琥珀色の戯言

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【読書感想】「AV女優」の社会学 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「AV女優」の社会学

「AV女優」の社会学

内容紹介
学術論文でもあり、AV女優を新たな視点から描いたルポタージュ。彼女たちそのものに肉薄しようとするまさに画期的試みの書。


「自己を語り、自己を売ることに酔うとき、人はすべて「AV女優」になる。近代社会に普遍的な「中毒」のメカニズムを描いたこの本は、すぐれて社会学的な著作であると同時に、不可視の「汚れる前の魂」を探そうとした試行の記録である。」小熊英二


「「性の商品化」の現場で紡ぎだされていく彼女たちの「自由意志」。驚嘆すべき知的体力と理論的構想力によって「性を商品化する」ことの意味を丁寧に問い返し、自由意志論を机上から解き放つ。」 北田暁大


Kindle版で読みました。
とりあえずタイトルに釣られて、興味本位で。


読みながら、僕より10歳くらい若い著者にみえていた「女子高生の世界」と、高校時代男子校で、同級生としての女子高生と接する機会がほとんどなかった自分の「イメージのなかの女子高生の世界」が、大きく異なっていることに驚いていました。

 平日の夕方になると渋谷のCDショップの三階以上の陳列棚の間には、買う予定もないDVDやCDを指でなぞりながらゆっくり歩く制服の女子が集まる。見知らぬ男性と彼に選ばれた女子は、連れ立って男性用のトイレに忍び込む。個室に入った男性は便器に向かって自分の手を使って射精する。女子高生に求められるのは男性の性器をただ見ていることで、冗談まじりに自分の下着をちらっと見せればサービスの良い売り手になる。1万円か5000円の札を受け取り、男と時間をずらしてトイレから出た後は友人との待ち合わせや家族の夕食に向かってもいいし、目当てのCDを今度は早歩きで探してレジに並んでもいい。
 新宿の外れにある飲食店に時折姿を見せる女子高生たちは、大抵は無料の飲食やカラオケを楽しんで夜は自宅に帰っていった。店で会計するのはサラリーマン風の男性たちで、彼女たちに求められるのはその見ず知らずの男性たちとあまり無愛想にせずに話したりリクエストの歌を歌ったりすることだ。そして、時に手でもつなげば人気者になる。
 私の育った時代の私の育った街は、日常的にこうした光景を内包する街だった。誰からも奪わず、誰からも傷つけられず、同じクラスの男子がファストフード店や引越屋での一ヶ月のパートタイムで手にする金額を一日で手に入れられる仕掛けがいたるところに転がっていた。

こういう話は、「最近の若者の性の乱れ」として、嘆きの声とともに有識者によって語られていたのだけれど、当事者である女子高生たちには、「罪の意識」みたいなものはとくになく、ありふれたアルバイト感覚だったのかもしれません。
もちろん、みんながそうだった、とも思えないのだけれども。

 私たちが自らの性を商品化するにあたり、「する理由」は特別求められてこなかった。強いていえば「しない理由がないこと」であろうか。下着を売るところまで、男の性器を見るとことまで、男の性器に触るところまで、と線の引き方は人それぞれにあり、それ以上をしない理由があるからその線が存在する。
 私は1999年に女子高生になったが、すでに東電OLのような引き裂かれるほどの必死さとは程遠く、性の商品化の現場を通ってきた。

「いや、そんなこと言っても、それを『ありふれた』とか思っちゃうところが、社会的抑圧によるものなんだから……なんて、考えてしまいがちなんですけどね。
著者は、自分の興味+研究のために、AV事務所のスタッフの一員(+取材者)として一緒に仕事をして、1年間で11人のAV女優たちと話をしたそうです。
 11人、そして、ひとつのプロダクションというのは、統計学的に云々、ということが言えるような数ではありませんが、少なくともこの本を読んでいると、上から目線では語り切れない、リアルなひとりの女性として、職業人としてのAV女優」の姿が浮かび上がってくるような気がします。


 僕はこの本には「なぜAV女優という『特別な職業』を、彼女たちは選んだのか?」が書いてあると思っていたんですよ。
 でも、そうじゃなかった。

 本書はAV女優がなぜAV女優になったのか、という問いに答えることを主眼とはしない。それはあるいは出生に関係があるかもしれないし、彼女たちの趣味や思考に依拠するものであるかもしれない。友人の誘いにのったのがきっかけの場合もあれば、たまたま声をかけてきた関係者の話に、なにかしらの面白みを感じたのかもしれない。いずれにせよ誰かが何かの職業に就く際の理由など様々で、そこに法則性や傾向を見いだすことにはそれほどの意味を感じない。実際、私が出会った多くのAV女優は、多様な、ありふれた動機で職についていた。
 加えて、彼女たちの自由意志を疑うことを目的に据えてもいない。メディア上に浮かび上がる動機をもった主体性が実は社会的に構成されたものであり、本人や世間にどう見えていようとも彼女たちは大きな社会の強制力によって働かせられているのだというために、彼女たちのその語りを解体するつもりはない。


僕のような男性が考えがちな「社会的の歪みが、AVに出演しなければ生きていけない女性たちをつくり出したのだ」という発想を、著者は否定しています。
「そんな大げさなものじゃないのだ」と。
「AVには、なんとなく出演してみようと思った」あるいは「お金に困っていたので」というくらいの動機ではじめた人たちが、仕事を続けていくうえで、自分について、この仕事について、いろいろ考えるようになり、そこではじめて「動機」が生まれてくるのです。後付けで。
そして、インタビューなどで「家庭での虐待」や「恋人からの暴力」「不幸な生い立ち」「性的な奔放さ」などを語りがちな彼女たちなのですが、その「語りの技術」は、仕事をはじめて身につけたものであり、語られる内容にしても、100%真実というわけではないようです。
彼女たちの「自分語り」は、ある種の「セールストーク」にもなっている場合もあるのです。


AV女優たちは、最初にメーカーと契約しなくては、作品に出演できません。
まず、メーカー側との「面接」があるのです。

 私はインタビュー記事やVTRの中で、流暢に自分について語るAV女優が、一体いつそのような語り口を獲得するのか、疑問に思っていた。その最も大きなきっかけのひとつに、このメーカーでの面接おける質問表のやりとりがある。面接の場で、体験談や趣味について、いくつも持ちネタを用意しているAV女優は、インタビューでの質問に対して、簡単に持ちネタを披露することができる。
 AV女優がメーカー面接で繰り返す語りは、当然のことながら、いきいきと楽しそうなAV女優の姿を想起させるものであり、性的な匂いを感じさせるものである。そうしていることが、メーカーのプロデューサーらの心証を良くし、次の仕事や契約に繋がるからだ。そして、そういった性的な方法で語ることに慣れたAV女優が、インタビュー記事の中に、いきいきと楽しそうでセクシーな女性像として浮かび上がるのは不思議ではない。語るAV女優の源は、メーカー面接を盛り上げるためのエピソード語りにあると言える。

 単体AV女優の場合、キャラクターが人気を呼ぶことはもちろんあるが、どちらかと言えばあくが強い女性よりも、可愛らしく初々しいことが重視される傾向がある。基本的には強烈な個性よりも万人受けすることが求められるのだ。変わって企画AV女優には、「ここで使うならこの娘」といった、登用イメージが沸きやすいことがキャスティングにつながる場合が少なくない。

最初は「何も知らない、初々しい感じ」のほうがウケがいいのだけれど、そういう新人は、続々と登場してくるわけで、ベテランのAV女優たちは、自分のキャラクターをアピールして、生き残ろうとするのです。
面白いことを言わなければいけないし、個性的なほうがいい。


清純派として売り出した女優さんが、どんどんケバケバしくなっていくのは、「派手な世界に染まっている」というだけではなくて、「そうやって、新しい人たちと差別化しようとしている」という面もあるのですね。


そうやって仕事を続けていくうちに、「なぜ自分はこの仕事をやっているのか?」と考えるようになる。
最初に動機があって、行動に反映されると思いがちだけれど、実際は、その順番が逆になってしまうことって、少なくない。
それは、AV女優に限った話ではありません。


僕がいま働いている医療の世界でも、「人の役に立ちたいから」なんて面接向きの答えは用意していても、実際はあんまり「明確な動機」みたいなものはなくて、「勉強ができたから、周囲に薦められて」とか「資格をとっておいたほうが、食べるのに困らないから」なんていう人が、少なくありません。
いや、僕自身も「なんとなく組」なんですよね、正直なところ。
「人を助けたい!』っていう、熱い思いがあったかと問われると……


でも、そんな僕たちでも、この仕事を何年もやっていると、それなりに「人類への貢献」まではいかなくても、「困っている人をサポートしたい」「新しい研究成果を出したい」「教授になりたい」なんていう動機を持つ人も出てきます。
その一方で、「なんとなく人の役に立ちたいと思っていたけれど、誰がやってもそんなに変わらないよな、この仕事……当直きついし……」みたいになってしまう人も、けっこういるわけで。


逆にいえば、最初の動機なんて、ほとんどの人は、たいしたことがない。
仕事をしていくうちに、その人なりの「動機づけ」ができた人だけが、業界で生き残ってきた、という面があるのでしょう。
AV女優の世界などは、競争が激しいし、加齢によって仕事は減りがちですから、なおさら。

 初めは、正直面接でなんでAVに出ようと思ったのかって言われても、(答えは)別に、だった。何が聞かれてるかもわかんないから、スカウトされたから、って答えてた。けど、たぶんメーカーの人とか聞きたいのは、なんで親に秘密にしなきゃいけないようなことしてまで(AVの仕事を)やってるの、なんか理由があるんじゃないの、ってことなんだろうって思うようになった。で、別に、って感じで続けるのはよくない気がして(X)。

 これを続けていくんだっていう決意と同時だよ、なんでやってるんだろうって考えるようになったのは。最初はなんでって言われても、仕事内容も知らないのに答えられないじゃん。大抵お金でしょ、ほんとはみんな(T)。


 彼女たちにとって、AV女優の仕事をする理由、というのは、途中から希求されるようになるものである。本書の目的が、メディアで語られる動機の成立過程を眼差すことであった為、筆者は敢えて、「どうしてAV女優になったのか」といった、彼女たちに繰り返し向けられ続けている質問を避けてきた。しかし、何気ない会話の端々や、現場でのAV女優同士やスタッフとAV女優とのやり取りの中に、そういった問いに関する答えを耳にすることは多々ある。AV女優がAV女優になった理由は、そういった場で耳にする限り、多様で且つありふれたものだった。キャバクラのお給料ではカードの支払いが追い付かなくなった、スカウト・マンが魅力的だった、収入が多く風俗よりは性的行為の相手がプロであるという点で安全だと思った、芸能関係の仕事が夢だった、バイトをする質素な毎日に飽きていた、等々。
 しかし、AV女優を続けていく中で、いくつかの契機を経て、AV女優は自分がAV女優をやっている理由を模索し出す。前章でみた単体AV女優から企画AV女優への転身も大きな契機の一つであると言えるだろう。あるいは親交のあったAV女優が引退したときや、学生と兼業していた場合に学校を卒業したり中退したりするタイミングも、契機になりうる。

 もとは学術論文だったということで、かなり言い回しが難しかったり、横文字が多かったりと、とっつきにくいところも多い本なのですが、「あなたはなぜ、この仕事を選んだのですか?」という問いに対して、いつもちょっと迷ってしまう僕にとっては、すごく考えさせられる内容でした。
「なりたいものになる」より、「なってしまったものに、やりがいを見いだす」ほうが、より多くの人を、幸せにするのではないだろうか。
 ちょっとブラック企業の偉い人っぽい発想かもしれませんが、「やりがい」とか考えると、仕事って、なかなか「真っ白」にはならないんだよなあ。

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