琥珀色の戯言

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【読書感想】知られざる魯山人 ☆☆☆☆


知られざる魯山人 (文春文庫)

知られざる魯山人 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
魯山人会」発起人だった父は、彼の死後手許に山ほどあった作品をすべて売り払ってしまった。なぜか?遠い少年の日の記憶から、魯山人をたどる旅がはじまる。現存資料のほぼすべてにあたり、関係者80人超の取材を経て書き上げた、決定的評伝。第39回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。詳細な年譜付き。


食通として、陶芸家として、そして、『美味しんぼ』の海原雄山のモデルとして。
僕も「北大路魯山人」の名前くらいは知っていましたが、実際にどんな人だったのか、どんなことをしてきたのかについては、ほとんど知りませんでした。
そんななか、書店で見かけた、この『知られざる魯山人』。
本文だけで600ページ以上、資料もあわせると650ページをこえるような分厚い本で、字もぎっしり。
正直、読むのはなかなか大変ではありました。
しかし、これほどの大著を読んでさえ、僕には魯山人という人のことが、よくわからなかったというか、いままでよりも、余計わからなくなったようにさえ思われるのです。


魯山人は、「望まれない子」として生まれました。
妻が自分以外の男の子どもを身ごもったと知った戸籍上の父親は、割腹自殺をしたという記録が残っているそうです。
そんななか、疎まれて養子に出されたりしながら少年時代をおくり、持ち前の食への好奇心+養家で少しでも良く思われたい、という気持ちから、彼は料理に対する創意工夫をはじめていくのです。

 世間では丹波・和知川の鮎を生きたまま汽車で運ばせたり、昭和初期という運送事情では考えられない食材の運搬方法を用い、また金に糸目をつけぬ食材の吟味と、それをなるだけ手をかけずに持ち味を生かす料理法を以て彼の料理と見なしているが、「捨てるような部位に美味を発見して大切にした」ことについては、廃物利用のイメージがあるせいか、あまり伝えられていない。
 しかし、それは決して廃物利用ではない。たとえばホウレン草の根元の赤い部分が独特の味と香りを持つことは誰でも知っているだろう。食材として見たとき、すべての生物は各部位でまったく異なる風味をもつ。料理人たちに「捨てるような部分はない。そこだけで前菜を作れ」と魯山人は口を酸っぱくして言い、「ゴミを出すな。すべて食べられる」と言ったのは吝嗇のなせる業ではなく、他の部位にないその独特の味を調理しろという意味だった。世間でいうまともな部位だけを使う料理人は、何十年やっていても定型にとらわれてそこから脱却することができない。

魯山人といえば、「贅沢な材料をふんだんに使っての美食」のイメージが僕にはあったのですが、この本を読んでいると、魯山人は成金的な贅沢を好んだわけではなく、「美味しいもの」「相手をもてなすための料理」として、生きたままの鮎も大根の皮もフラットに扱っていただけなのかもしれないな、と思えてきます。


僕は書や陶芸のことはよくわからないので、この本で書かれている魯山人の「芸術家としてのすごさ」は、著者がそれを紹介する情熱から伺い知るしかないのですが、それにしても、魯山人という人の「美にかける執念」には、すさまじいものがあります。


その一方で、見栄っ張りで、照れ屋なのだか自己演出をしているのかわからないような面もあったようです。
関係者が、魯山人の「裏側」について、こんな話をしています。

「夕食後魯山人は、よく素焼きの壺を自分の部屋に持ち込んで文字位置や絵の位置を決めるためにその上に何度も何度も線描きをしていました。世間が言うような、放縦な生活ではまったくありませんでしたよ。夜遅くまでたった独りで、消したり描いたりしながら、壺を真っ黒にして一心不乱に仕事をしていましたね。そんな陶芸家はどこにもいません。そうやって魯山人は充分に検討したあと、今度は人前で一気呵成に仕上げたんです」


 豪放磊落、傍若無人なイメージがある魯山人なのですが、それがどこまで「本性」で、どこからが「セルフプロデュース」であったのか?
 たぶん、自分自身でもよくわからなくなっていたのだとは思うのですが……
 少なくとも、あれだけの「味覚」と「審美眼」を持っていた人が、単なるワガママな人ではありえません。
 この本を読んでいると、雑誌を使って自分の気に入らない人を罵倒したり、何度も結婚と離婚を繰り返したり、娘さんと絶縁状態になったりと、「遠くにいると暖かくて輝いているけれど、近くにいると焼かれてしまう太陽みたいな存在」だったのかな、と思えてくるのです。
 この本を読んでいて驚いたのは、魯山人と生前仲違いをして絶縁状態になったり、破門されたりした人のほとんどが、魯山人の死後「なんのかんの言っても凄いひとだった」と認めている、ということでした。
 まあ、こういうのは「死後も恨みを抱えていた」のなら、著者の取材は受けなかった、という考え方もできなくはありませんが、それにしても、「傑物」であったことは間違いないでしょう。


 この本では、魯山人の生涯がかなり詳細に紹介されていて、「美食倶楽部」から「星岡茶寮」、そして、星岡茶寮の「魯山人追放事件」についても描かれています。
 魯山人追放劇についても、原因は「魯山人の浪費癖」だけではない、と著者は主張しています。


 しかし、僕の「常識」から考えると、やはり「難しいというか、迷惑な人」だと感じてしまうようなエピソードもたくさんあるんですよね。

 彼は、妻に当たることもしばしばだった。多忙で料理にまで手が回らないとき彼は妻に料理を作らせたが、味噌汁が気に入らないと「駄目だ。(味を)直して来い」と命じ、直っていないと椀ごと投げつけた。このエピソードは、魯山人の今太閤振りと傲慢な性格を示すものとして取り上げられるが、彼は今太閤然と威張っていたのではなく、作陶の極限的状況に喘いでいたのだと私には思われる。

ニューヨーク州のアルフレッド大学で講演を依頼されたときであった。ニューヨークにあるジャパン・ソサイエティ所属で日本語の巧みなピート・ゴードンが通訳として魯山人に伴っていた。その大学町ではアルコール飲料の販売が法律で禁じられていた。ホテルに到着するとすぐに魯山人はビールを求めたが、その町では手に入らないと言われても、容易に信じようとはしなかった。魯山人はビールが欲しいと言い張った。ビールを販売する最も近い町に行くにも車で一時間かかることを知ったにもかかわらず、
「では結構、ビールがなければ、講演しない」
 と言い放った。ホスト側はビールを買いに行き、魯山人は講演をした」(「一アメリカ人の見た魯山人」)

 このほかにも、フランスの有名なトゥール・ダルジャンで名物の鴨料理をワサビ醤油で食べたエピソードなど、「海原雄山感」満載です。
 もちろん、海原雄山のほうが、魯山人をモデルにしているのですけど。


 著者は、かなりの魯山人贔屓で、このようなエピソードも「好意的に解釈」しようとしていますが、作陶の極限状態だからといって、味噌汁を椀ごと投げつけるような行為が許容されるのか?というのは難しいところです。
美味しんぼ』にも描かれていましたが、「夫婦のあいだのこと」ですし、あまり外野があれこれ2013年の価値観で判断するべきではないのかもしれません。


 とりあえず、北大路魯山人よりは、海原雄山のほうがずっと「常識人」で、周囲から裏切られることもなく、とりあえず息子夫婦とも和解できて幸せそうな気はします。
 ただし、魯山人は、雄山よりもはるかに無茶苦茶でスケールが大きい人物でもあります。


 かなり分厚い本なので、「魯山人入門」には向かないかもしれませんが、「日本を代表する芸術家の生涯を追ったノンフィクション」として、オススメできる作品だと思います。
 これを読んで、陶芸がまったくわからない僕でも、一度魯山人の作品を見てみたいな、という気分になりました。

 

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