琥珀色の戯言

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【読書感想】死神の浮力 ☆☆☆☆


死神の浮力

死神の浮力


Kindle版もあります。

死神の浮力

死神の浮力

娘を殺された山野辺夫妻は、証拠不十分により一審で無罪判決を受けた本城崇が犯人だということを知っていた。人生をかけて娘の仇を討つ決心をした山野辺夫妻の前に、“死神の千葉”が登場する……


しばらく前から積んでいたのですが、年明けに読み始めて、ようやく読了。
あの『死神の精度』の千葉が、今回は長編で登場、ということで、どんな作品になっているのか楽しみにしていたのです。


この作品、前半は、愛娘をサイコパスに殺された夫婦の描写がずっと続き、かなり気が滅入ってきます。
主人公夫婦と千葉のちょっとズレたやりとりで、ところどころ背中を押されつつ、なんとか読み進めていったのですが、正直、救いようがないというか、いたたまれないというか。
伊坂さんは「子どもを失った親の心情」を、どこでこんなに知ることができたのだろう?とか、あれこれ考えながら読みました。
いや、僕だって、これが「真情」なのかは、わからないし、わかりたいとは思わないのだけれども……
小さな子供を持つ親には、フィクションとはいえ、かなり読んでいてキツイ小説ではあります。

 この一年、僕と妻は家の中で、悪意の集中豪雨を浴び、びしょびしょだった。屋根があろうと、この雨は降ってくる。
 良心について考えることが増えた。
「アメリカでは、二十五人に一人は良心を持っていない、って話、聞いたことがある?」美樹が言ったことがある。マスコミや一般の人間たちの心ない反応に耐える中で、彼女も僕と同様に、良心について思いを馳せずにはいられなかったのだろう。「この間、ケーブルテレビを見ていたら、そんな話が出ていたんだけれど」

 そういう「良心を持たない人」がまき散らす、「理由なき悪意」の犠牲となった人たちは、どうすればいいのか?
 そして、どのように立ち向かっていけばいいのか?
 そのような悪意に対して「善意」で立ち向かうことができるのか?

「普通、人間たちは誰か別の人間との関係で満足を得ようとするものなんだ。助けあったり、愛情を確認し合ったり、たとえば、優越感や嫉妬といった感情も、生きる原動力の一つだ。でも、『良心を持たない』彼らには、感情はほとんど意味がない。だから、彼らが唯一、楽しめるのは」
「楽しめるのは?」
「ゲームで勝つこと。そうらしい。支配ゲームに勝つことが、彼らの目的なんだ」


伊坂さんの作品群のなかで、大きなテーマとなっているもののひとつが、この「理由なき悪意」とのせめぎあい、なんですよね。
伊坂さんは『モダン・タイムス』では、「検索しているつもりが、検索されているネット社会の恐怖」を描き、『魔王』『ゴールデンスランバー』では「権力の理屈に押しつぶされようとする人々」を描きました。
洒落た会話や、キャラクターの魅力が語られがちな伊坂作品なのですが、僕にとっては「現代を描くことに挑戦し続けている人」でもあります。
それと同時に、この『死神の浮力』では、「死への恐怖」についても語られています。
これについては、ものすごく腑に落ちたところと、でも、生きているひとには結局、わからないのではないか、と思うところもあるんですけどね。
伊坂さん自身も、最後に心境を述べておられて、僕は内心ホッとしました。
僕と同じくらいの年齢なのに、そこまで「死」について悟り切っているのだろうか?と、圧倒されていたので。


この『死神の浮力』、娘を殺された夫婦の「復讐」のゆくえを、死神・千葉の活躍(?)をまじえて描いているのですが、読んでいて、どこに着地するのか、すごく気になる作品です。
善意の人は「良心を持たない人」に、復讐することができるのか?
そしてそれは、許されることなのか?


個人的には、ラストがちょっと気に入らないというか、「うまくまとめようとして、中途半端な感じになってしまった」ような気がします。
ミステリというか謎解きの要素がほとんどなく、意外性にも乏しく、あまりにも千葉が能力をもったいぶって使わないことにイライラもしたんですよね。
というか、「死神ルール」があまり活かされておらず、千葉が単なる「超人」のようにもみえましたし。


でも、そういうちょっとアンバランスなところも含めて、伊坂作品なのだろうな、と思うのです。
なんのかんのいっても、面白いよ、うん。
ただ、「理由なき悪意」に対しては、結局のところ、僕自身は、うまく結論が出せませんでした。
伊坂さんも、迷いながら、この出口のないテーマに、挑み続けているのでしょう。



そうそう、まずは「千葉シリーズ」第1作のこちらを先に読んでおいたほうが良いかも。
さまざまな「このシリーズのお約束」が書かれているので。

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

ミステリとしての「仕掛け」やバリエーションは、『浮力』よりも、こちらのほうが楽しめると思います。

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