琥珀色の戯言

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【読書感想】人生で大切なことはラーメン二郎に学んだ ☆☆☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
東京都内を中心に38店舗展開し、熱狂的なファンを増やし続ける「ラーメン二郎」。山のようにそびえる野菜、角煮のような豚の塊、アブラとカラメ(醤油ダレ)の中毒性、店内に響く謎のコール…。麺通として知られる若手芸人が、食べ物の範疇を超えた二郎の魅力、そこから得た人生哲学を熱く語る。


この新書を書店で見かけたとき、内心「二郎+『しずる』の村上純さん」って、どうせ芸能人の「便乗商法」みたいなもので、ゴーストライターが書いているんだろうな、と思ったんですよ。
でも、読んでみて、村上さんのラーメンの、そして二郎への愛着に、感心してしまいました。
ああ、この人は、本当に好きで好きでたまらないんだなあ、って。
僕は二郎には人生通算で3回しか行ったことがありません。
嫌いな味じゃないんだけど、自分からすすんで、行列に並んで、緊迫感のなか、あの量のラーメンを食べるのは、ちょっときついな、と。
そんな僕でも、こういう「ある人が、本当に自分が好きなものを熱く語っている本」というのは、面白く読めます。

 どういった切り口から二郎を語るべきか――考えた末、僕の頭に浮かんだキーワードは「ショック」でした。
 初めて二郎を食べた人は、まず大なり小なり体験したことのない衝撃を覚えるでしょう。山のように盛られた野菜、角煮のような塊の豚肉という見た目だけでなく、他にたとえようのない独特の味わい。塩気と脂分の濃い味付けで、口中がピリっとしびれるような感覚に襲われることでしょう。食べきれないほどの量からは、食事という範疇を超えたカルチャーショックを叩き込まれます。二郎にどっぷりはまり込んでいるジロリアンたちは、必ずこの「二郎ショック」という洗礼を受けているのです。
 この「二郎ショック」は味覚を飛び越えて、知覚、嗅覚、ひいては痛覚までを刺激して身体に刻み込まれます。それに嫌悪を感じる人も、もちろんいることでしょう。どちらにせよ、簡単には拭い切れないショックに全身を撃ちぬかれるのです。


僕は「食べる」以前に、行列に並んでいて、店内で食べている人たちの姿を見た時点で、すでに「ショック」でした。
「さすが『二郎』。みんな大盛りを食べているんだねえ」
「いえ、あれが『小』ですから」
客観的にみて、あれは「小」じゃないだろ……


僕みたいな「ジロリアンじゃないけど、食べものの話は好き」というくらいのレベルでもけっこう楽しく読める本なのですが、「二郎」って何のこと?とか、「一度も食べたことがない」人にとっては、ちょっとディープすぎて、「これを読む前に、一度くらい食べてみたほうが、楽しく読めますよ」とは思います。
逆に、コアな「ジロリアン」にとっては「当たり前のことばかりが書いてある」と、物足りなく感じられる内容なのかもしれません。


この新書のなかで、二郎の現存38店舗のレポートが書かれているのですが、どこかのブログから拝借してきた、とかグルメガイドを参考に適当に書いた、という感じではなくて、村上さんが実際に各店に行って書いたというのが伝わってきます。
それだけに「褒め方にも、いろんなバリエーションがあるものだな」「褒めづらい店なんだろうな」なんて、ちょっと邪推してしまうのも、また一興。
店の紹介のなかに、「北海道の札幌店には、まだ行ったことがない」と正直に書かれているのですが、僕は「札幌以外の37店に行ったことがあるのか!」と驚きました。
いくら好きでも、同じ系列のラーメン店、37店舗。
しかも「二郎」ですから、「他のラーメン店とはしご」なんていう芸当は、フードファイターでもなければ無理です。
食べ終わると「小」でさえ満腹で動くのがつらくなり、呼気がニンニク臭いのが、自分でもわかる……
そんな二郎に高頻度に行くなんて、人前に立つ仕事なのに、大丈夫なの?と心配です。


二郎というのは、ある意味「体育会系に遺された、最後の砦」みたいなものなのかもしれません。
その一方で、体育会系とは極北のようなラーメンマニアたちにも愛されているんですよね。
ある程度は健康で、食欲がないと食べられない(食べるのがつらい)ラーメンでもあり、「たくさん食べたい」という若者と、「まだまだたくさん食べられる自分を確認したい」という大人たちが、二郎を熱くサポートしているのです。

 少し話は逸れますが、もともと一杯250円という衝撃的な安さだった二郎も、時代とともに何度か値上げを余儀なくされ、あるときの値上げで一番高い豚入りラーメンが490円という細かい値段になったそうです。その理由を訊かれた三田のおやっさん(『二郎』の創始者・三田本店の店主)は、「500円を切るのが男のロマンだから」と答えたといいます。
 今でこそ、物価の上昇もあり500円は超えてしまいましたが、二郎の低価格はおやっさんのロマンによって支えられているのです。

 青春を決めるのは年齢じゃない。二郎を本気で食べているとき、僕たちは青春の真っ只中にいるのだと、心の底から実感できるのです。
 まさに、二郎とは「大人の部活」なのです。


サービス業での「まずい接客」がネットで拡散され、バッシングされることも少なくないこの御時世で、二郎というのは「それが二郎というものだから」「嫌なら来るな」が許されている、数少ない「聖域」のようにも感じられます。

 たとえば、チェーン展開している他の飲食店だった場合、支店の提供するものの味が本店と大きく異なることなど、あってはならないでしょう。さらにいえば、同じお店で、今日食べた料理と次回食べた料理とで味が変わることも、避けなければならないことでしょう。
 一方、二郎はというと、このブレがあることが、熱狂的なファンにとって一種の魅力となっているという事実があります。
 熱烈なジロリアンは、前回訪問時との味のブレにいかに気づくか、他の二郎ファンとそのブレをいかに共有するかを楽しんでいるのです。そしてこれもまた、完璧性を求めない、二郎のエンターテインメント性を表しているとも捉えられます。

この本を読んでいると、同じ「二郎」という店でも、各店舗によってそれぞれ個性があり(もちろん、根本的な意味での「二郎イズム」みたいなものは共有されているようですが)、その「違い」を、ジロリアンたちは楽しんでいるのだということがわかります。
僕はこの新書を読みながら、「同じ『二郎』なのに、こんなに違うものなのか……」と驚きました。
でも、そこで「こんなの二郎じゃない!」と「画一化」を求めないのが、ジロリアンたちのロマンなんでしょうね。
ある「二郎」が、どうしても気に入らないのなら、自分が好きな「二郎」に行けばいいだけなのだから、と。
二郎とジロリアンというのは、本当に「店と客との幸せな関係」を築いているなあ、と思います。


村上さんは「二郎とネット」について、こんなふうに書いておられます。

 二郎という異質なラーメンが世間に広まった要因には、ネットとの親和性があると、本書のはじめに述べました。しかしその反面、二郎を敬遠する人が一定の割合でいる大きな要因もまた、ネット上の二郎情報だともいえるのです。
 ネット上には二郎の画像やレポートを取り扱ったサイトがいくつもあります。確かに初心者の人が見たらゾッとするような二郎の山盛り画像がいくつも並んでおり、それを揶揄するようなコメントが残されています。確かに紛れもなく、それらは二郎の画像です。加工写真でも何でもありません。ただそれは、数ある二郎の写真のなかから、極端なものだけが選ばれて、ネット上を出回っているだけです。
 芸能ニュースでも、報道されるのはタレントの悪い側面だけど切り取った記事が目立ち、いい側面を伝える情報はなかなか取り上げられません。やはり人間というのは、そういうネガティブな情報を面白がる生き物ですから。
 二郎においても、ひばりヶ丘駅前店や相模大野店はスープが決壊することもなければ、野菜の盛りもキレイで、あふれ出ているなんてことはほとんどありません。けれども、そういう正しい情報はなかなか広まっていかないのです。
 たとえば、「床がヌルヌルしている」という情報も、その理由が書いてあるはずの前後の大事な文脈が、都合よくカットされているのです。実際に二郎を食べれば、「床がヌルヌル」している理由が分かると思います。「これだけの豚が煮込まれて、旨みが抽出されて、これだけおいしいのだから、それは床もヌメりますわ!」と。
「店内が殺伐としている」という情報も、「ああ、おいしいラーメンを作るために必死だからこそ、自ずと空気も張り詰めるのだろう」というように、二郎を胃袋で感じることで、すべてのことに合点がいくはずです。

まあ、これは生粋のジロリアンである村上さんの贔屓目も入っていて、やっぱり「店内が殺伐としている」ような気がするのは事実だし、店内ルールをネットで予習できるようになってよかった、とは思うんですけどね。
ただ、村上さんが仰るように、「ネットでは極端な面ばかりが採り上げられすぎてしまう」のは事実です。
僕もはじめて二郎に行く前には、ネットで「勉強」したのですが、行ってみたら、そんなに殺伐としていませんでしたし、店のルールをよく知らない女性客には、店員さんもごく普通にレクチャーしていました(ネットでは「初心者に説教する店がある」なんていう話も読みましたが)。
他のお客さんの様子もみていると、「中途半端に通ぶった態度をとる」のが、いちばん店にとっては困るのかな、と。


ちなみに、「しずる」の相方の池田さんは、食に対しての思い入れがほとんどなくて、

 普段から「もう栄養価はサプリメントでいい」「いや、この際、点滴でもいい」というようなことを平気で言っている

そうです。
人と店との相性というのもですが、人と人との組み合わせというのもまた、不思議なものではありますね。

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