琥珀色の戯言

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【読書感想】新幹線とナショナリズム ☆☆☆


新幹線とナショナリズム (朝日新書)

新幹線とナショナリズム (朝日新書)


Kindle版もあります。今回僕はこちらで読みました。

新幹線とナショナリズム

新幹線とナショナリズム

内容(「BOOK」データベースより)
新幹線はナショナリズムでつくられた。世界に冠たる日本復活のために、いまこそナショナリズムを喚起し、新幹線ネットワークの整備を急げ。新幹線が通っている都市は発展し、通っていない都市は衰退する。ローマも中国も、交通投資をすることによって発展した。新幹線は「豊かさ」をもたらし、さらには精神的結びつきも強くする。経済発展のほかに、私たちが得るものは何か。新幹線で読み解くナショナリズム論。


著者は、冒頭でこんなふうに述べています。

 世界文化遺産にもなった。古き良き日本を象徴するFUJIYAMA(富士山)と、新しい技術立国としての日本を象徴する「新幹線」が同時に写り込んだ写真は、日本とはどういう国かを一目でアピールできる、極めて象徴的なイメージショットとなっているのです。
 つまり新幹線とは、ただ単に便利な乗り物というだけではなく、日本の象徴、「ナショナル・シンボル」になっているのです。


 ところが――、


「新幹線の整備」


 という、その新幹線を「つくる」という話になると、途端に印象が変わってしまうことがしばしばです。
 おそらくは、新幹線整備という言葉を聞けば、


「無駄な公共事業じゃないのか?」


 という風にお感じになる方は決して少数ではないものと思います。


2年半前、九州新幹線開業の際、僕はその必要性に疑問を抱いていました。
新幹線が通ったとしても、そんなに利用する人がいるのだろうか?
東京から熊本や鹿児島に旅行する(またはその逆)であれば、新幹線でも時間がかかりすぎるし、九州内での人の行き来は、新幹線が必要なほど多くはないと思うし……


2013年3月12日、九州新幹線は開業しました。
開業日の前日に、東日本大震災が発生したため、開業時の祝賀ムードは盛り上がりようもなかったのですが、九州新幹線の開通は、予想以上の効果をもたらしているようです。

 メディアでの報道とは裏腹に、今、九州新幹線は大きな成功を収めています。
 そもそも、博多ー鹿児島間は、かつて在来線で行けば3時間40分もかかっていましたが、新幹線開通後には、実に1時間19分で行けるようになりました。所要時間は2時間20分も短縮され、半分どころか3分の1に迫るほどの勢いで、劇的に時間が短縮したのです。
 この時間短縮のインパクトは、実に大きなものでした。
 博多ー熊本間の鉄道利用者は半年間で約1.4倍、熊本ー鹿児島間では実に1.64倍になっています。定期利用だけに限れば、開通後1年で、博多ー熊本間において、実に「20倍」程度にまで増えています。
 つまり、九州内の人の流れは、確実に活性化したのです。
 しかも、活性化したのは、九州エリア内の人の流れだけではありません。関西をはじめとした諸地域と九州との間の流動も飛躍的に増加しています。
 例えば、京阪神と熊本との間で、飛行機や鉄道で移動した「総旅客数」は、開通前に比べて開通1年後には約4割も増加しています。
 そして、「JR西日本」は、大変大きな収益増の恩恵にあずかることになりました。

いまさら新幹線なんて……と思っていたのだけれども、それまで3時間以上かかっていた、博多−鹿児島間が、1時間半もかからなくなったというのは、かなり大きいようです。
僕も、はじめて博多ー鹿児島を新幹線で移動したときには「九州って、こんなに狭かったのか!」と感動しました。
これじゃ、本を一冊読む時間もないくらいだな!って。
たとえば、交通費はかかるとしても、コンサートとかスポーツ観戦に、鹿児島や熊本から、博多に日帰りで行けるようにもなりましたし。
その一方で、鹿児島や熊本でも「博多に買い物に行く」という人が増えてきて、博多への一極集中が、さらに強まってきているのも事実です。

 いずれにしても、これだけ大量の人々が鉄道を使っている今日においては、そんな鉄道斜陽論が世間を圧倒的に席巻していたなど、今となっては信じられないかもしれませんが、当時は「自動車や航空機の時代がもうやってくる」と言われていたのです。そして、鉄道については、さしあたっては、部分的に、輸送力増強は必要だが、道路が整備されれば、輸送難も解消されるので、そのうち、「かつて汽車が馬車にとってかわったように、自動車・飛行機が鉄道にとってかわるだろう」という気分が、国民や政府、さらには国鉄内部を大きく支配していたのです。
 こうした「このご時世、古いものは新しいものにとってかわられるだろう」という思考パターンは、おそらくは、かの敗戦から今日に至るまでの「戦後」と呼ばれる時代における、極めて特徴的な思考パターンではないかと思います。

この新書を読んでいて、東海道新幹線がつくられた際に、最初は「鉄道はもう時代遅れ」という意見が優勢だったということに驚きました。
以前読んだ本で、任天堂ファミコンが発売されたとき、コンピュータ業界では「ゲームしかできないコンピュータは、すでに時代遅れ」だと言う人が大勢いた、というのを読んで驚いたのと同じように。
あの時代の僕は「これからテレビゲームの時代が始まるんだ!」と思っていたので。
現在から振り返ってみると、東京オリンピックの直前に東海道新幹線が開通したことは、まさに「必然の流れ」だったように思われるのですが、実際は反対する人も多かったのです。
それにしても、計画から10年もかからず、着工からわずか5年で東海道新幹線を開通させた、あの時代の日本人の熱気というのは、すごいものだなあ、と感心してしまいます。
結果的に、飛行機や車が一般化しても、新幹線は「日本の大動脈」として、活躍を続けているわけですから、「鉄道には鉄道の役割がある」ということを主張し、新幹線をつくった人たちの先見の明は素晴らしいものだったといえるでしょう。
ある時代の「実感」というのは、50年もしないうちに、失われてしまうものなのだなあ、と考えさせられます。


この新書を読んでいると、「新幹線をみんなのため、将来の人たちのためにつくった人たち」は凄いと思うのだけれども、著者は彼らの偉業をあまりにも自分の主張のために利用しすぎているのではないか、とも感じたんですよね。
読んでいると「とにかく新幹線をつくれば、すべてが良くなる」「新幹線で交通の便をよくすることによって、日本には健全なナショナリズムが育つ」というのは、あまりにも「新幹線ドリーマー」なのではないかと。
正直、この本での「ナショナリズム」の定義も、いまひとつよくわからないのですが……「愛国心」というほど強いものではなく「日本への帰属意識+公共心」くらいかな、と僕は読んだのですけど。
ナショナリズム」という言葉を使われると、それだけでちょっと身構えてしまう自分にも、気がつきました。


東海道新幹線から、山陽新幹線九州新幹線に至るまでの新幹線は、それなりに成功をおさめてきたといえるでしょう。
日本の大都市で、今、新幹線が通っていないのは、札幌くらいです。
著者が言うように「新幹線が通っている街が大きくなる」のも事実です。
でも、都市の発展と新幹線が停まることとの直接の因果関係がどこまで証明されるかは難しいというか、すでに大きな都市であるか、発展の可能性が高いと判断されたため、新幹線の駅がつくられた、という考え方もできるんですよね。
群馬県で、新幹線が停まらない前橋市の人口を、新幹線が停まる高崎市が抜いた、という話を読むと、首都圏においては、かなり大きな影響があるのかもしれませんが。


もちろん、タダですぐにできるようなものなら、全国津々浦々に新幹線があったほうが良いのでしょう。
しかし、新幹線には莫大なコストがかかります。
日本の少子化、将来の人口減のことを考えると、いくら交通網を整備したところで、便利なところへの人口の移動が起こるだけで、日本全体の状況改善には繋がらないのでは、と思うのです。
東海道新幹線は、たしかに日本にとって、日本人にとっての大きな精神的な支えになりましたし、僕も楽しい思い出がたくさんあります。
ただ、あの頃の日本はどんどん経済が発展し、人口も増えていった「上り調子の時代」だったからこそ、新幹線はいっそう有効になったし、その時代の「甘美な記憶」が、新幹線という存在を、実像以上に神格化してしまった面はあるのではないかなあ。


これからさらに人口が減っていく国で、大きなコストがかかり、利用者も少ないであろう「整備新幹線」が、これ以上、本当に必要なのかどうか?
そんなに広くもない国土にあまりにも増え過ぎてしまい、発着便の確保もままならない日本の地方空港の現状を考えると、疑問を感じざるをえません。
九州新幹線も、個人的には大好きなのですが、おかげですごく便利になった、というヘビーユーザーがたくさんいる一方で、「新幹線になんて、1年に1回乗るかどうか」という人も、けっして少数派ではないのです。


僕は「東海道新幹線の偉業」は、あの時代だったからこそできたことだと思いますし、いつまでもその成功体験に引きずられすぎるのは、これからの日本人にとっては、かえってマイナスなんじゃないかという気がするんですよ。
これから人口が減っていく国には、それに応じたやり方が求められているのではないでしょうか。


東海道新幹線開通までの経緯は読みごたえがありますし、著者のように考えている人もいるのだ、というのを知っておくことには意義があると思います。
ただ、「東海道新幹線というのは、あまりにもうまくいきすぎてしまったのかもしれないなあ」なんて考えてしまったりもするのですよね。

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