琥珀色の戯言

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【読書感想】書き出し「世界文学全集」☆☆☆☆


書き出し「世界文学全集」

書き出し「世界文学全集」

内容紹介
書き出しを読めば世界文学がわかる……メルヴィル、ジョイス、ウルフ、カフカトルストイから児童文学、怪奇・幻想、そして詩まで、世界の名作があの「柴田訳」、しかも「新訳」で読める!

これまで、「あらすじで読む日本文学/世界文学」とか「書き出しで読む日本文学」というような本はありましたが「世界の代表的な文学を書き出しだけ集めたもの」というのは、ありそうでなかったような気がします。
しかも、安心の柴田元幸訳!
こりゃいいや、これで僕も世界文学通だ!なんて思いながら書店のレジに持参し、読み始めたのです。
250ページもない本だし、まあ、一晩で、2時間もあれば読めるんじゃないか、なんて思いつつ。

 この本は、かつて世界文学全集などでよくお目にかかったいろいろな作品の、書き出し部分だけ新訳を作って並べてみたものである。といっても、既訳に喧嘩を売るつもりはまったくない。この作品は既訳がよくないから新訳が出るべきである、とかいったメッセージはいっさい込めていない。あんまり強く否定すると、かえって実はそういう意図があるんじゃないかと勘ぐられそうだが、ほんとうにそういう意図は、ない。あくまで、こういう本があるんです、という「愛の指さし」が本書の目的である。ふうん、これって名前は知ってたけど実はこんな感じなのか、なら読んでみようかな、と、読者がこの本を読んでいる最中に一度でも思ってくだされば、それでこの本の目的は達成される。あるいは、そうやって作品自体へ進む代わりに、読者が続きを勝手に夢見てくれたら、それはそれで有意義だと思う。

うーん、僕が甘かった……
率直に言うと、イメージしていたよりも、ずっと読むのが大変でした。
「書き出しだけ」読むのだから、ラクだろう、と思ったのですが、実際は「書き出しだけ読んでも、何が何だかよくわからない」ものが多いんですよね。昔の作品は、それこそまわりくどい序文みたいなものを読まされるだけで終わってしまいます。
これで興味を持った本を、全部読めばいいんじゃないか、と思っていたのですが、最初の数ページレベルで、「これ面白そう!」と感じた作品はほとんどありませんでした。
そもそも、紹介されているのは長編が多いので、エンジンも温まっていない状態のところまで読んでも、あんまり惹きつけられなくて。
長編小説には『ドラゴンクエスト』と同じで、最初は少し頑張って読んでみて、世界観に馴染んでこないと、面白くなってこない場合が多いのです。
日本文学であれば、「知っている作家・作品の書き出し」を読むのはけっこう楽しいのですが……
これを読んでいると、海外の、とくに昔の作品は「キャッチーな書き出し」とかをあんまり意識してないのでは……という疑念すらわいてくるのです。


これ、柴田さんは全部読んで、書き出しだけ訳しているんだよなあ。
翻訳としては、やっぱり最後まで読まないと最初の部分だけ訳すというのは難しいというか誤訳のもとになりそうだから、なんて(柴田さんにとっては)コストパフォーマンスの悪い仕事なんだ!とか思ってしまいます。


個人的には、知っている話がたまに出てくると、けっこう嬉しくなりました。
コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』とか。
この作品に対して、柴田さんは、

『放浪者メルモス』と同じで、これも『犬』が本当に出てくるところがいちばん白けたりする。まあそれだけ別の部分が面白いということでもあるだろう。

などと、ちょっと辛辣ながらも頷けるコメントをしておられます。
作品ごとに、柴田さんがちょっとしたコメントをつけているのが、けっこう面白いんですよね。
「住み込みの女家庭教師は文化的には能力を持っていなければならないが、その家での現実的な権力はほとんど持っておらず、つらい立場で、精神を病む者が多かった(『ジェーン・エア』の解説より)なんていうような「豆知識」のほうが、本文より興味深かったりもして。


さきほど、外国文学は書き出しにそんなに気を配らないのではないか、という僕の仮説を書いたばかりですが、中には、やっぱりすごく印象的な書き出しもあるんですよ。

 いまよりも若く、傷つきやすかった年月に、僕は父から忠告を受けた。その忠告を、今日に至るまでずっと、僕はよく思い返してきた。
「誰かを批判したくなったら」と父は僕に言った。「思い出すといい、この世界の誰もがみな、お前と同じ恵まれた立場にいたわけじゃないことを」

 幸福な家族はみな似たようなものだが、不幸な家族はそれぞれ独自に不幸である。

 さて、この2作、なんという作品の書き出しだか、御存知ですか?


答えは、1番目がF・スコット・フィッツジェラルドグレート・ギャツビー』。
2番目がレフ・トルストイアンナ・カレーニナ』。
いずれも歴史に残る名作です。
(ちなみに、この本では、この冒頭部分だけではもちろんなくて、もう少し先までの訳が載っています)


なかでも、『アンナ・カレーニナ』の冒頭部分に関しては、柴田さんも、

 この書き出しの一文はあらゆる書き出しのなかで最高じゃないかと思う。ひょっとしたら小説自体もあらゆる小説のなかで最高じゃないかと言いたい誘惑に駆られる。

と書いておられます。


この本、ある意味「柴田元幸さんがセレクトした、海外文学の代表選手」であるともいえるわけです。


個人的には「児童文学の翻訳コーナー」が、慣れ親しんだ作品が多かったこともあり、読んでいてすごく楽しかったです。


これはたぶん、あわてて読みこなそうとせずに、枕元に置いて、寝る前に一作ずつ読んでいくと、ちょうどちょうどいい本なのでしょうね(あるいはトイレに入ったときにひとつずつ、とか)。

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