琥珀色の戯言

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【読書感想】仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 ☆☆☆☆


仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)

仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
役者になって60年。80歳を迎える仲代達矢がこれまでの作品を振り返る。日本映画は昭和20年代から30年代は黄金時代。ちょうどその頃、仲代達矢はデビューした。俳優座養成所でのこと、小林正樹岡本喜八黒澤明ら名監督との出会い、高峰秀子原節子勝新太郎といった有名俳優との仕事などを回想する。映画会社の専属にならない、当時としては珍しいフリーの立場を貫いた。一年の半分を映画、もう半分を舞台ときっちりわけて仕事をしてきた俳優だからこそ、日本映画の盛衰を冷静に見ていた。現在の映画界についても鋭く語る。


昨年は、興行的には邦画の「当たり年」で、邦画の興行収入が約66%、約3分の2を占めたそうです(この朝日新聞の記事を参照ください)。
でもまあ、いまが邦画の「黄金時代」というイメージはあまりないですよね。
昨年などは、どちらかというと、洋画が不調だったような気がするし。

もちろん、邦画にヒット作がたくさん生まれる状況というのは、日本人として好ましいものではあるのですけどね。


僕は昭和40年代の生まれなので、ここで仲代さんが語っておられる「日本映画黄金時代」をリアルタイムでは体験していません。
僕にとって、長年、映画館というのは「洋画を観にいくところ」であり、「邦画なんて、みんな同じような時代劇か暗い話ばっかり」でもありました。
でも、この新書を読んで、昭和20〜30年代の日本映画を、もう一度あらためて観てみたいな、と思うようになりました。


この新書は、仲代さんが役者になったきっかけからはじまり、仲代さんの役者人生に沿って、さまざまな映画や関係者の話がすすめられていきます。
仲代さんは、自身の「役者としてのスタンス」を、このように仰っているのです。

 あと、前にやったのと同じような役をやるのは避けたかったんですよ。映画会社に専属してスターになると、一つ当たると次から次へ同じものが来る。役者になる前から映画を見ながら「外国の役者はどうして作品によって変わっていくんだろう」ということをいつも考えていました。そこへいくと日本の役者は、一つ当たるとずーっと同じようなイメージの役をやる。やっぱり作品によって変わっていったほうが面白いだろうなって、なんか無意識の中にあったんですよ。
 それから、やっぱり私は芝居が好きで。苦労してお金にならなくても、一年の半分は芝居とやると。それで、残りの半分を映像にするつもりでいました。だから、年の前半は映像の世界に出て、六月ではピタリと止めて、後半は通行人の役でも芝居をやると決めていたんです。たとえその時に映画主演の話があっても振り向かない、と。
 その頃、映画界の景気もとてもよかったんでしょうね。「芝居があるから」と、こちらが断りますと、「じゃ、しょうがない。この映画は来年に流そう」と監督が言ってくれる。そんな時代ですよ。だから、それは非常にありがたかったですね。

 ずっと映画ばかりやっていたほうがお金になったにもかかわらず、「半分映画、半分舞台」を貫いた仲代さんのスタンスが、「役者人生」を長く続けていられる秘訣なのかもしれませんが、当時の映画界は、好景気で余裕があったのも事実なのでしょう。
 それにしても、この新書のなかで仲代さんが語っている「黄金時代の映画と映画人たち」のエピソードの豪快さには圧倒されます。
 映画にかける情熱と手間にも。
 仲代さんは、初期の代表作『人間の條件』で、梶という「理想主義を貫こうとして周囲と対立して徴兵され、辛酸をなめる男」を演じるのですが、その撮影は、こんな様子だったそうです。

 準備期間にはずいぶんと訓練をさせられました。本当の軍隊の少年兵教育を実際一か月くらいやらされましたし。大船撮影所で寝巻のまま寝て、起床ラッパと同時に第一軍装といって、すぐに攻撃できる服装に着替えるまでを3分でやるっていうのを一か月間、毎日ですから。それから、整列のしかた、号令のかけ方も軍隊そのままの訓練で覚えました。
 スタッフの中には軍隊経験者がいまして、その方が全部指導していました。それで、「遅れたらビンタだぞ」という、殴られるまでを再現するんです。それはたまんないなあと思うから、みんな早く覚えますよ。だから、画面の中の雰囲気もだんだんと強そうになっているんです。
 小林監督だけでなく、黒澤明さんもそうでしたが、各社の巨匠は、準備期間をメチャメチャ空けて役者を教育したもんです。だから、そういう意味では、今の役者はかわいそうだと思います。そういう訓練もなしに、いきなり実戦投入させられてしまいますから。

 作品にとっては、これだけ「準備」をしたほうが幸福だと思うのですが、これは作るほうも出るほうも大変ですよね……
 いまでも、「合宿」をして準備をする映画もあるのですが、ここまで厳しい「役づくり」はなかなかできないはず。

 
 この本のなかで、仲代さんは、黒澤明監督の『影武者』のクライマックスで、300頭の馬が倒れるシーンを撮影するために、北海道中の獣医を集めた、なんて話もされています。馬が急に倒れるので、「救急車が10台ぐらい来ていた」とか。
 「CGなどは一切使っていないから、すごい迫力」なのだそうですが、まあ、こういう映画作りも、あの時代の黒澤明監督だからこそ、ですよね。
 「動物愛護」や「出演者の安全」なども考えると、かなり「ひどいこと」ではあるのですが、だからこそ迫力がある映像が撮れたのも事実なわけで……


 仲代さんは、「記憶に残っている女優さん」として、ある人の名前を挙げています。

 私はいろんな女優さん相手にしてきましたけど、心から惚れ惚れとしたのは、彼女が一番です。いや、それはね、女優として素晴らしい人はいっぱいいます。でも、もし死ぬ時に「女優さんの共演者で一番誰に惚れたか」と聞かれたら、それは夏目雅子さんです。
 女性としても女優としても、どちらも魅力のある方って少ないんですが、彼女は女優としてだけでなく女性として、人間として魅力的でした。『鬼龍院花子の生涯』の撮影に入るときには、あの子はもう病気だったんですよ。それで、撮影前に私に「仲代さん、私、病気持ちでして、ここに大きな傷跡があるんです。それで、仲代さんとはラブシーンがあるから先に見せておきます」って、バッと着物をはだけさせて、胸元の手術跡を見せてくれたんです。その時、これは凄い人だと思いました。わが身を削ってまで、共演者に気を遣ってくれたわけですからね。
 それで私も心を打たれまして、彼女には演技についていろいろと教えました。「なめたらいかんぜよ」という彼女のセリフは有名になりましたが、あの調子も私が教えたんです。「こういう時にヤクザはこう振る舞い、こう声を出すんだ」と。そういう指導を堂々と引き受けて演じてしまうんです、彼女は。しかも、自分が病気というのを現場では全く見せない。そうしてスタッフにも気を遣い、共演者にも気を遣っている姿を見ていると、素敵な女性だなと思いました。

 こんなふうに、仲代さんが長い役者人生で触れ合った役者、監督、スタッフの姿が生き生きと語られていて、当時を知らない僕も、「この人たちの映画を観てみたいな」という気分になった一冊です。
 「天皇」とまで呼ばれた黒澤明監督が仲代さんに見せていた「素顔」なども、非常に興味深いものでした。
 

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