琥珀色の戯言

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【読書感想】ディズニーの魔法のおそうじ ☆☆☆


ディズニーの魔法のおそうじ (小学館101新書)

ディズニーの魔法のおそうじ (小学館101新書)


こちらはKindle版です。

内容(「BOOK」データベースより)
ディズニーは「世界一安全で清潔な場所」をコンセプトにパーク運営を行っている。清掃、安心、安全管理を行うのが「カストーディアル」部門だが、著者は東京ディズニーランド(TDL)開園前にアメリカで教習を受け、TDLのカストーディアル部長になり、「ここまでやるか!」を徹底し、TDL流のシステムを作り上げた。そして「TDLが世界一素晴らしい」との評価を得、「リピート率、顧客満足度No.1」に貢献した。おそうじ(美観)は業績に直結する。顧客の「満足感」の先の「幸福感」まで追求するディズニーのおそうじワールドへようこそ!


オリエンタルランド関連の「ビジネス書」って、正直もう食傷気味ではあるのです。
もうとにかくたくさん書店に並んでいるし。
どれもみんな「やりがいのある職場」「感動的なキャストとゲストの物語」を「すごいでしょ!」とばかりに紹介していて、「たしかにすごいけど、そんなことができるのは、ディズニーランドだから」なんじゃないかなあ……とか、つい考えてしまうんですよね。


この本、2011年11月に発行された『「お客様の幸せ」のためにディズニーはまず「おそうじ」を考えた』(小学館)を加筆、再編集したものなのだそうです。
うーむ、最近の新書には、こういう「以前の本を改題、再編集したものを、新刊のようにして売っている本」が散見されるんですよね。
今回、僕は元になった本を読んではいませんでしたが、ディズニー関連本をパッと買っちゃうような人は、開いてみて「これ前に読んだ……」なんてことになっているのではなかろうか。
「ホスピタリティ」とか「ゲスト目線で」ということが書いてある本が、出版社によって、こんな売り方をされていることに、なんだかガッカリしてしまいます。
一昨年出た本の加筆・再編集版であることは、巻末に書いてあるだけ、なんだものなあ。


すみません、本の内容とはあまり関係無い話が長くなりました(というか、根本的な部分で、アリといえば大アリなんですが)。


この本、東京ディズニーランド開業準備の段階から、カストーディアル(清掃部門)の主要スタッフとして働いてきた著者により、「東京ディズニーランドは、なぜ『掃除』にこだわるのか?」が書かれたものです。

 もう30年も前の話になります。TDL東京ディズニーランド)開業の約1年前、オリエンタルランド中途採用面接の際、私は人事部長に「派手でなくてもいいのですが、なくらはならない重要な仕事がしたいのです」と申し出ました。
 その結果、カストーディアル部門への配属を言い渡されました。それが清掃業務を意味することを知ったとき、私は正直に言って愕然とし、強く失望しました。いま考えればまさに望みどおりだったのですが、当時は決して清掃部門を希望したつもりではありませんでした。アトラクションの運営のような仕事をさせてもらえるのだろうと思っていたのです。
 そのときの気持ちを思い出すままに書き出せば、「いくらなんでも清掃かよ、いままでの人生はそのためにあったというのか、大の男が情熱を傾けられる仕事なのか、女房子どもになんと説明すればいいのか」――まったくもってネガティヴな気持ちに包まれたものです。

 ああ、これがまさに「率直な気持ち」だったのだろうなあ、と思います。
「ディズニーのカストーディアル(まさに著者たちの仕事です)」や「新幹線のおそうじ」がが大きく採り上げられる機会も増え、近年では「プロの掃除」の地位はめざましく向上してきていますが、30年前は、「だれにでもできる仕事」、文字通りの「汚れ仕事」だというイメージも今よりずっと強かったでしょうし。


 しかしながら、カリフォルニアの「本家」ディズニーランドでの研修や、東京ディズニーランド開業時に来日して陣頭指揮をとったチャック・ボヤージャン氏の薫陶により、著者の「掃除」への姿勢は、大きく変わっていったのです。
 それでも、開業当初は、カストーディアルの仕事を嫌って退職する人が多く、人手が足りなくなって勤務スケジュールも満足に組めない、そして、清掃も行き届かない時期もあったのだとか。
 
 
 この新書の良さは、他の「ディズニー本」に比べて、著者が「理想と現実」そして、「ディズニーランドという夢の国と、テーマパークという実在する物質としての施設」の区別を、きちんとしていることだと思うのです。

 私がもっとも驚いたのは、チャックさんが清掃の終わった建物をチェックする際、必ず靴を脱いでから入っていったことでした。
 それは、きれいにしたところはゲストのための場所であり、自分たちが決して汚してはならない場所だという、チャックさん自身から湧き出た、あたり前の行動だったのです。私はそこに、本物のプロフェッショナルとしての誇りを見ました。

というような話も出てくる一方で、著者は、「そうじによる人間教育」を唱えている、イエローハットの創業者・鍵山秀三郎さんと、自らの考えを、こんなふうに対比しています。

 私も、ひとりの人間として、清掃を通じて心の成長、修養を図ることは、とても素晴らしいと思います。特に子どもたちの情操教育にはたいへん有効なのではないでしょうか。
 しかし、ディズニーのおそうじは、キャストの精神修養のために行われているわけではありません。あくまで、ディズニーが展開するビジネスを構成している重要な要素の一つであり、清潔さを通じたゲストへのハピネスの提供、安全の確保を追求しているのです。無論、徹底的に抜かりなくおそうじをすれば、それが仕事であっても清々しい気分になります。きれいになった施設を見れば大きな達成感を感じます。さらに、ゲストが美しく清潔なパークでハピネスを育んでいる姿を見ることで、結果として心の修養にもなっているかもしれません。その点を否定するつもりはまったくないのですが、かといってディズニーのおそうじの目的が、キャストの精神修養にあるわけではないのです。
 あえて違いを強調すれば、精神修養のための清掃は、そうじをすることそのものが重要で、そうじをした結果のきれいさを享受する人の感覚以上に、そうじをする人の精神面を大きく捉えているように感じられてなりません。ところがディズニーでは、おそうじをするのは、あくまでゲストのためなのです。


 わかりやすく違いを知っていただくには、レストルーム(トイレ)のおそうじの手法を比較するとよいでしょう。鍵山さんは、必ず素手と素足で、ブラシを使っておそうじされます。水はなるべく使いません。
 一方、ディズニーではまるで正反対です。水を大量に使用します。ゲストにハピネスを感じてもらうほどの清潔さを求めていますから、水を使用できないレストルームは、設計の段階からつくりません。キャストは必ず素手ではなく防菌手袋を用い、しかもレストルームを一棟おそうじするごとに、新しいものに取り替えます。ゲストのための清潔さの確保と同時に、キャストを感染症から守るためです。鍵山さんは裸足でトイレに入りますが、ディズニーでは必ず靴を履きますし、無いとカストーディアルの場合、長靴自体も毎日滅菌洗剤で徹底的に洗浄しています。

 著者はこの後も繰り返し「ディズニーのおそうじは『ビジネス』であり、社員の教育面での効果を狙っているわけではない」と強調しています。


 イエローハットとディズニーランドでは、業種も客のニーズも違うので、比較することにあまり意味はないのかもしれませんが、少なくとも、ディズニーランドにとっては「園内をきれいに保つこと」は、精神修養ではなくて、「重要な顧客サービスのひとつ」であり、「(スタッフも含めた)安全確保の意味もある」のです。
 「ビジネス」だから、ミスや、サービスの個人差は極力減らさなければならない。
 個々のスタッフの意識だけに頼るのではなく、掃除をしやすいシステムをつくり、それを効率的に運用する。


 よくある「ビジネス書」って、なんでも「心温まるエピソード」を羅列したり、うまくいかない理由を「働いている人の気持ちの問題」にしたりしてしまいがちだけれど、実際は「掃除をしやすいレストルームを、設計段階からつくっておく」ほうが、はるかに効果があるのですよね。
 「ディズニーのおそうじ」のすごいところは、「キャストが掃除を一生懸命するように精神的に鍛えたこと」ではなくて、「園内をきれいにしておくことにお金を使うのは、けっして無駄なコストではなく、結果的に利益につながるのだ」ということを実証し、周知してみせたことではないでしょうか。

 東京ディズニーリゾートTDR)の”清潔さの基準”は、「そこで赤ちゃんがハイハイできるか」だということをご存じでしょうか。そして、雨の日も風の日も、24時間そうじをしているということを――。

 TDRを訪れるゲストの約9割は、実はリピーターです。TDRとして公式発表はしていませんが、マスコミなどの調査では、おおよそ9割、調査機関によっては100パーセント近い数字も出ていて、そのリピート率は業界No.1といわれています。

 他の業種に比べると、「清掃が生んでくれる利益」が大きいのも事実でしょう。
 「ディズニーだからこそできること」に惹かれて、みんなお金を払ってディズニーランドに何度も足を運んでいるのですから、そう簡単に真似できるようなものでもありません。
 でも、「掃除による精神修養」よりも、「掃除はお金を生む、大事な仕事なんだ」という発想には、学ぶべきところが大きいのではないかと思います。
 掃除に限らず、なんでも「精神修養」にして本来の目的や安全性を無視してしまう経営者が、日本には少なからずいますから。

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