琥珀色の戯言

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【読書感想】恋歌 ☆☆☆☆☆


恋歌

恋歌


Kindle版もあります。僕はこちらで読みました。
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内容紹介
樋口一葉の歌の師匠として知られ、明治の世に歌塾「萩の舎」を主宰していた中島歌子は、幕末には天狗党の林忠左衛門に嫁いで水戸にあった。尊皇攘夷の急先鋒だった天狗党がやがて暴走し、弾圧される中で、歌子は夫と引き離され、自らも投獄され、過酷な運命に翻弄されることになる。「萩の舎」主宰者として後に一世を風靡し多くの浮き名を流した歌子は何を思い胸に秘めていたのか。幕末の女の一生を巧緻な筆で甦らせる。


中島歌子という人を、ご存知でしょうか?
僕はこの本を読むまで、この方の名前も知りませんでした。
Wikipediaの「中島歌子」の項目の冒頭には、こうあります。

中島 歌子(なかじま うたこ、1845年1月21日(弘化元年12月14日) - 1903年(明治36年)1月30日)は、日本の歌人。和歌と書を教える私塾「萩の舎」を主宰し、明治時代の上流・中級階級の子女を多く集め、成功した。歌人としてより、樋口一葉、三宅花圃の師匠として名を残している。


歌人としてより、樋口一葉、三宅花圃の師匠として名を残している」
 うーむ、芸術家としては、なんとも微妙な「後世の評価」ではありますね……


 僕はこの作品のタイトルが『恋歌』であり、最初のほうは主人公・中島歌子と水戸藩士・林忠左衛門以徳の恋愛話だったので、「ああ、これは歌人を題材にした甘い甘い恋愛小説なんだなきっと。苦手なんだよな、そういうの……」
 とか思いながら読んでいました。
 でも、そうじゃなかった。
 

 幕末の水戸藩内は、「尊王攘夷」を訴えながらも、改革派の天狗党守旧派の諸生党の2派が激しく対立していました。
 有能な志士で、天狗党の一員であった林忠左衛門以徳とその家族は、否応無くその両派の抗争に巻き込まれていくのです。
 これは、僕が予想していた「恋愛小説」ではありませんでした。
 幕末という時代にひとつの藩のなかで起こった、あまりにも残酷な出来事を描いた作品なのです。


 天狗党も、諸生党も、もとは同じ水戸藩藩士たちでした。
 日本中が「攘夷」と「開国」、そして、「佐幕」と「倒幕」で揺れ動いているなか、水戸藩は、「尊王攘夷の総本山」でありながら、内部の抗争で、多くのすぐれた人材を失ったのです。
 いや、失われたのは「志士」たちだけではありませんでした。
 天狗党の志士たちの妻子も、天狗党の失権にともない、捕らえられ、牢に入れられてしまったのです。
 そこは、まさに「地獄」でした。
 当時の武士の妻子の常識としては、「従容としてして死を迎える」ものだったのかもしれません。
 でも、どう考えても、そんなに悪いことをしたとは思えないような「女や子ども」が、「命令だから」と、とくに罪の意識も持っていないような「同じ藩の人間」である獄吏によって、無惨かつ無礼きわまりない死を与えられていくことに、僕は読んでいるのがつらくてつらくてしかたありませんでした。
 それが「集団催眠」のようなものであっても、自分の理想を掲げて戦って死んだ志士たちは、それなりの充足感を抱いて死んだかもしれません。
 だけど、「死ぬこと」の意味もよくわからないまま、無雑作に斬られていく子どもたちの「人生」って、いったい何だったのだろう?
 これはもちろん「小説」であり、100%の事実ではないかもしれません。
 しかしながら、同じような「偉い人が、その場の光景を想像することもせず、『殺してしまえ』と言ったために起きた虐殺」は、人間の歴史で、何度も何度も繰り返されてきたはずです。
 一度「やる側」に立てば「上の命令だから」と、どんな残酷なこともできてしまう人間がほとんどなのは、アウシュヴィッツでも証明されています。
「なんでこんな残酷なことができるのだろう?」「泣いている子どもを斬れるのか?」
 いや、実際にそれを行った人たちだって、その場に投げ込まれず、平和で豊かに暮らしていれば、そう考えていたはずなんですよね、大部分は。


 幕末には、日本全体だけではなく、それぞれの藩のなかでも、「勢力争い」が起こり、権力を握ったグループが対立するグループを粛正するという事例は少なくありませんでした。
 多くの場合は「反対派の成人男性」が粛正の対象でした。
 ところが水戸藩では、反対派の妻や幼い子どもまでが粛正されたのです。
 ある登場人物は、水戸藩でこんな悲惨なことが起こった原因として「貧しさ」を挙げています。

「財政豊かな加賀藩は人気おおらかと聞く。温暖な薩摩や長州も懐は豊かや。けど、水戸は藩も人も皆、貧しかった。水戸者は生来が生真面目や。質素倹約を旨とし過ぎて頑になって、その鬱憤を内政に向けてしもたのや。……あまりの貧しさと抑圧が怖いのは人の気ぃを狭うすることやな。気ぃが狭うなれば己より弱い者を痛めつける、ほんで復讐を恐れて手加減できんようになる。

 水戸藩を貧しくしたのは「御三家」としての矜持から、実際の収穫量より高い「石高」を標榜し、それに応じた軍備やふるまいをしてきたことでした(他藩より税率も高かったそうです)。
 そして、徳川光圀以来続いてきた『大日本史』の編纂事業の費用も負担になっていました。
 この『大日本史』、冲方丁さんの『光圀伝』を読めば「光圀の気概にあふれた一大事業」だと思われるのですが、領民からすれば「迷惑な公共事業」だったのですよね、たぶん。
 光圀が善意でやろうとしたことが、水戸藩を結果的には苦しめ続けてしまった。
 偉大な君主の「善意」だけに、やめるにやめられず。
 結果的に、後世の人は、光圀の仕事の恩恵を受けている面もあります。


 手加減なしで片方の勢力が虐殺を行えば、もう一方が「復讐」をしようとするのは当然のことでしょう。
 明治維新で名誉を回復された「天狗党」は、「諸生党」に対して、凄惨な復讐を行っていくのです。
 「天狗党」は、一方的な被害者ではなかった。
 「どちらかが、復讐の連鎖を断ち切らなければ終わらない」のだけれども、実際に大切な人がこんなふうに虐殺されても「赦す」ことができるでしょうか?
 僕はこれを読みながら、もしかしたら、太平洋戦争後の日本の「長い平和」を支えてきたのは、「自虐史観」とか「アメリカへの復讐を諦めようとし続けていること」なのかもしれないな、とか考え込んでしまいました。
 復讐の連鎖は、虚しい。
 でも、それを断ち切るというのは、ものすごく勇気がいるし、「人間としての生々しい感情を抑える」ことなのかもしれません。
 それは、人間として生きていくうえで、崇高でもあるし、不自然な感じもするのです。
 この本を読みながら、「こんな目にあわされたら、そりゃ、やり返すだろ……」って、思ったもの。
 その「やり返している場面」でも、同じように、「女、子ども」までも無慈悲に斬られてしまったのです。

 幕末、かほどに「攘夷」に拘泥したにもかかわらず、薩長の門閥で固めた明治政府は「脱亜入欧」を掲げて近代国家建設に総力を傾けた。旧幕時代の文化風習は因循姑息であると決めつけ、民に率先して洋装を取り入れたのも宮中と政府高官の一族である。薩摩や長州の田舎侍に過ぎなかった男たちは鹿鳴館で懸命にステップを踏み、そして私もこの煙草のように西欧の品々を嬉々として受け入れている。
 水戸志士の妻子たちが流した血はいったい、何だったのだろう。

 
 僕にとっては、この作品の「恋愛」の要素はどうでもよくて、読みながら、この「水戸志士の妻子たちが流した血はいったい、何だったのだろう」ということを、ひたすら考えずにはいられませんでした。
 戦争や歴史というものは、こういう「何だったのだろう」としか言いようがない、それに意味づけをしようとすればするほど嘘くさくなる「流血」を繰り返しているのです。
 

 すばらしい作品だと思うので、多くの人に読んでいただきたい。
 ただ、読んで楽しい気分になれるわけでもなく、泣いてスッキリできることもありません。
 それでも、ひとりでも多くの人に「水戸志士の妻子たちが流した血はいったい、何だったのだろう」と、考えてみてほしい。
 いま生きている人間にできることは、同じような流血を繰り返さない、あるいは、少しでも減らすことだと思うから。

 

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