琥珀色の戯言

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【読書感想】沖縄美ら海水族館が日本一になった理由 ☆☆☆


沖縄美ら海水族館が日本一になった理由 (光文社新書)

沖縄美ら海水族館が日本一になった理由 (光文社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
動物園・水族館の入場者数でトップを走り続けてきた上野動物園を抜いて、「沖縄美ら海水族館」が初めて日本一の座についたのは2008年のことだった。この年の入場者数は、上野動物園の290万人に対し、沖縄美ら海水族館は310万人を数えた。新たな展示手法が大きな話題となった北海道の旭山動物園は280万人だった。沖縄美ら海水族館には、「世界一」と「世界初」が数多く揃っている。ひとことで言えば、これが高い“誘客力”に結び付いたといえるだろう。とはいえ、「世界一」や「世界初」を実現するのは簡単ではない。そのあたりを、詳しくお話ししていこう。

僕は水族館大好きなので、新書で「水族館関連本」を見かけると、つい買ってしまいます。
この本も、そのなかの一冊です。
沖縄美ら海水族館には、僕も一昨年行ったんですよね。


あの大水槽を悠然と泳ぐジンベエザメの迫力には、とにかく圧倒されました。
ジンベエザメをみていると、とにかく「大きいものはすごい!」と感じてしまうのです。
戦艦大和を時代の流れに逆らってつくってしまった人たちの気持ちも、なんとなくわかるなあ、なんて思いながら眺めていました。


著者の内田詮三さんは、東京外語大学インドネシア語科卒業後、静岡県伊東水族館、福島県照島ランドを経て、81年に国営沖縄記念公園水族館館長。2002年、同館を新築した沖縄美ら海水族館館長に就任されています。
御本人もこの本のなかで何度も「自分は文系だから」と仰っておられますが、水産学部でも獣医学部でもない内田さんが、ちょっとした縁から水族館で働くようになり、そこでイルカたちの飼育の面白さに目覚め、ついには、日本を代表する水族館の館長にまで上りつめたのです。


この人のすごさは「経営」と「学術的な貢献」の両立をつねに心がけてきたことではないかと思います。
著者は伊東水族館時代のことを、こんなふうに振り返っておられます。

 お客さんがやって来ると、今度は営業だ。「営業」といえば聞こえはいいが、要するに「呼び込み」。最初のうちはおろおろするばかりで、「ほら、駐車場にバスが入ったから、『食堂・売店もありますから、どうぞご利用ください』って、マイクで叫んでこい!」と尻を叩かれながらやらされていた。
 人前で頭を下げたり、拡声器で誘導したりする仕事は、恥ずかしさもあって、あまり乗り気ではなかったが、慣れてくると、生来のお調子者の気質も手伝ってか、自分から駐車場に出て行って、お客さんの呼び込みに精を出すようになっていた。
 というのも、水族館にやって来たお客さんはもちろん、トイレ休憩に立ち寄ったバスの乗客を、いかにして食堂や売店に誘導して売り上げを伸ばすかが、水族館経営にとって非常に重要であることに気付いたからだった。
 このときに学んだことは、後に沖縄美ら海水族館の館長を務めるようになってからも忘れることはなかった。入館者一人が払う入館料は決まっている。しかし、お土産や食事などの付帯事業収入は、営業努力やサービスの工夫によって増やしていくことが可能であり、水族館収入の大きな柱になる。
 私は、沖縄美ら海水族館でも付帯事業収入を増やすことに力を入れてきた。その結果、日本の水族館のなかで付帯事業収入額はトップ、入館者単価でも上位に入るまでになった。もちろん、公立の水族館はお金を儲けることが目的ではないし、これまで民間の水族館に比べて、付帯事業収入獲得に消極的だった。しかし、より安定した運営基盤を築き、入館者に満足してもらえる水族館施設を維持していくためにも、付帯事業収入を増やしていく努力は必要であると私は考えている。

 水族館の特性を発揮できる研究分野として挙げられるのは、生理学上の血液やほかの体液、尿・糞便、呼吸、心拍、消化、内分泌などに関する生理値、さらに獣医学領域の疾病、細菌叢、治療、繁殖生産、人工授精などの知見のように、飼育下でなければ得難いものが数多い。また、動物行動学、動物生態学、動物心理学などの分野に関連する個体間関係、社会構造、認知能力、知能、コミュニケーションなどに関しても、その多くは飼育することによってしかデータが得られない。

著者は、自らも水族館で研究を続け、論文を書いて博士号を取得されています。
そして、後輩たちにも、水族館で働くメリットをいかして研究をすることを勧めているのです。
ただし、そういう研究ができる背景には、やはり、経済的な余裕も必要なんですよね。
水族館は「研究のためだけの機関」ではないのだから。


著者は、イルカの飼育のノウハウを確立していく過程で、たくさんのイルカを「殺してしまった」ことを率直に書かれていますし、「それでも水族館にできることは何か?」を問い続けています。

 自然のなかで生きる野生動物を捕獲し、飼育・展示して、多くの人々の観覧に供する施設、それが水族館であり動物園だ。
 では、いったい何のために存在しているのだろうか。
 ハッキリいってしまえば、それは人間のためだ。日常生活では目にすることができない、この地球に暮らすいろいろな野生動物を見たいという人間の欲望を満足させるために、水族館や動物園は誕生した。
 したがって、動物を飼育・展示することは、本来、人間側の利己主義によるものであり、動物に対して気の毒なことをしているのは間違いない。まさに人間による動物たちへの”悪行”にほかならない。

そんななかで、動物たちの生態を研究することや、繁殖を行うことによって、少しでも「還元」できれば、と著者は考えているのです。
「自然のままがいちばん良いに決まっている」けれども、「自然」のほうが人間のせいで変化してしまっている場合、それでも「自然にまかせて絶滅を待つ」べきなのか、それとも、「人間が介入して、種の存続を目指す」べきなのか?
著者は、後者が水族館の役割ではないか、と考えておられます。


また、「人間の側からの勝手な思い込み」「擬人化」が、動物たちにとっては、必ずしもプラスにならないことも指摘されています。

 水族館のなかには、海岸の自然の入り江を仕切って、イルカを飼育しているところがある。開放的で、イルカたちも生き生きしているように見えるかもしれない。
 だが、実はこうした飼育環境では、イルカの健康管理は非常に難しい。人工的なプールならば、すぐに水を落として血液検査や治療もできるが、自然の入り江ではそう簡単にはいかない。いちいち捕えて検査や治療を行うのは、飼育担当者にとっても、またイルカにとってもたいへんなことだ。
 ここで飼育方法の是非を問うつもりはないが、人間が感じる解放感を、そのままイルカに投影することは危険でもある。飼育するからには、体調の変化を常にしっかり見守り、早めに対応できる環境や体制をつくっておくことも大切なのだ。

「自然に近い環境にみえるから、飼育されているイルカが幸せ」に見えるのは、あくまでも人間の想像や「擬人化」でしかなくて、イルカにとっては、かえってリスクが高い環境に置かれているという場合もあるんですね。


この新書のなかで、僕にとっていちばん印象的だったのは、この話でした。

 また、かつて水族館で飼育した2匹のジンベエザメも、小さなプラスチックごみによって命を落としたことが、解剖の結果わかっている。恐らく2匹とも捕獲前にごみを飲み込んでいて、長く胃のなかにとどまっていたものと思われるが、それが胃から腸への出口(幽門)をふさいでしまったのだ。
 1匹の胃のなかからはわずか4cm四方のプラスチック板、もう1匹からはカップゼリーのプラスチック容器が出てきた。人間によって海に捨てられた、たったひとつの小さなゴミが、巨大なジンベエザメの命を奪ってしまったのだ。

 人間にとっては、何気なく捨てただけのプラスチックごみが、あの大きなジンベエザメの命を奪ってしまうのです。
 捨てた人は、まさかそのゴミがジンベエザメの命を奪ってしまうなんて、想像してもいなかったはず。
 いまの地球における人間の「責任」というのは大きいものだな、と嘆息せずにはいられませんでした。

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