琥珀色の戯言

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【読書感想】第2回電王戦のすべて ☆☆☆☆


第2回電王戦のすべて

第2回電王戦のすべて

内容紹介
棋士がコンピュータに負ける――。
そういう日が遠からず来ることがあるとしても、そこに自分が対局者としているなんて、一体いつから想像できただろう」(佐藤慎一)


ニコニコ生放送で累計200万人以上が視聴した、プロ棋士VSコンピュータ将棋による世紀の団体戦「第2回電王戦」。
あの戦いの真実を出場者本人が語ります。プロ棋士5人による濃密な自戦記。プログラマーによる対局分析。観戦記、コンピュータの歴史を語る座談会など。
「第2回電王戦のすべて」のタイトルにふさわしく、血の出るようなあの戦いをあらゆる角度から振り返る内容となっています。


特に、プロ棋士による書き下ろし自戦記はいずれも渾身の内容。一局一局にテーマがあり、ドラマがあり、棋士の人生があります。


第1局 やるべきことをやった 阿部光瑠
第2局 一局入魂 佐藤慎一
第3局 鏡を通して見えたもの 船江恒平
第4局 チームで勝ちたかった 塚田泰明
第5局 強敵と指せた喜び 三浦弘行


放送では観ることのできなかった舞台裏、対局者の心の揺れ動き、終わった今だから言えること・・・。あの春の決戦のすべてが、この一冊に凝縮されています。


プロ棋士側の1勝3敗1引き分け(持将棋)、という衝撃の結果に終わった、「第2回電王戦」を、対局したプロ棋士、コンピュータ将棋の開発者、そして観戦者の視点から語り尽くした一冊です。


僕は下手ですけど将棋は好きですし、マイコン時代の「とにかく人間とコンピュータがまともに対局できるだけで幸せ」だった時代からコンピュータ将棋の進化を眺めていた人間として、今回の「第2回電王戦」には注目していました。
「いくらコンピュータ将棋が強いといっても、まだ現役のプロ棋士相手には荷が思いのではないか、いや、そうであってほしい……」と願ってもいたんですよね。
ここでコンピュータが勝ってしまったら、プロが存在するゲームとしての将棋が終わってしまうのではないか、と危惧してもいましたし。
オセロみたいに、どんなに強い人に対しても「でも、コンピュータのほうが強いもんね」っていうふうになると、やっぱりその名人に対する神秘性みたいなものに陰りは出てくるのではないかと。


僕がそんなふうに「コンピュータが人間に追いつくか」とか考えているうちに「コンピュータは、人間に追いつき、追い越してしまったのではないか?」というのが、この本を読んでの実感です。
そして、その変化を、とくに若いプロ棋士たちは、受け入れているというのが伝わってきます。


この本、対局の棋譜が全て掲載されていて、将棋の知識がない人にとっては、ちょっと敷居が高いのではないかと思われます。
しかしながら、「人間とコンピュータの知恵比べを題材にした人間ドラマ」に興味がある人なら、かなり楽しめるのではないでしょうか。
僕も「これが妙手」とか書いてあっても「ふーん、そうなのか……」と鵜呑みにするしかできない程度の棋力です。
将棋の内容についての感想は書けないのですが、それぞれの棋士の「コンピュータと戦うこと」への思いや、対局中の心の動きなど、読んでいてすごく面白かったんですよね。


今回、唯一「コンピュータに勝った」阿部光瑠四段は、対局記のなかで、こう仰っています。

 コンピュータとの共存共栄。
 米長先生はそう言っていた。私もしれしかないと思う。
 コンピュータと対立していては最終的には人間が全滅してしまうだろう。
 コンピュータは際限なく進歩するのだから、いつか絶対に勝てなくなる局面がくる。
 コンピュータは不自由で人間は自由であるという見方もあるが、それも違う。
 流行のボーカロイドなどを見てもそうだが、コンピュータこそ何の気兼ねもなく、自由な表現ができる。
 将棋でも同じで、人間相手には奇異に映って指しにくい手も、コンピュータ相手ならいくらでも試してみることができる。しかも相手はプロ級だ。
 コンピュータとの共存共栄。
 電王戦に出場して、この言葉の本当のところがつかめたと思っている。

 実際、コンピュータ将棋の普及によって、「強い相手と指す」ことが、簡単に、気軽にできるようになったのも事実です。
 「人間とコンピュータとの戦い」とは言うけれど、僕を含む、大部分の将棋指しは、コンピュータが本気になれば、手も足も出ないのです。
 むしろ、「コンピュータに教わる時代」なのかもしれません。
 この本には、それぞれのコンピュータ将棋の開発者たちのコメントも載っているのですが、(当然のことながら)開発者はみんな「自分が開発したソフトと指しても全く勝てない」と述べています。
「勝てるはずがないので、戦ったことさえない」という人さえいます。
 昔のコンピュータ将棋は、「将棋好きのプログラマーが、自分に追いつくようなプログラムを開発しようとしていた」のですが、いまや、「プログラマーよりはるかに強いプログラム」が、どんどん開発されているのです。


 そして、そのプログラムは、「人間の常識」すら、打ち破ろうとしている。
 もしかしたら、近い将来の「名人戦」は、プログラム同士の戦いになるのかもしれません。
(というか、現実的には、今の時点ですでに、そうなっているのかも)


 船江恒平五段は、コンピュータ将棋の長所、弱点について、こう語っておられます。

 多くの人がソフトの一番のストロングポイントは終盤だというだろう。
 だがこれは人間と比較するからそう思うのだと思う。
 人間は終盤でミスをすることが多い。そのためにソフトの終盤力の評価が上がっている。
 私の考えでは、ソフトが最も得意なのは中盤戦だと思う。
 優勢な局面では、手堅く、勝ちを急がずじっくりと指してくる。
 逆に不利な局面では、粘り強く相手の後ろをついていく。
 そして自分から負けを早める手は絶対に指さない。これは人間にはなかなかできないことだ。
 人間はついていくのではなく、勝負手を放ち逆転を狙うことが多い。上手くいくと一瞬で逆転できる。だが的確にとがめられると、勝負手は負けを早める原因になってしまう。
 では逆にソフトが苦手なところはどこか。
 これは満場一致で序盤だ。
 序盤は漠然としており、長期的な視野が必要となる。
 長期的な視野、これは人間にはあってソフトにはない数少ないもののひとつだ。
 というわけで人間が逃げ、ソフトが追い込むという展開になりやすい。本局もそうなった。
 そして本局の直線は長かった。 
 府中の直線よりもはるかに長く。
 それは信じられないほどに長かった。

 この『第2回電王戦』の対局の多くが、この「人間が逃げ、コンピュータが追い込む」という展開になりました。
 そして、人間側がプレッシャーに負ける「一瞬の隙」を、コンピュータは見逃さなかったのです。
 コンピュータは「勝てそう」でも「負けそう」でも、慢心しないし、プレッシャーなど感じない。
 数値的に評価し、その時点での「最善手」(だと判断したもの)を淡々と指し続けるだけです。


 この船江五段とコンピュータ将棋「ツツカナ」との観戦記は、大崎善生さんが書かれているのですが、そのなかで、大崎さんはこんな話をされています。

 そういえば最近、よく考えることがある。それは世紀の対決といわれた大山康晴升田幸三戦のことだ。
 この妄想はボンクラーズ米長邦雄永世棋聖を下したことがきっかけとなった。史上最強のコンピュータ型の演算棋士はもしかしたら大山だったのではないかとある日突然に思い至ったのだ。あるいは大山ほど演算力の優れた棋士はいなかった。それがわかっているから新手一生を標榜した升田幸三名人戦という大舞台で升田式石田流という難問をその場で提出する。並みの棋士であれば吹き飛ばされていたかもしれない。
 新定跡に対して、史上最上級の演算能力を誇る大山コンピュータがフル稼働してその場で素晴らしい即答と次々と出していった。あの今でも記憶に残る二人の最後の名人戦とはそういうことだったのではないだろうか。
 相手をくたくたに疲れさせる堅実無比の終盤力。深く読むことを嫌い、広く浅く読む姿勢。大山将棋とコンピュータの間には何かしら共通点らしきものを感じることが多い。将棋世界誌に連載されたコンピュータ将棋の物語を読んでいても、思い浮かぶのは大山康晴羽生善治の顔ばかりであった。


 不思議なもので、コンピュータ将棋というのは、強くなっていくにつれ、「人間らしい顔」を見せるようにもなってきているのです。
 というか、「本当に強い棋士」というのは「コンピュータ的なもの」を持っていたのかもしれません。


 この本を読んでいて感じたのは、プロ棋士もコンピュータ将棋の開発者側も「この勝負に勝つこと」へのプレッシャーにさいなまれながらも(もちろんそれは、プロ棋士側のほうがはるかにプレッシャーがあったとは思いますが)、「どんな手を使っても勝つ」というのではなく「将棋というゲーム、そして、人間とコンピュータの可能性を追求する」ことに重きを置いていたのだな、ということでした。
 ソフトによっては、最新バージョンで相手の棋士が練習対局できるように貸与してもいますし、棋士の側も「プログラムの穴をついて勝つ」(というのも、現実的には難しいみたいなんですけどね)、のではなく、「強い相手と戦う」ということで、かなり事前に研究もしていたようです。


 いや、僕は正直「まあ、プロ棋士側は、コンピュータ将棋をなめていたんじゃないの?」とか、ちょっと思っていたんですよ。
 ところが、そんなことはありませんでした。
 対局したプロ棋士たちはみんな「いずれはコンピュータに負ける日が来る」ことを覚悟していたのです。
 「いまのうちに『勝ち逃げ』しておいたほうが得なんじゃないかな……と考えていた」、なんて本音を吐露している棋士もいます。
 

 この『第2回電王戦』、人間とコンピュータ将棋の実力が交わった戦いとして、後世、語り継がれるのではないかな、と思います。
 ……とか言っていたら、こんな記事がありました。


参考リンク:「第3回 将棋電王戦」2014年3月より開催、プロ棋士に屋敷九段の出場決定 | マイナビニュース


今度は、人間側もよりいっそう研究してくるでしょうし、コンピュータ側も、何百台ものコンピュータを接続した第2回の「GPS将棋」のような力技はできない、ハード性能に制限をつけたレギュレーションでの勝負になるようです。
(個人的には、この本のなかでいちばん衝撃的だったのは、A級の実力者の三浦九段が「自分としては悪手はないと思った」にもかかわらず、GPS将棋に圧倒されてしまったことでした)


「なんとかもうしばらく人間側に、もちこたえてほしい」とも、思うのですけどね……

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