琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】憲法はむずかしくない ☆☆☆☆


憲法はむずかしくない (ちくまプリマー新書)

憲法はむずかしくない (ちくまプリマー新書)

内容(「MARC」データベースより)
憲法はとても大事なものだから、変えるにしろ、守るにしろ、しっかり考える必要がある。では、そもそも憲法ってなんだろう? そんな素朴な質問について、概論から形成史、条文の読み方まで、分かりやすく丁寧に回答する。


先日、テレビ番組で、池上彰さんが憲法の話をされていたので、この本もそれにあわせて上梓されたのかと思っていたのですが(ちょうど書店でみかけたのが、番組を観た直後だったので)、この新書、2005年に上梓されたものです。
とはいえ、2005年以降憲法が変わったわけでもないので、いま読んでも十分役に立つ本だと思います。
この本の後半では、憲法改正論議についても触れられているのですが、読んでみると、「憲法を変えたほうが良いのではないか」という話は僕の感覚よりもずっと前から出ていて、この8年くらいは、ほとんど進んでいない、ということもわかります。
もっとも、「本当に変えたほうが良いのか」というのは、ものすごく難しいところですし、この新書で「日本国憲法の歴史」を知ると、「条文は変わっていなけれども、とくに第九条については、解釈にかなりの変遷がみられる」のも事実です。


先日のテレビ番組を観ていて、ちょっと驚いたのですが、日本国憲法っていうのは、そんなに長いものじゃないんですよね。
この新書の巻末に「日本国憲法・全文」が載っているのですが、二段組で20ページ弱。難しい言い回しが多いので、けっして読みやすくはありませんが、このくらいは手元に置いていても良いんじゃないかな、と思われる分量です。


改憲」というのが、ここ10年くらい、しばしば論議されている一方で、「憲法の内容」について知っている人というのは、あまり多くはないはずです。
「九条」の話はしばしば論議されるものの、九条と第一条の「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」以外の条文は、僕もほとんど記憶にありませんでした。
全部で103条あるというのも、最近知ったくらいで。


この新書、まさに「憲法入門」とでも言うべきもので、さまざまなエピソードを交えつつ、日本国憲法の基本的なところがシンプルに解説されています。


憲法」とは何なのか。

 憲法とは、簡単に言えば、その国の「法律の親分」のようなもの。一番上に憲法があって、その下にさまざまな法律が存在している、というイメージでしょうか。
 でも、憲法は単に「法律の親分」ではないのです。法律は国民ひとりひとりが守るべきものですが、憲法は、その国の権力者が守るべきものだからです。
 そもそも憲法は、国家権力を制限して、国民の自由と権利を保障するものです。

先日のテレビ番組でも、冒頭で池上さんがこの話をされていましたが、憲法というのは、国民にとっては「自由と権利を守るための武器」なんですよね。
だから、大事にしなければならない。


日本国憲法」は、太平洋戦争後に「アメリカに押しつけられた憲法」だというイメージを僕も持っていたのですが、この新書のなかでは、制定されるまでの詳しい経緯が紹介されています。
占領軍(=アメリカ軍)は、日本政府に新しい憲法草案をつくるよう指示したのだそうですが、そこでつくられていたのが明治憲法(=大日本帝国憲法)とあまり変わらないものであることを知り、アメリカ側から、「草案」を提示することにしたそうです。
もし、日本側が当初構想していたものがそのまま「日本国憲法」になっていれば、「国民主権」「平和主義」にはならなかったのです。


池上さんは、こう書いておられます。

(1946年)3月6日午後5時、憲法改正草案要綱が正式に発表されました。「要綱」つまり、「おおむねこのような内容です」と記したもので、これをもとに実際の憲法案が書かれることになります。この要綱は、日本政府によって自主的に提案されたものということになっていました。このとき国民は、実際にはアメリカが草案を作ったことを知らされませんでした。
 しかし、誰が草案を作ったにせよ、この内容は、当時の多くの日本人から歓迎されました。「民主主義」とはどういうものか、憲法の条文で知ることになったからです。
 ただ、日本国憲法が出来上がる過程では、アメリカが草案を作ったことや、日米の間で条文作成にあたって激しい議論があったことから、やがて経過が次第に明らかになるにつれて「アメリカからの押しつけ憲法」という言い方が生まれるようになります。
 それでも実質的には日本の学者たちの改正案がベースになっていることや、日米の間で激しい議論が行われて日本側の意見が通った部分があること、その後の国会審査で、内容に変更が加えられたこと、さらに国民の代表である国会議員によって承認されたこと等を考えると、必ずしも「押しつけ憲法」とは言えないのです。


 この本を読むと、新しい日本政府の「明治憲法とほとんど同じ憲法草案」に危機感を抱いた占領軍は、日本の学者たちによる「新しい憲法草案」をかなり参考にしたようです。
 そして、新憲法案を有無を言わさず押しつけたのではなく、日本側との議論も行われています。
 もちろん、占領下の話ですから、「アメリカの意向を無視する」ことはできなかったのは事実でしょうが、「押しつけ憲法だからよくない」と言えるようなものでもなさそうです。
 実際、当時の日本人からは、かなり歓迎されたそうですし。
 考えてみれば「民主主義」をよく理解していなかった当時の大部分の日本人には、「民主的な憲法」というものを見せられて、はじめて「こういうものなのか」と知ったところもあったのでしょう。
 

 しかしながら、制定されて半世紀以上にもなると、いくつかの「問題点」が出てきているのも事実です。
 なかでも「九条」は、議論の中心となっています。

 日本が新しい憲法を作ることになったとき、連合軍総司令部マッカーサー司令官が示した三条件では、「自国を守るための戦争も放棄する」となっていました。
 しかし、憲法草案を作る過程で、この部分はマッカーサーの部下のケーディス大佐によって削除されていました。ケーディス大佐としては、どの国にも自国を守る権利はあり、自衛の戦争まで放棄するのは非現実的だと考えたからです。
 アメリカとしては、日本に対して、「自衛権」まで放棄することは求めていなかったのです。
 ところが、出来上がった憲法改正案を見た日本人の多くは、自衛権も放棄した憲法だと受け止めました。総理大臣すら、そうだったのです。憲法改正案を審議する国会で、当時の吉田茂総理は、自衛権も放棄したと答弁しています。
 これは、共産党野坂参三議員が、「戦争には侵略のための戦争と、侵略された国が自国を守る防衛のための正しい戦争があるので、戦争一般を放棄するのではなく、侵略戦争だけを放棄するべきではないか」と問いただしたことに対する答えです。
 この中で吉田総理は、「近年の戦争の多くは国家を防衛するためという名目で行われているので、正当防衛権を認めることは戦争を誘発することになる」と言って、日本は自衛権も放棄したと説明したのです。

 これを読んだとき、「正しい戦争がある」と主張していたのが共産党の議員で、「自衛権も放棄」と答えていたのが、のちの自由民主党につながっていく日本自由党吉田茂総理だった、ということに、ちょっと驚いてしまいました。
 半世紀以上経てば、政党のスタンスというのも変わっていく、ということなのでしょうけど。
 朝鮮戦争を境に、日本も再軍備の必要にかられ、「九条」は「とりあえず自衛のための戦争は許容範囲内」、そして「国際平和に貢献するためなら、海外への自衛隊派遣も違憲ではない」と、そのときどきの権力者に解釈されています。
 最近は「実質的には軍隊なのに、そう名乗れないのはおかしい」という有力政治家もいます。
 池上さんもあるテレビ番組のなかで、自衛隊も海外(その番組内はソマリアの話でした)では「Self-Defense Forces」と言っても通じないから、「日本軍」と称している、と説明していました。
 まあ、現実的にはそうだろうな、と思います。


 2004年の自衛隊イラク派遣について、池上さんは、こんなジレンマを提示しています。

 もちろん、自衛隊員に対して何らかの攻撃があれば、個々の自衛隊員は、自らの安全を守るという「正当防衛」として相手に対して発砲することはできるのですが、自衛隊の側から攻撃することはできません。自衛隊は「軍隊」ではないので武力行使できないからです。
 ここで、奇妙なことになります。
 もし日本の自衛隊が攻撃されたら、オランダ軍が助けてくれます。しかし、オランダ軍が攻撃されても、自衛隊は助けに行けないのです。
 もし、オランダ軍が攻撃を受けたら、どんなことが起きていたでしょうか。自衛隊を守っているオランダ軍が、自衛隊基地のすぐそばで武装勢力から攻撃を受けた。しかし、自衛隊は宿営地に留まっていて、オランダ軍を助けに行かない。
 こんなことが起きたら、日本は世界の笑い者になるでしょう。いや、笑い者ではなく、国際的な信用は一気に失われるでしょう。自衛隊員は、「卑怯者」と呼ばれるかもしれません。
 イラクにいる自衛隊は、二重の危機にさらされているのです。武装勢力から攻撃される危険と、日本の国際的信用を失墜させる危険です。
 自衛隊を「軍隊ではない」と言い続ける一方で、国際貢献はしなければと考えた挙句が、こんな状態になってしまったのです。

 それから10年。これまでは「日本の信用が問われる」ような事態は、幸いなことに起きていませんが、今後も絶対に起こらないという保障はありません。
 ならば「共同防衛」ができるようにするのか、それとも、そういう地域に出て行くことそのものを止めるのか。
 そもそも、他国の領土からでもミサイルが飛んでくる時代の「自衛」の範囲って、どこまでなのか、すごく難しいところではありますし。


 結局のところ、僕もどうすればいいのかよくわからないところもあるのですが、「子供向け」に書かれたというこの本なら、「憲法について」少し理解できたような気がします。
 政治家の「憲法改正!」という言葉に頷いたり反発したりする前に、「憲法とは何か」について、このくらいは自習しておいたほうがいいですよ、絶対に。
 憲法は「国民が権力者から自分を守るための最後の砦」なのですから。

アクセスカウンター