのだけれども。
 一時期は、年間200勝以上もしていた武豊騎手ですが、大きな怪我などもあり、ここ数年は50勝、60勝台と「低迷」していました。
 この新書を読んでいると、藤田騎手は「もちろん騎手の腕も大事な要素のひとつではあるけれども、やっぱり競馬で勝つためには『いい馬に乗ること』に尽きる」と考えていることがわかります。

 
 そして、いまの競馬界で、騎手の生命線となった「エージェント」について、こんなふうに書いています。
(藤田騎手によると、エージェント制度は、騎乗以来が殺到して自分だけの力ではうまく管理できなくなった岡部幸雄元騎手が、1990年代半ばに始めたとされているそうです)

 いわば自然発生的に表れたスケジュールの”調整役”を利用する騎手が、徐々に増えてきた。だから、騎手と正式な契約をする”エージェント(騎乗依頼仲介者)”として、JRAに届け出なければならない制度が始まったのが、2006年5月、ということになる。
 本来、騎手の負担を軽減することが目的で始まったエージェント制度だけど、その問題点というか弊害が出てきている。
 今、JRAに登録し、実質稼働しているエージェントは約20人いて、そのうち15人ほどが競馬専門誌の現役記者。残りの5〜6人が元記者だという。その名前は美浦栗東トレセン内にしか公示されていない。そんな不透明な制度だから、競馬ファンにはどの騎手がどのエージェントと契約を結んでいるか、よくわからない人が多いと思う。
 彼らエージェントは契約した複数の騎手を天秤にかけていて、どの騎手に一番走りそうな馬を任せるか、選んでいる。
 俺がつまらないのは、エージェントの実績や力加減、契約している騎手の序列を見れば、毎年1月1日の段階で誰がその年のリーディング(最多勝利)を取るか、だいたい見当がついてしまうってことだ。

 いやもちろん、武豊騎手が、このエージェント制度と無縁というわけではないですし、昔ながらの「厩舎への挨拶回り」で乗せてもらうシステムが良いのか?と言われると、そうじゃないような気もするんですけどね。
 でも、個人的には「ひとりのエージェントが、何人もの騎手と契約できる」っていうのは、ちょっとおかしいかな、とは思います。
 ちなみに規定では、ひとりのエージェントは、3人の騎手+ひとりの減量(若手で実績に乏しい)騎手まで担当できるのだそうです。
 エージェントは、依頼があった馬を、「この馬はこの騎手に」と振り分けていくわけですが、もちろん、ランダムに、あるいは平等に振り分けてはいません。
F1のファーストドライバー、セカンドドライバーみたいなものです。
それでも、有力なエージェントのところに良い馬が集まってきますから、「自分で騎乗馬を集める」とか「無能なエージェントのひとりだけの契約者」になるのも、あまり得策ではありませんし。
「こういう情報は、もっと馬券を買う側にも提供しておいてほしいなあ」とは思うんですけどね。


 この本を読んでいると、藤田騎手の矜持が伝わってくるのと同時に、「藤田騎手は中央競馬競馬学校出身だから、地方出身の騎手や外国人ジョッキーに厳しいのではないか?」と思うところもあるのです。
 彼らが勝つことに対して貪欲なのは、「勝たなければ飯を食えない」環境で競馬をやってきたから、でもありますし。


……ここまで書いたというのは(しかも、競馬専門誌の匿名トークとかじゃなくて、「講談社現代新書」ですからね)、もう、藤田騎手のなかでは、現役騎手として細く長くやっていこうという未練はあんまりないんだろうな、と考えずにはいられません。


 競馬そのものの売上の低下はもちろんですが、「内容紹介」に書かれているように、騎手の人数が近年激減しており、競馬学校の入学希望者もピーク時の2割にまで落ち込んでいるということや、定年にならなくても、経営不振などで自発的に廃業する調教師がいることを考えると、競馬界も厳しい時代が続いていると言わざるをえません。
「みんな武豊が持って行っていた時代」のほうが良かったかというと、必ずしもそうではないとは思いますし、結局はこれも「時代の趨勢」みたいなもので、藤田騎手が何度も「JRAが悪い」って言っているのは、なんだか「藤田騎手自身にも本当の『敵』みたいなものがよくわからなくて、結局、わかりやすい大きな組織を批判している」ようにも感じます。


 先日、武豊騎手が、キズナ日本ダービーを勝ち、その「復活劇」が大きな話題になりました。
 デムーロ兄弟やウイリアムズがどんなに優れた騎手であっても(そして、武豊の技術が「全盛期」よりは衰えているとしても)、やっぱり武豊は日本競馬史にのこる「スーパースター」なのだな、と痛感させられたのです。
 

 「キズナ」のオーナーと調教師、武豊騎手(そして、キズナにいろんなことを教え込んできた、病気療養中の佐藤哲三騎手)が感動を生んだのは、いまの競馬界には、そんな「絆」が珍しいことの裏返しでもあります。
 でも、馬主や調教師の立場からすれば「外国人騎手で、目の前の勝ちにこだわる」ことが悪いとも言い切れないし……サラブレッドというのは、怪我と隣り合わせの生き物なので、「次のレース」が本当にあるのかどうか、誰にも保証はできませんから。
 馬券を勝っている側からしても「馬の教育のためのレース」を金を賭けている場でやられてはたまらない、とは思いますし。

 
 藤田伸二だから、それも、「いつ引退してもいい」と覚悟している時期の藤田伸二だからこそ書けた、「騎手の一分」。
 競馬ファンなら、ぜひ、見届けてほしいと思います。

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