琥珀色の戯言

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【読書感想】お父さん、フランス外人部隊に入隊します。 ☆☆☆☆


お父さん、フランス外人部隊に入隊します。 (廣済堂文庫)

お父さん、フランス外人部隊に入隊します。 (廣済堂文庫)

内容紹介
ある日突然失踪した大学生の息子から届いたたった三行のエアメール。〈お父さん、フランス外人部隊に入隊します。契約は5年間です。申し訳ありません、どうしても言えませんでした。〉わかりあっていたはずの父と子は、ほんとうにわかりあうために、秘してきた本心を手紙という細いつながりに託しつづけた。新潮社で好評を博したノンフィクション「父より「外人部隊」の息子へ」に直筆書簡の一部を加え、加筆、再構成し文庫化。


HONZ』での紹介がきっかけで読みました。
森本雄一郎さんが、大学4年生のとき「失踪」してフランス外人部隊に入ったのが、1995年。
同じ年に『地下鉄サリン事件』が起こっています。
雄一郎さんは、僕よりほんの少しだけ年下ですが、ほぼ同世代です。


雄一郎さんと、父親・喬(きょう)さんとのやりとりのなかで、喬さんは、こんなふうに手紙に書いておられます。

 五年間頑張るつもりのようですが、それだけの苦労を日本ですれば、出来ない事は何もないと思います。お前の決心は固いようですが、一日も早く日本に帰ってくれることを願っています。今、世界中から非難を受けているフランスに貢献する事よりも、日本人だから日本に貢献する事を考えて欲しいものです。
 お前の体がいくら丈夫でも、現在の兵器の前では人間の力はひとたまりもありません。外人部隊は特に危険な所に配属されることが多いそうですが、どこに行っても何があっても、命を祖末にするような事だけは絶対にしないようにして下さい。

これを読んで、40歳を過ぎた僕は、「そうだよなあ。なぜいきなり『外人部隊』を選んだろう?」と考えずにはいられませんでした。
でも、それは「突飛な思いつき」ではなくて、雄一郎さんとっては、理由もあり、ちゃんと準備もしてきたことだったんですよね。
単位をほとんど取っていなかったという大学でも、フランス語の授業にはちゃんと出席していたそうですし、入隊後も、フランス語と英語の語学力は褒められていたそうです。


外人部隊」って、フラッと行ったら入れてくれるような「何でもあり」の軍隊で、脛に傷を持つ危ない人たちが、世界中から集まってくるというイメージを僕は持っていたのです。
そして、それは「的外れ」でもない。
ただし、そこで生き残れるのは、プロの兵士として肉体的にも精神的にも適応していける人だけで、「だらしない人間が、だらしないまま隠れ場所として使える」ような場所ではないのです。
(そもそも、入隊手続きには現地フランスまで行かなければならず、審査書類や厳しいセレクションもあり、日本人が思いつきだけで入れるようなものじゃないんですけどね)

 姉ちゃんの家で僕の手紙を読んだと思いますが、僕は五年の外人部隊の契約が終わっても普通に会社で働くつもりはありません。また、すぐに日本に帰るかどうかもわかりません。何故なら、今の日本はあまり魅力的ではないからです。歌を聴いてもそう、政治をみてもそう、皆んな流行ばかりを追って右に行ったり左に行ったりしている。小手先だけでごまかしていて、ピーンと一本筋が通っていないから、すぐに忘れ去られてしまう。本当にいいものは、いつまでたっても古さを感じさせず、いつも新鮮な感じを与えてくれるものです。

 結婚のことですが、結婚をすればその時点で、手かせ足かせをはめられたのとおなじで、自由ではなくなるからです。給料をもらっても、家庭の為にほとんどつかってしまい、自分の為に使えるのは、ほんのわずか。しかも、家庭を持ったその時点で、何事も家庭を中心に考えてしまいます。
 まるで自分の身を削って嫁や子供を養っているようなものです。そんなのは、くそくらえです。
 僕は自分の稼ぎは全部自分の為に使います。「人生は何の為にあるのか」それは、「楽しむ為」です。今の日本の大部分のサラリーマンの皆さんを見ていると、楽しみと言えば、スナックでカラオケを歌うことぐらいのもののように思えます。また楽しむ場所も、日本にはあまりありません。会社では身を粉にして働いているのに、まるで彼らにとって人生は「苦しむため」にあるようなものです。

こんな言葉を読むと「若いなあ……」と、今の僕は思います。
でも、1995年、あのオウム事件の前までは、バブル崩壊の影響もあり、たしかに「モノの充実よりも、精神的に満たされることを求め、親世代、団塊世代に反発する風潮が、色濃くあったんですよね。
ただ、僕はこの本を読んで、「なぜフランス外人部隊だったのか?」は、結局よくわかりませんでした。
この本のなかにも、きっかけらしきエピソードは紹介されていますが、「はっきりとした理由」は書かれていません。
もしかしたら、取材者も、両親も、もしかしたら本人も、わかっていないのかもしれません。
「なんとなく選んだ、自分探しの場所」としては、フランス外人部隊というのは、あまりにもハードすぎるような気もするのだよねえ。
それに雄一郎さんが外人部隊の赴任先でやっていた「遊び」って、「飲む、買う」系のものが大半のようなので、そんなに楽しそうじゃないというか、すぐに飽きそう。
僕だったら、「外人部隊のでのキツイ生活で、夜は酒池肉林」よりは、「サラリーマン生活で、夜はカラオケを歌うくらい」のほうが「幸せ」です、たぶん。
なんだか、「本当にそう思っている」というより、「あえてワルぶっている」ようにもみえるのですよね。
まあ、外人部隊でやっていくためには、「外人部隊の価値観」に従うのが当然なんだろうけどさ。
ただ、これを読んだお父さんは、苦しかったでしょうね……
自分自身を、全否定されたようなものだから。
この本を読んでいると、喬さんは「ちょっと厳しいけれど、子どものことを大事にしている正規分布内の父親」だと思うんですよ。
取材のなかで、雄一郎さんの子どもの頃からのさまざまなエピソードを思いだし、ひとつひとつ「あれが悪かったのだろうか……」と思い悩んでいる姿は、あまりにも痛々しかった。
そのくらいの親子の齟齬って、どこの家庭にもあるはずのことなのに。


世代間のギャップ、みたいなものって、やっぱり埋め難いものがある。
「せめて大学は卒業してほしい」と願う父親と、「大学で単位をとるために勉強して、平凡なサラリーマンになるのは自分の生き方ではない」と反発する息子。
喬さんは、「息子がフランス外人部隊に入っている」ということを、懸命に世間から隠そう、知られないようにしようとします。
「今の日本では、外人部隊への入隊経験は、息子の将来にマイナスになるのではないか」と。
ところが、雄一郎さんの兄弟たちは、案外気軽に「うちのお兄ちゃん、フランスで外人部隊に入ってるんだよ」と親しい人に話したりもしていたようです。


いや、僕もこれを読みながら、「外人部隊で5年間の任務を満了するなんて、すごいな、カッコいいな!」と思ったんですよね。
もちろん、僕は入隊しようとも、入隊してやっていけるとも思わないのですが……
別に戦争や戦闘が好きってわけじゃないんだけれど、あんなストイックな世界で生きてきた男には、頭が上がらないところがあるのです。


このふたりのやりとりを読んでいると、結局、父親と息子というのは、「わかりあう」ことはできないのかな、なんて考えてしまうのです。
こういう形で別れてしまったがために、ふたりの間には「手紙」が残り、それで外野は心情を想像することができるのですが、いまの世の中では、親子で手紙のやりとりなんて、しないほうが普通のはず。
それこそ、「結婚披露宴での新婦から両親への手紙」くらいのもので。
息子ひとりの僕は、子どもからの手紙というのをもらう機会は、これから一生無いのかもしれません。
そう考えると、寂しいような気もします。


著者と喬さんとのやりとり。

「あなたは、どうでしょう?」
「……」
「お父さんと真正面から話したことが、ありましたか。互いの生き方について」
 私が、黙り込む番だった。喬はゆっくりとつづけた。
「私も親父とは、とうとうきちんと話すことはありませんでした。いまになって思えば、いろいろ思うことはあるんですがね。だいたいが、男親と息子というのは、そういうものなんでしょうね」

僕もまた「とうとう父親ときちんと話すことはなかった」ので、これを読んで、深く頷くしかありませんでした。
他人事となると「もっとコミュニケーションをしっかりとっておけばよかったのに」と思うのだけれども、自分では、まったくそれができていない。
ただ、息子が外人部隊に入ることは、「選択のひとつ」であって、「間違い」というわけでもない。
僕も、自分の息子が入隊すると言ったら、引き止めるとは思いますが……


この物語を読み終わってあらためて考えてみると、「外人部隊に入隊する」という、あまりにも厳しい環境に身体を委ね、一人前の兵士として修羅場をくぐり抜けてきても、「親は親、子どもは子ども」なのですよね。
そして、「日本で会社勤めなんてしたくない」と言っていた雄一郎さんは、5年間外人部隊をつとめあげた後に帰国し、その後はさまざまな仕事をしながら、ずっと「自分探しの旅」を続けているように見えます。


父親と息子って、こういうもの、なのかなあ……
子どものころ、「こんなふうにはなりたくない」と思ったものに、多くの大人は、なっているのです。
僕もたぶん、そうなんだ。

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