琥珀色の戯言

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【読書感想】ガガーリン ☆☆☆☆


ガガーリン ----世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で

ガガーリン ----世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で

内容(「BOOK」データベースより)
1961年4月12日、ユーリー・ガガーリンは人類として初めて地球の大気圏を離れ、宇宙飛行に成功した。だが、20世紀を代表する人物となりながら、その後の彼は、みずからが危うい人生を送る一方、ソヴィエト国家に対しては脅威をもたらすような存在になっていく。そして34歳の若さで、訓練中の飛行機により事故死したのだった。本書はKGBの未公開ファイルや、旧ソ連当局の宇宙開発における機密文書、ガガーリンの友人や同僚へのインタビューなどをもとに、この初の宇宙飛行士の―政治的圧力に引き裂かれ、アルコール依存症と闘い、無慈悲な全体主義体制に反抗した男の―真実の姿を明らかにするものである。


人類ではじめて宇宙に行った男は、どんな人物だったのか。
そして、なぜ「彼」が選ばれたのか。


ガガーリンといえば「地球は青かった」という言葉が有名なのですが、この本のなかには、全くそのエピソードは出てきません。
それで、ネットで調べてみたのですが、どうもこれ、ガガーリンが直接そういう発言をしたわけではなく、ガガーリンが宇宙から地球を観たときの印象を語った一連の言葉が、いつのまにか日本では「地球は青かった」とまとめられ、人口に膾炙してしまったようです。


「まえがき」では、秘密主義だった、1950年代後半〜60年代のソ連の関係者への取材が、いかに困難だったかが述べられています。
ガガーリンという「偉人」のことが、「人類ではじめて宇宙に行った人」という以外にあまり知られていないのも、そのためなのです。
だからこそ、ガガーリンという人の名前だけが聖なるものとして偶像化されている面もあるのですが。

 宇宙飛行士訓練センター所長だった故ニコライ・カマーニンの日記からは、”世界初の宇宙飛行士”の人柄に肉薄する無限の眼識が伝わってきた。カマーニンはほぼ毎日のように、ガガーリンと、世界初の宇宙飛行士を目指すレースで彼の好敵手だったゲルマン・チトフの強さと弱さを、くっきりと描き出していた。カマーニンが何の作為もなく書き散らした文章から、私たちはガガーリンが紙一重で二番手になるところだったことを知った。非常に興味深い、率直に書かれた日記から、抜粋の再録を許可してくれたカマーニンの遺言執行者たちに感謝したい。
 そのチトフは、あの歴史的な世界初の宇宙飛行で、ガガーリンのバックアップ、すなわち”代替要員”としての役割がもたらしたはかりしれない苦痛について、正直に話してくれた。一方、アレクセイ・レオーノフは、宇宙飛行士の生活の、ほかのさまざまな面を視野に入れてくれた。この二人はガガーリンと非常に親しかったし、宇宙へ飛び出して周回軌道上から地球を見るという、彼と共通の体験をした。二人とも、語るに値するドラマチックな物語を持っていたのだ。

 ガガーリンの”代替要員”だったチトフさんの言葉の数々は、この本のなかでもとくに印象的だったんですよね。
 なぜ、最終的にガガーリンが選ばれたのか、そして、紙一重のところで「偉業」に手が届かなかった人は、どう感じていたのか。
 そして、「人類最初の宇宙飛行士」に必要な資質というのは、何だと考えられていたのか。
 

 ソ連の空軍パイロットであったユーリー・ガガーリンは、「謎のリクルートチーム」によってスカウトされ、極秘の宇宙飛行のための任務につくことになります。
 そこで頭角をあらわしたガガーリンなのですが、彼が、最終的に選ばれた理由は何だったのか?
 評価を数値化したものが残っているわけではないのですが、この本には、当事者たちのこんな話が紹介されています。

 むろん、初の宇宙飛行士の選択には、もっと高い地位の人々も関わっている。フルシチョフに信頼されていたアドバイザー兼スピーチライターのフョードル・ブルラツキーには、なぜチトフよりもガガーリンが選ばれたかがよくわかっていた。「ガガーリンとフルシチョフはさまざまな面で似ていました。同じようなロシア人の特質を持った二人でした。チトフはもっと無口で、あまりあけっぴろげに笑うこともなく、魅力に欠けたのです。フルシチョフガガーリンを選んだというだけのことではありません。これは運命だったのですよ」
 フルシチョフガガーリンも農民の息子で、チトフは中産階級の出だった。ガガーリンが偉大な高みにのぼりつめることができれば、似た境遇からフルシチョフがつかんだ権力も認められることになる。それが真実だったのか? ほどよく教育を受けたまじめな男よりも、飾りけのない農民の息子が選ばれた理由はそれだけだったのか? 強いウオツカを一杯飲んで記憶をなだめすかし、とがったプライドをやわらげてから、チトフはこう認めた。「最初のひとりになりたいと思っていましたよ。思わないはずがないでしょう? 長い年月が過ぎたいま、私は彼らが正しい選択をしたと思うようになりました。政府がどうとかではありません、ユーラが誰からも愛される男だったからなんですよ。私では、人々に愛されなかった。愛されるたちじゃないんです。みんながユーラを愛していました。ユーラが亡くなったあと、スモンレンスクに彼のお母さんとお父さんを訪ねたとき、私はそのことに気づいたんです。わかりますか、ユーラが選ばれたのは正しかったんです」

 これは、チトフさんが「自分を納得させようとしている」という面もあるのだとは思います。
 でも、「歴史的偉業」を成し遂げた人物には、ある種の「愛される性質」が必要とされるのも事実なのでしょう。
 選ぶ側も、能力が同じくらいであれば、「人間的に好ましいほう」を選ぶでしょうし、偉業を達成したあとの「カリスマとして、外交カードとしての役割」などを考えれば、「愛される人」のほうが望ましいはずです。
 
 
 チトフさんは、ガガーリンが宇宙から帰還した直後に、二人での時間を持ったときのことを回想しています。

 その夜、いちばん親密な仲間たち以外の人々がようやく帰ったあとで、ガガーリンは、宇宙飛行士二号、つまり、礼儀を守ってはいるが沈んだ様子のゲルマン・チトフと、静かにビリヤードのゲームを楽しんだ。「いまだにうらやましいと思っていますよ、いま現在でもね」そうチトフは認めている。「私はとても短気な性格なんです。すぐに無礼なことを言ってしまい、相手が不快になって離れていってしまうのですが、ユーリー・アレクセイエヴィッチ(ガガーリン)は誰とでもうちとけて話せる男でした――ピオネール(ソ連版のボーイスカウト)、労働者、科学者、農民、誰とでもです。相手の言葉で話すんです、わかりますか? 私はそれがうらやましかった」それでも二人はどちらもパイロットだった。それがつねに二人の共通点だった。絶対的な愛情ではないとしても、どちらもたがいを尊敬していた。ビリヤードをしながら、チトフはガガーリンが語る飛行中の出来事に、純粋な関心を寄せた。

 ライバルであり、「英雄の座」を奪われた男でさえ、ガガーリンの「人あたりのよさ」「誰とでも同じ目線で話せる能力」に一目置き、羨ましいと感じていたのです。
 能力はもちろんなのですが、最後の決め手は、こういうところにあったのではないかと思われます。
 そして、ガガーリンは、場を読む力に長けた人でもありました。


 ガガーリンの兄、ワレンチンさんの回想。

「最後にユーラを祝福したのは聖職者たちでした。ひとりは東方正教、二人はムスリム、さらにほかの宗教の聖職者が二人いました。そのうちのひとりがこう訊ねたのです。『ユーリー・アレクセイエヴィッチ、空の高いところにイエス・キリストのお姿はあったかね?』ユーリーはこう答えました。『主教さま、私がそこでイエス・キリストを見たかどうかは、あなたのほうがよくご存じでしょう』」

 宇宙から帰ってきたガガーリンは「宇宙に神は存在したのか?」と問われるという試練に直面することになります。
 いまの日本人の感覚からすれば「そんなのいないだろ」と言いきってしまいそうなものですが、「神の存在を信じている人たち」が多数存在しており、宗教が国民の生活に大きな影響を及ぼしている国では、「神の不在」を公言することは、たいへん危険なことでした。
 しかしながら、科学者・技術者でもある宇宙飛行士としては、見てもいないものを「見ました」とは言えません。
 その窮地でのガガーリンの答えは、見事なものでした。
 こういう「当意即妙のアドリブ(もしかしたら、「想定質問集」みたいなものがあったのかもしれませんが)」ができる人でもあったのですね、ガガーリンさんは。


 この本では、歴史の表に出て顕彰されている宇宙飛行士たちの物語の裏側に、多数の名前も伝わっていない人たちの犠牲があったことにも触れられています。

 宇宙飛行士たちとはまったく別に、同様の医学的なテストを受けさせられていた、もうひとつの”テスター”グループがあったのだ。テストは同様なものだが、もっとひどいものだ。彼らは飛行技術における少し下のランクの若者たちから選ばれたグループだった。戦闘機のパイロットや、一流の理論を身につけた者である必要はなかった。単に平均的な頭脳と健康体を持つ軍人たちだ。リクルートのあいだ、宇宙に飛んでみたいかと率直に訊かれることはない。”参加”するチャンスがあると言われるだけで、そこには微妙な、しかし重大な意味のちがいがあった。
 テスターの仕事は、人間の体がどこまで持ちこたえられるかを示すことだ。そのあとで、あまり使い捨てるわけにはいかない宇宙飛行士たちがその限界に押しだされるわけだが、その先まで行くことはない。宇宙飛行士とは異なり、テスターは専門家として認められるわけでもなく、兵士、技術者、整備士など、軍の本来の仕事に基づいて賃金を支払われるだけだ。リクルーターは特権的な感覚や自尊心を慎重に煽って誘いをかけるが、実際は使い捨て可能な実験室のネズミにされるのと変わらない。もし負傷した場合でも――実際に負傷者は出たが――当局が彼らの仕事を公にしたがらないため、特別な補償は本人にも家族にも与えられなかった。

テスターのひとりは、こう証言しています。

「テスト・プログラムの上級学者のひとり、セルゲイ・モリディンはこう言いました――彼の言葉どおりです――『犬で実験したが、50パーセントは生き残った。知ってのとおり、人間は犬より強いからね』まったく、冗談じゃない!
 われわれのテストは結果の予想がつきませんでした。生き残れたところで、肺や心臓などの体内器官がやられて、のちのち体が不自由になることだってある。もちろんいつでもテストを拒否することはできましたが、拒否しないのが暗黙のルールでした。テストを拒めばそれっきりです。だってそれ以上チームにはいられないのですからね」

 いやほんと、酷いとしか言いようがない話なのですが、「限界」を知るためには、そのギリギリのところまで踏み込まなければならない。
 そして、養成するのに時間とお金がかかる宇宙飛行士は、なるべく危険にさらしたくない。
 そこで、この「テスター」という役割がつくられたのです。
 ところが、テスターたちは、こんなつらそうな仕事でも、お互いに自分の記録を競いあったりしてもしていたそうです。
 彼らの存在と犠牲がなければ、宇宙飛行は現実のものとならなかったか、実現するのはもっと後の時代のことになったはずです。
 しかし、「人間は犬より強いからね」って……


 ユーリー・ガガーリンは、「普通の人間」であり、自分の偉業が多くの人の努力と幸運で成し遂げられたことを知っていました。
 そのため、偉業後にプレッシャーでアルコールに逃避したり、女性関係で夫人と険悪になったりしたこともありましたが、総じて、仲間思いで、弱い人たちの味方でした。
 そして、そのことが、フルシチョフ失脚後のブレジネフ政権時代に、権力者から遠ざけられる原因となります。

 ガガーリンの妻ワレンチナは、二人の娘を育てあげ、現在は報われた人生を送っている。ワレンチナはいまでも、スター・シティのはずれで非常につつましい家に暮らし、記者とはほとんど口をきかないでいる。宇宙分野のベテランたちの多くは、その簡素な住宅を国家による侮辱だと感じているが、ワレンチナは人の注目を浴びないほうがいいと考えている。ゴロワノフはこう指摘する。「ニキータ・フルチショフからぜいたくなもてなしを受けたあとも、ワレンチナはほとんど変わりませんでした。フルシチョフガガーリンの宇宙飛行ののち、ワレンチナにレーニン勲章を与えました。その勲章も、そのほかもらった記章もメダルも、一度も身につけたことはありません。……ワレンチナは心の正直な人間で、ガガーリンもそうでした。名声を得たのちも、ガガーリンは、自分の宇宙飛行を準備してくれたエンジニアや建造者たちの巨大なピラミッドの頂点に自分がいることを、決して忘れることはなかったのです」

 
 ガガーリンという偉大な飛行士も、ソ連とアメリカとの威信をかけた競争のなかでは、「代替可能なひとつのパーツ」でしかなかった、ということを、あらためて考えさせられました。
 そして、ガガーリンという人は、自分がそのパーツのひとつでしかない、ということを、理解することができる人物だったのです。
 そこがガガーリンの美点であり、人類最初の宇宙飛行士に選ばれた理由だったのです。
 しかし、その人間性ゆえに、権力者におもねることを潔しとせず、宇宙に行ったあとの彼の人生が複雑になってしまったのも事実なのでしょう。

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