琥珀色の戯言

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【読書感想】ドキュメント 深海の超巨大イカを追え! ☆☆☆


ドキュメント 深海の超巨大イカを追え! (光文社新書)

ドキュメント 深海の超巨大イカを追え! (光文社新書)

出版社からのコメント
世界初! ダイオウイカ撮影の舞台裏
海に残された最大のミステリーに迫る!
感動と知的興奮を!


奇跡は起きるものではなく、起こすものだという。
世界中のテレビ局や研究者たちが、ひとめ生きている姿を見ようと憧れと畏怖の念をもって追い続けた存在――幻の怪物・ダイオウイカ――。
2012年夏、小笠原の海で、10年以上にわたってダイオウイカを追い続けてきた男たちが、奇跡を起こした。
誰もなしえなかった撮影を可能にしたのは、いったい何だったのか? 空をつかむ日々の連続で、気持ちをつなぎとめたものは何か。意中のものを手にしたとき、人は何を思うのか。
プロデューサー、ディレクター、カメラマン、研究者への膨大な取材で明かされる、感動のストーリー! カラー写真も満載。「NHKスペシャル 世界初撮影! 深海の超巨大イカ」の公式ドキュメント本。

あの「伝説となったドキュメンタリー番組ができるまで」を書籍化したものです。
2013年1月13日に放送された、「NHKスペシャル 世界初撮影! 深海の超巨大イカ」は、ドキュメンタリー番組としては異例の、16.8%の高い視聴率を記録したそうです。
ネットでもかなり話題になりましたし、僕もなんだか久々にワクワクしながらテレビを観たなあ、と感じました。


1時間のドキュメンタリー番組が完成するまでには、2002年からの10年あまりの地道な努力がありました。
NHKの小山ディレクターは、先輩プロデューサーの誘いを受けて、2002年から小笠原でのダイオウイカを採り上げた番組作りに着手します。
「大自然をカメラに収め、番組をつくる」というのはロマンチックな感じがするのですが、実際は、さまざまな工夫をしてもなかなかダイオウイカを見つけることもできず、ひどい船酔いに苦しめられながら、毎日海に出ては「空振り」の連続だったそうです。

 ダイオウイカの企画は、とにかく通らなかった。
 企画を採択する側から見ると、ダイオウイカという題材はリスクにあふれていた。欧米のテレビ局がこぞって狙っているというのに、撮影できていない。つまり、撮影できる可能性は限りなくゼロに近く、そこにかかる労力はただならぬものがあることが予想される。
 幻の、文字通りとらえようのないイカであること。この点は自然番組を長年つくっている人々なら、みな知っていた。
 さらに致命的だったのは、日本のなかでのダイオウイカの知名度の低さだった。欧米では誰もがロマンをかきたてられる伝説の怪物だが、日本ではその魅力が伝わらず、リスクを冒してまで撮影しようという雰囲気ではなかったのだ。

 結局、小山さんの企画は、上司の助言もあり、2004年に「(マッコウクジラ主体の)ダイオウイカ撮影」として、ようやく通ったのです。

 
 成功してみると、「素晴らしい企画」だとみんなが絶賛しているダイオウイカ撮影なのですが、周囲の理解も得られず、なかなか「成果」も出せず、何度か企画打ち切りの危機にもさらされたのです。
 東日本大震災のとき、小笠原にいたスタッフたちは、「未曾有の大震災、原発事故が起こっているなか、自分たちはこんなことをやっていてもいいのだろうか?」と悩んでもいたそうです。
(実際は、小笠原には船でしか行けないため、「戻りたくても戻れない」状況だったとのことです)


この新書を読んでいると、「なぜ、日本では自然を題材にしたドキュメンタリーがつくられにくいのか?」がわかったような気がしました。
潜水艇を使っての撮影に辿り着く前、予備調査でなかなかダイオウイカに会うことができなかったスタッフに、周囲はこんな声をかけていたそうです。

 岩崎(プロデューサー)もまた決断を迫られていた。
 未曾有の震災の後も、番組を継続するのか、本当にできるのか。大震災、原発事故と震災の余波は収まることはない。優先されるべきは緊急報道だ。予定されていた番組編成は大幅に変更になり、緊急性の低いものは延期、休止されていった。深海プロジェクトもまた選択を迫られていた。1年遅らせる選択肢もあったが、もう少し露骨に「止める?」という話まで飛び出していた。
「撮れなかったら岩崎は家を売るんだよな」
 社内外ですれ違いざまに声をかけられる回数が増えた。冗談とはいえ、少しも笑えない日々を岩崎は送っていた。人は往々にして自分の痛みには敏感だが、他人の痛みには残酷なほど鈍感なものだ。

もちろん、「家を売るんだよな」っていうのは、本気で言っていたわけではなくて、仲間相手の「からかい」ではあったのでしょう。
少なくとも、声をかけた側にとっては。


その一方で、途中からNHKと提携して番組作りをすすめてきた『ディスカバリーチャンネル』は、NHKサイドから、撮影の難航を聞かされた際に、こんな態度をとったそうです。

 岩崎はディスカバリーに、プロジェクトを止めるかどうか問い合わせた。日本側の沈滞ムードとは打って変わって、ディスカバリーは断然やる気だという。 
 そもそもディスカバリーは、潜水艦を使うプロジェクトのスケールの大きさに魅力を感じていた。幻のダイオウイカは伝説の生きものでもあり、撮れないことも織り込み済みという、腹の据わった返事だった。

相手が「大自然」であれば、自分たちが望むような結果が得られないことがあるのは仕方が無い、はずなのですが……
「世界で初めて」を扱うような企画には、そういうリスクはつきものだし、失敗を怖れて小さくまとまった仕事ばかりしていては、大きな成果は得られない。
ディスカバリーチャンネル』がすごい大自然の映像を送り出せているのは、もちろんスタッフの技術や資金の豊富さもあるのでしょう。
でも、「失敗を怖れずにチャレンジする姿勢」こそが、彼らの強さなのだな、と、この新書を読んでいて思い知らされました。
日本のような「とにかく失敗は許されない」という雰囲気のなかでは、「結果が見えるようなドキュメンタリー」しか作れない。
NHKでさえ、こんな雰囲気なのだから、民放で「同じような番組」ばかりになってしまうのは、仕方がないのかもしれませんね。

 10年に及ぶダイオウイカとの闘いの幕は下りた。
 潜水時間は400時間以上。深海カメラを沈めた回数はじつに520回。かつて誰も信じてくれなかったダイオウイカを撮影するというアイデアは、人から人へと受け継がれ、少しずつ実現に近づいていった。
 小笠原の漁師が生活から導き出した経験、取材によって得た膨大なデータから見えてきた法則、そして、11ヵ国50名もの人々が集まった潜水艦の撮影チームの志。
 情熱という種が人々の間で転がりながら、一つの実になっていった。
 このプロジェクトに参加したのは、ほんの少しの夢と情熱をもち続けたごく普通の人々だ。

 潜水カメラマンの河野さんは、次に、「ダイオウイカ vs マッコウクジラの対決シーンの撮影を狙っている」そうです。
 まだまだ、世界には未知のことがたくさんあるし、楽しみは尽きません。
 10年の期間をかけて、1時間の番組というのは、なんて効率の悪い仕事なのだろう。
 でも、あの1時間で、海の神秘や未知の生物に興味を持った人は、大勢いるはずです。
 16.8%ということは、2000万人くらいの人が観たわけだから。
 それはたぶん、スタッフが要した10年に見合う価値や影響があるのではないでしょうか。
 
 
 あの番組に、こんなに多くの人々が興味を持ったというのは、まだまだみんなの「知りたいという欲求」は枯れてないってことですよね。
 制作側も、視聴者も、本当につくりたいもの、観たいものを、自信を持って送り、求めても良いんじゃないかな。
「テレビ番組なんて、こんなものだろ」って諦めてしまう前に。

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