琥珀色の戯言

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地獄でなぜ悪い ☆☆☆☆



あらすじ: とある事情から、激しく対立する武藤(國村隼)と池上(堤真一)。そんな中、武藤は娘であるミツコ(二階堂ふみ)の映画デビューを実現させるべく、自らプロデューサーとなってミツコ主演作の製作に乗り出すことに。あるきっかけで映画監督に間違えられた公次(星野源)のもとで撮影が始まるが、困り果てた彼は映画マニアの平田(長谷川博己)に演出の代理を頼み込む。そこへライバルである武藤の娘だと知りつつもミツコのことが気になっている池上が絡んできたことで、思いも寄らぬ事件が起きてしまう。

参考リンク:映画『地獄でなぜ悪い』公式サイト


2013年31本目。
連休明けの19時からの回(通常料金)を観ました。
観客は、僕も含めて5人。


この映画、前半はあまり面白くなかったというか、なんか楽屋落ちみたいな映画だなあ、と思いながら観ていました。
映画マニアで、映画をつくるためにつるんでいるマニア軍団の設定も、なんだかあざといような気がしましたし。
観客としては、園子温監督の若き日の姿と、重ね合わせてしまいますよね、やっぱり。


しかしながら、後半部分の抗争シーンの迫力というか、ドンパチっぷりは本当にすごかった。
タランティーノ監督の『キル・ビル』を5倍くらいゴチャゴチャにして、昔のヤクザ映画の「過剰なエッセンス」をひと瓶まるごと振りかけた、そんな印象です。
この映画、このシーンを撮るためにつくっているな、というのが伝わってきますし、「悪ノリ」もここまでやられると、もう笑っちゃうしかないな、というトランス状態になってきます。
音だけ聴いていれば、花火大会みたい。
序盤では、「なんだこの残酷シーンは……」なんてドン引きしていたはずなのに、最後のほうは、僕もヘラヘラ笑いながら観ていました。
ここまでやってくれるのなら、しょうがないな、って。
そして、ただ「残酷」なだけじゃなくて、過去の日本のヤクザ映画やアメリカン・ニューシネマなどへのオマージュが「これでもか!」とばかり捧げられているのです。
でも、そういう意味では、僕もこの映画の最良の観客ではないんだろうな、とも感じましたが(そんなに映画に詳しいわけではないので……)
國村隼さんも、堤真一さんも、二階堂ふみさんも、本当に楽しそうに演じていて、「映画というのは、ここまで人を無垢というか、バカにしてしまうものなのか……」と呆れたり、圧倒されたり。


ただし、この映画、基本的に「親切」ではありません。
園子温監督、深作欣二監督、『俺たちに明日はない』、ブルース・リー、などへの「予備知識」無しで観ると「何このグロいバカ映画!」で終わってしまう可能性が高いと思われます。
この映画を観る人の多くは「園子温監督の作品である」ことを承知の上で観て、「ああ、この映画愛と、いまのサラリーマン監督への挑戦的な態度こそが、園子温!」と納得するはずです。
ある意味「共犯者になるつもりで、観客もそこにいる」のですよね。
地獄でなぜ悪い』を観るのは、「僕、映画好きなんですよね」っていう自負を持っている人が多いはず。


「映画の枠を越えた映画をつくりたい」と希求している松本人志監督は、そういう意味では大変なのだろうな、と思います。
「お笑いの、ダウンタウンの松本さん」のファンや、「有名な松本人志がつくった映画がどれほどのものか、観てやろう」という人は、「テレビのバラエティ番組的なもの」を求めて劇場にやってくるだろうし、年齢、好みも幅広い。
 そういう観客たちに対して、「映画をぶち壊すようなもの」を提示すれば、「なんじゃこれは……」「つまんない」という人が多くなるのは必定です。
 『R100』はつまらないと思うけれども、あれって、単館上映とかだったら、カルトムービーとして伝説化していたかもしれないな、という気もするんですよね。その「つまらなさ」も込みで。


 逆に言えば、園子温監督は、この作品で「ムチャクチャに、やりたい放題やっているようにみえて、しっかり、映画マニアに媚びるポイントを押さえている」のです。
 「大ヒットはしないかもしれないけれど、自分の映画を観にきてくれる人が、確実に一定数はいるはず」という余裕も感じました。
 

他人にオススメできる映画じゃありません。ものすごく「観る人を選ぶ」映画だと思う。
その一方で、観た人に、「自分でこの映画を選んだ」ということを意識させる作品でもあります。
そういう「みんなはどうだかわからないけど、僕は好きだよ、この映画」って、けっこう大勢の人に言わせるバランスのとりかたの上手さが、園子温監督の強みなんだろうなあ。

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