琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】熱烈!カープ魂 ☆☆☆☆☆


最強バッテリーはどうつくられ、互いになにを考えていたのか。カープ黄金期を担った大野豊達川光男の名バッテリーが、今だから明かせる秘話も含め、バッテリー論、野球観、カープ愛を語り尽くす。


祝!初CS進出!


カープ黄金時代の名バッテリーであり、プライベートでの親交の深さも知られている、大野さん、達川さんの対談本です。
真面目な大野さんと、ユーモアの塊のような達川さんが、なんでこんなに仲良しなのだろう?作られた美談、みたいなもんじゃないか?
なんて思っていたのですが、この本を読んでいると、お互いへの信頼の深さが伝わってきます。
このふたりは「一緒に楽しく遊んでいた仲良し」というより、プロの世界で、お互いの存在を認め合ったパートナーなんですね。
大野さんは「かたや口が達者で、かたや口べた。タイプも性格も全然違うので、最初はウマが合うとは思えなかった」と仰っていますが、だからこそ、「プロ野球選手として生きて行く」ために、このふたりはお互いに助け合い、励まし合ってきたのだなあ、ということが伝わってくるのです。

達川光男でも、人の評価というのは面白いと思ったね。ワシは入団した頃から、「一言多いヤツじゃ」「ホントにうるさいヤツじゃ」と言われてきた。大野といっしょにいると「タツは大野より一言どころか、二言多いんじゃ」と言われたんじゃから。


大野豊島根県人はあまりしゃべらんからね(笑)。


達川:要するに、ワシは広島弁でいうところの「カバチタレ」。みんなから屁理屈や文句が多い人間だと思われとった。ところが、力をつけてレギュラーになると、「一言多い」という評価が「こいつはなにごともしっかり考え、的確な指示を出している」となり、「キョロキョロして、落ち着きがない」と言われていたのが「いつもいろんなところを観察しているし、洞察力がある」に変わった。よく言われたよ。「タッチャンはこうして話してても、ちゃんと向こうのきれいな女性を見とるのう」って(笑)。


ほんと、他人の評価なんて、こんなもの、ですよね。
達川さんといえば、あの野村克也さんを継承する「ささやき戦術」が有名なのですが、その真実についても、この対談のなかで語っておられます。

大野:達川のリードと言えば、野球ファンには「ささやき」が有名だよな。ここらでそれもしっかり話しておいたほうがいいんじゃないの(笑)。


達川:みんな、テレビや新聞がささやき、ささやきって言うけぇ、話が一人歩きしとる(笑)。これは大いなる誤解ですよ。


大野:じゃ、その誤解をとくためにも、しっかり説明せんと。


達川:簡単に言ってしまえば、ワシはほとんどささやいてなんかおらんのよ。


大野:でも、相手のバッターはそうは思ってない。


達川:ワシ自身はささやくつもりなんか、これっぽっちもないのに、ベンチからいろいろ言われるのよ。古葉さんやコーチの田中(尊/たかし)さんがしっかりピッチャーに指示を出すようにと、常々言うとったんじゃ。大野も知っとるじゃろう。中でも判で押したように言われたのが「初球に気をつけろ」。これが一番困る言葉なんよ。


大野:言われた、言われた。


達川:それをピッチャーに伝えんといけんじゃない。だから、大きな声を出して言うのよ。
「こいつ。初球から振ってくるぞ。気いつけえよ」
「ストライクゾーンを広く使っていくぞ」


大野:よく聞こえたよ(笑)。


達川:あんまり打つ気のないバッターにまで同じことを言うわけよ。そうすると、バッターは「厳しいコースに来るだろう」と思う。ところが、大野なんかがドーンと、ど真ん中にボールを放ってくるわけよ。そうすると、バッターは「このキャッチャー、ウソつきやがって」と思う。口に出して文句を言う選手もおった。


大野:逆のケースもあったな。


達川:バッターの様子から「打ってこんけぇ、初球からストライクで行くぞ。ど真ん中でいけぇ」と言うこともあったよ。そんなときに限って、ピッチャーが高めにすっぽ抜けたようなボール球を放るんじゃ。それでまたバッターは達川にだまされたと思う。


大野:ふふふっ。


達川:そういうのが、すべての始まりよ。ささやきでバッターを幻惑して、それでもって打ち取ろうなんて考えたことは一度もなかった。第一、真っすぐ放れと言って、変化球を投げさせるようなことは絶対にせんかった。


達川さんの話だけだと「本当かな?」なんて思ってしまいそうなのですが、大野さんも頷いておられるので、これが事実だったのでしょうね。
ベンチの指示を徹底するために声を出して確認していたら、バッターはかえってあれこれ考えて、幻惑されてしまった、という。
そして、ピッチャーも常に指示通りの球を投げられるわけではない。
「敬遠球を投げるのは、意外に難しい」という話も聞いたことがあります。
ああいう「外す球」は普段練習していないでしょうし。


ちなみに、この本のなかでは、神宮球場で、大杉勝男さんにホームランを打たれたあと、大杉さんが達川さんの頭をゲンコツで小突く真似をした「石ころ事件」の真相についても語られています。
それにしても、この本のなかでふたりが語られている、「伝説の選手たち」のエピソードはすごいものばかりです。
落合選手との対戦は「プロの勝負とは、こういうものなのか」とワクワクしてしまいます。
野球選手というのは、言葉ではなく、ボールを通じて、ここまで「対話」しているのです。

達川:大野との勝負は、落合さんも楽しんでいたと思うよ。それは間違いない。


大野:その理由の一つはオレのコントロールを信頼してくれてたからだよね。インサイドを攻めても、当てられるという恐怖感はなかったと思う。


達川:大野は絶対にインサイドの高めに危険なボールを投げてこない、そういう気持ちでバッターボックスに立ってたと、落合さんはいまだに言うとるよ。

そして、達川さん引退のときの秘話には、読んでいて目頭が熱くなってしまいました。
引退発表の直前まで、達川さんは現役続行の腹づもりで、大野さんにもそう話していたそうです。
ところが、フロントとの話し合いのなかで、引退を決断することになり……
大野さんは、親友が突然翻意して、自分にも知らせずに引退発表したことに、かなり立腹していたそうです。

達川:あの日、ブルペンに謝りに行ったんじゃよね。「大野、悪いのう」って。そしたら、最初は「知るか」とそっけなかった。でも、帰ろうとしたら、「いっしょにリリーフカー乗って行くか」と言われ……、「じゃ、乗っていくわ」と。


大野:決まった以上、しょうがないじゃない。同じ時間、同じ空間で最後までいっしょに野球ができたのはよかったよ。


達川:リリーフカーに乗って、半分泣いていたら、「まだ終わってないぞ」と叱られた。「ちゃんとサイン出せよ。こっちはあんまり調子がよくないから。頼むぞ」って。大野は最後までやさしかったけぇ。


僕もあの試合、ふたりがリリーフカーに乗って出てきたのをみて、じーんとしてしまったのを思いだします。
ふたりの関係を知っているカープファンは、みんなそうだったんじゃないかな。


達川さん絡みの「対談本」だと、「笑い」に溢れた内容ではないかと予想していたのですが、この本、ふたりの共通の話題である「野球」そして「カープ」について、すごく深みのある話が繰り広げられているのです。
カープの選手のなかでも、エース・北別府学の信じられないようなコントロールの良さとブルペンでのこだわりとか、故・津田恒実投手の「アツさ」とか。
ふたりが「カープで野球ができてよかった」と言ってくれていることに、年俸とか人気とかで、「巨人とか阪神に入っていれば……って思っているのでは」と不安になりがちなカープファンとしては、ホッとしましたし。
カープファンはもちろんなのですが、野球ファン、そして、実際に野球をやっている人、上のレベルでのプレーを目指している人にも、参考になると思います。
ふたりの現役時代を知るカープファンは、マストですよこれ。

アクセスカウンター