琥珀色の戯言

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【読書感想】相撲部屋ちゃんこ百景 ---とっておきの話15 ☆☆☆☆


相撲部屋ちゃんこ百景 ---とっておきの話15

相撲部屋ちゃんこ百景 ---とっておきの話15

内容紹介
ちゃんこを通して見えてくる、相撲部屋の魅力が満載! 15部屋の親方や力士に取材をして集めたとっておきの話。部屋の歴史や伝わる味、それぞれの個性的な人間模様を鮮やかに描写した一冊。


ちゃんこを通してみえてくる、相撲部屋の魅力が満載!
親方や力士とちゃんこ鍋を囲みなら、とっておきの「ちょっといい話」を聞かせてもらいました。
それぞれの部屋の歴史や伝わる味、相撲界に生きる男たちの絆やその姿を特と味わってください。


第69代横綱白鵬、推薦の一冊!
「ここに、戦う男たちの汗と涙と笑顔がつまっています」


【収録部屋】
高砂部屋/春日野部屋/玉ノ井部屋/錣山部屋/藤島部屋/武蔵川部屋/宮城野部屋/友綱部屋/伊勢ヶ濱部屋/佐渡ヶ嶽部屋/時津風部屋/境川部屋/松ヶ根部屋/鳴戸部屋/峰崎部屋/東関部屋/大嶽部屋/貴乃花部屋
番外編…東日本大震災巡回慰問


「食」から切り取った、相撲部屋という世界。
 八百長、暴行による力士の死亡事件など、最近「暗部」ばかりがクローズアップされがちな相撲界の「人情」を、相撲好きの著者が書いた、なかなか興味深い本でした。
 なんのかんのいっても、みんな相撲が好きなんだな、と。


 相撲=ちゃんこ、というイメージがあるのですが、それもかなり変わってきているようです。

 平成七年からの巡業改革に伴い、ちゃんこの形態も変わった。消防法の問題もあり、力士の食事は各巡業地での仕出しバイキングや、弁当支給となってしまったのだ。移動先でちゃんこを作る若い力士たちの負担は軽減されたが、地べたに座って、差し入れの品々を地元の人たちと触れ合いながら囲むちゃんこには、相撲界ならではの風情があったものだった。高砂部屋のちゃんこ長、大子錦の言葉を思い出す。
「以前は、巡業がよその部屋のちゃんこを食べるいい機会でした。『この作り方はうちの部屋とちょっと違うけど、これはいいな』と情報交換したり。『ちょっと春日野部屋にちゃんこの出稽古に行ってきます』なんてね」
 なるほど相撲だけでなく、うまいちゃんこを作るには、基本が大事、稽古が大事ということか。豪快に、食べて飲んで稽古して――これは今も昔も変わらずに、強い力士の三原則なのだそう。

 この本を読んでいると、十両以上の「関取」以外はゴミのように扱われているのかと思いきや、相撲部屋というのはひとつのファミリーであり、付き人やちゃんこ係の「そんなに強くない力士たち」も、部屋のなかで重要な役割を果たしているのだな、ということがわかります。
 やっぱり「おいしいものをつくれるひと」というのは、どこの世界でも重宝されるんですよね。
「食べることも稽古のうち」である相撲界ではなおさら。


 しかし、相撲部屋それぞれの「伝統」に関して、こんな話を読むと、僕としては考え込まずにはいられません。


佐渡ヶ嶽部屋の回より。

 弟子たちにとって、稽古場での先代(佐渡ヶ嶽親方)は、まさに「鬼」のようだった。
「三段目の時、朝6時から三番稽古(続けて同じ相手と相撲を取る)を二時間やらされて、手首が脱臼してプラ〜ンとなった。そこでやっと、『もういい!』と言われるんです。その後も11時までぶつかり稽古や申し合いなど、一日に何百番取っていたか……。意識が朦朧としているから、番数を数えるどころじゃない。毎日、青竹で叩かれてもいて、心が折れそうになると、絶妙なタイミングで、『お前が憎くて厳しくしてるわけじゃない。すべて、お前に強くなってほしいからなんだよ』と声を掛けてくれるんです。その言葉が心に響いて、涙が出ちゃうんですよねぇ」
 奇しくも尾車親方と当代親方が、まったく同じ言葉を口にしていた。
「先代が師匠だったからこそ、耐えてこられたのかも。もしこれが別の部屋だったら、とっくに辞めていたかもしれません……」

 これは「稽古の範疇」なのだろうか?
 手が脱臼するまで稽古を続けると、本当に強くなるのか?
 こうやって稽古した力士と、科学的トレーニングを積んだ力士と、どちらが強くなるのだろう……


 相撲部屋というのは、ひとつの家族なのだな、とこの本を読んでいると痛感します。
 それも、いまの日本では失われてしまった「親方を家長とした、旧い日本の伝統的な家族」。
 そんなの、いまの世の中では流行らない、と思うんですよ。
 ただ、その一方で、一度その「家族」の一員となったら、しごかれ、イジメなのか稽古なのか、というような厳しい稽古を課される代わりに、愛情も注いでもらえるのです。

 時津風部屋のこの日のちゃんこは、「鶏もも湯豆腐」。ちゃんこ番の力士によれば、「毎日食べる鍋ですから、逆にあっさりした豚ちりや湯豆腐を力士は喜ぶんですよ」とのことだ。豊ノ島の実家が豆腐店を営んでおり、豆腐の差し入れも多いのだとか。一般的な湯豆腐と違い、相撲部屋では鶏肉を入れるのが定番でもある。時津風部屋ではせせりという首肉を使うことも多いが、この日は鶏のもも肉を。ポン酢で食すのが一般的な湯豆腐なのだが、相撲部屋ではその「タレ」に秘密がある。「卵黄のみを使う」「タレは温める」など、それぞれの部屋でこだわりがあり、時津風部屋流湯豆腐は、全卵に醤油、たっぷりの花がつおと青海苔、ネギのみじん切りを混ぜ込んでタレを作る。手軽で簡単、濃厚で風味豊かなタレを絡ませ、鶏ももや豆腐をハフハフ言いながら口にする。湯豆腐の新しい食べ方を発見させられたようだ。〆には、鶏のエキスが染み出たスープでタレを薄め、ご飯を入れての雑炊風が、これまた絶品。

 一度同じ釜の飯を食った部屋の人間は、できるかぎり面倒をみる。仮に、相撲取りとして成功できなくても。
 そういう濃密な人間関係が、いまも残っているのが「相撲界」なんですよね。
 僕はついていけないけれども、そういう世界が「悪」ということはありません。
 多くの人が、相撲界の「旧い体質」に呆れながら、そういう「昔ながらの家族的な関係や伝統的な礼儀正しさ」に好感を持ってもいます。
 あれだけの「八百長騒動」が起こったあとでも、結局、場所ひとつが「テレビ中継なし、入場料なし」になっただけで、あっさりNHKの中継も復活しましたし。
 病院で患者さんの様子をみていると、やっぱり高齢者には、相撲を楽しみにしている人が多いなあ、と痛感もするのです。


 最後に「貴乃花の強さ」について。

 胸を合わせた経験のある力士が貴乃花について語る時、共通点があるのに気づく。誰もが一呼吸おき、目を見開いて、まずは感嘆符から言葉を発するのである。
「いやぁ、本当に強かった」
「う〜ん、あのヒトにだけは勝てる気がしなかった」
 そう口々に「手放し」で、貴乃花というひとりの力士を語るのだ。自身が昇進した平成11年7月から、15年1月の貴乃花引退まで、同時期に綱を張った武蔵丸は言う。ちなみにその対戦成績は四度の優勝決定戦を含む貴乃花の33勝、武蔵丸の19勝である。
「まず、本当に相撲がうまかった。まわしを取らせないし、もし取られたとしても瞬時に切るのね。相手のいい形にはならない。もうね、相撲に自信を持っているというのか、『揺るがないもの』があるんだよ。こっちがいくら力を出そうとしても、出させない。力を吸収しちゃうというのかな。立ち合いからうまいんだもん。横綱なのに低く当たって来て、まわしを取った瞬間に前に出て来る。まったく隙を与えないんだよ。こっちにチャンスをくれないの。最初のうちのオレは押し相撲で、まったく彼には勝てなかった。でも、四つ相撲を覚えてからは、『貴乃花さん、オレのまわしを取ってもいいよ』という感じだったけどね。組んで近くなったほうが、やりやすかったから。うん、彼との相撲は本当にやり甲斐があった。戦い甲斐のある力士だったよ」
 そして、かつてのライバルをこうも評するのである。
横綱は、品格についてあれこれ言われるけれど、彼は本当にオーラがあり、別格だったと思う。自分の世界を持っている人だった。誰とも喋らない。ただひたすら相撲だけに集中してる。近づき難かったよ。今の横綱には、ああいう人はいないね。今まで戦ったなかで一番強かったのは、もちろん貴乃花。そして一番、相撲がうまかった」
 彼を一言でいうと? と武蔵丸に訊ねると、間髪入れずに即答した。
「一言でいうならね、『すばらしいオスモウサン』だよ」

 一時期、家庭不和や洗脳騒動などでワイドショーで大きく採り上げられ、「ヘンな人」イメージが僕のなかでは強かった(二代目)貴乃花なのですが、このライバルたちの言葉を読むと、「最強の力士」だったのだな、ということが伝わってきます。
「自分の世界」がある人は、他人からみれば「ヘン」にも見えるけれど、そのくらい超絶していたから、貴乃花は孤高の存在として輝いていたのでしょう。
 あらためて考えてみると、日本人の横綱って、貴乃花がいまのところ最後なんですね……(これは僕の誤認で、武蔵丸関が大関時代に帰化したあと横綱に昇進しており、昇進も引退も貴乃花関より後になります。大変申し訳ありませんでした。そして、御指摘ありがとうございました)。


 相撲というか、相撲界が、なぜ、あれほどバッシングされながらも、愛され続けているのか、というのが、ちょっとわかったような気がする一冊です。
「相撲界のネガティブな話」ばかりが大きく報道されるのは、ちょっと不公平だとも思うしね。

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