琥珀色の戯言

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【読書感想】アイスタイム 鈴木貴人と日光アイスバックスの1500日 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
2009年春、一人のスーパースターが行き場を失っていた。名門SEIBUプリンスラビッツ、日本代表のキャプテンとして、長野オリンピック以降の日本アイスホッケー界を支えてきた男だ。所属チームの突然の廃部により新天地を探さなければならなかった鈴木貴人に声をかけてきたのは、幼なじみの村井忠寛だ。だが、鈴木が加入を決意したバックスは、長い負の歴史を持つ「弱小クラブ」だった―。オリンピックに出場できなければ、スポーツではないのか―。時代に翻弄された日本アイスホッケー界のキャプテンと弱小クラブで戦った50人の「逆襲の記録」。


 「アイスホッケー」を観たことがありますか?
 いや、多くの人が、「観たことくらいはある」とは思うのですけど。
 しばらく前の話ですが、木村拓哉さん主演で、アイスホッケーを題材にした連ドラも放映されていましたし。


 僕が子どもの頃、30年くらい前には、ごくふつうの土曜や日曜の昼下がりに、王子製紙vs国土計画、というようなアイスホッケーの試合が、テレビで放送されていたものです。
 僕はルールもよくわからないままそれを観ていた記憶があります(というか、疲労が激しいスポーツなので、選手がいくつかのグループをつくって、ローテーションしながら試合をやっていくというルールなどは、この本を読んではじめて知りました)。
 屈強な人たちがガンガンぶつかりあいながら、華麗なテクニックも交えつつ勝利を目指すアイスホッケー、そういえば、いつのまにか、冬のオリンピック関連でしか観なくなったなあ、と、これを読み始めてあらためて気付いたのです。

 鈴木はアイスホッケーで選手のプレー時間を意味する「アイスタイム」という言葉が、好きだった。
 アイスホッケーでは選手のプレー時間を「アイスタイム」と呼ぶ。1回あたり40秒から50秒ほどのアイスタイムを1試合で20回、30回と繰り返すうちに、必ずチャンスは来た。一つのピリオドを失っても次のピリオドがあり、1試合に負けても次の試合があった。やり返す気持ちさえあれば、いくらでも機会はあった。
 自分の人生が続く限り、アイスタイムはずっとやってくるように思えた。


 この物語の主人公・鈴木貴光選手は、名門だった所属チームが廃部になり、ずっと低迷していた「日光アイスバックス」に移籍しすることになります。旧友であった監督の誘いを受けるかたちで。
 その後、アイスバックスは、吉本興業からの支援を受け、プロのアイスホッケーチームとしてリーグ戦を戦っていくのですが、これがもう、読んでいていたたまれなくなるくらいの苦難の連続。

 アイスホッケーはお金がかかるスポーツだ。
 トップレベル用のスケート靴は5万円をくだらないし、試合中に折れることの多いスティックも1本3万円から4万円はする。練習はまず氷の張られたリンクがなければ始まらない。公営のリンクを有料で借りる。大量の防具を運ぶ遠征が、また難儀だ。海外遠征のときに「オーバーチャージ」(規定以上の重量の荷物をあずける際の追加料金)を、まず覚悟しなければならない。用具については各チームともメーカーと契約して経費を抑制しているが、極端にいえばボール一つあれば練習ができるサッカーなどとは違う。
 バックスの収入は創設当初からスポンサー料、入場料収入、ファンクラブ会費にグッズの売り上げで、当初はあった自治体の支援はない。セルジオ(越後)たちが加わったからといって、それが変わるわけではなかった。収入の柱であるスポンサーはバックスの設立当初から応援してくれる企業と、選手の営業活動で獲得してきた小口の団体に限られていた。冷え込む景気の下で新規のスポンサー獲得は困難を極めた。

 鈴木は契約の前、交渉の窓口だった本間にクラブの経営計画を何度も確認した。チームは選手の基本給を最低限まで低く設定し、入場料収入やスポンサー収入に応じて加算する最低保障制度にあらためようとしていた。大学を卒業して2年目の選手で、月収は15万円ほどだった。

 まず1年目の人件費は9000万円でまかなうことに決めた。単純に平均すると選手1人300万円台になる。1000万円近い選手がいる以上、200万円台の選手も作らなければならない。
 選手の属するクラスをA、B、Cの三つに分けた。最も価値のあるAが年俸600万円以上、Bが300万〜600万、Cが150万〜300万。そこに選手数をかけた数字が総額を超えなければいい。かりにAに3人を入れたとして、1800万。もっともボリュームの多いBに15人。するとCに4人から5人を入れなければならないことになる。


 鈴木選手は、さすがに「月収15万」ということはなかったようですが、それにしても、他の人気スポーツのトップ選手に比べれば、年俸はかなり低かったようです。
 アイスホッケーというスポーツは、怪我も多いし、選手寿命もそんなに長くはない。
 40歳まで現役を続けられる選手は、ほとんどいません。
 にもかかわらず、「月収15万」か……
 プロ野球のように、入団時に多額の契約金があるわけでもないし。
 この本で紹介されている「バックス」の選手たちにも、アイスホッケーをやめて定職についた人が、大勢います。
 いくらアイスホッケーが好きでも、厳しい環境というか、好き以外の理由ではやっていけない、そんな環境なのです。


 選手の怪我や、資金難による給料の遅配、なかなか上がらない成績……
 そんななかでもアイスバックスは、鈴木選手の活躍や新戦力の加入もあって、頂点が見えるところまで、なんとかたどり着くのです。
 そしてそこで、彼らを待っていたものは……


 いまの日本では、アイスホッケーは、残念ながら「マイナースポーツ」に入ってしまうでしょう。
 でも、この本を読んでいると、アイスホッケーというスポーツの激しさや奥深さに、激しくひきつけられました。
 ほとんど同じ顔ぶれで2試合続けて戦えば、同じような結果になると思うじゃないですか?
 ところが、ちょっとした流れや作戦の変更で、昨日惨敗したチームが、今日は圧勝することもあるのです。
 もちろん、長い目でみれば、「実力の差」というのは、埋め難いところもあるのですが。


 そして、スポーツの世界というのは、残酷なものでもあります。
 たとえば、5位から、4位、3位と順位を上げていくチームがあるとします。
 じゃあ、その次の年は2位になるんじゃないか、そう思いますよね。
 ところが、実際はそうはいかない。
 もちろん、いきなり優勝してしまう可能性だってある。
 その一方で、「3位」というのが、そのチームにとってのピークだということも、少なくありません。
 

 この本のなかでは、主役である鈴木選手だけではなく、「バックス」の他の選手たちの姿も描かれています。
 鈴木選手のようなスターではないけれども、アイスホッケーが好きで、厳しい条件にもかかわらず、プロとしてプレーを続けているはずの彼らなのですが……

 シーズン序盤、塚田や中居ら若い選手が新しいコーチの下で公平にシフト(出場機会)を与えられ、生き生きとプレーしているなと感じていた。しかし試合が続くと、徐々に彼らはその立場に満足してしまっているように見えた。そのうちに調子を落として出番が少なくなると、明らかに存在感がなくなっていった。彼らと話をすると、必ず「アイスタイムが短いので」という答えが返ってきた。
 コクドやSEIBU時代、鈴木はそういう選手ならごまんとみてきた。そして一様に彼らは数年でチームから消えていくのだ。
 アイスホッケーは野球やサッカーと違って、ベンチに入ればどんなに短くてもチャンスがある。確かに出番は公平でないかもしれない。監督やコーチの好みもあるだろう。しかし、それを言い訳にしていたらいつまでもチャンスはものにできないし、そうしているうちにアイスタイムは終わってしまうのだ。そしてキャリアの最後に、それまで不満に思ってきた短いアイスタイムが自分にとってどんなに大事な宝物であったかを思い知るのだ。

 いまでも村井の言葉を思い出すことがあった。
「四つ目(ローテーションのなかの第4グループ。一般的にはいちばんチーム内での評価が低く、出場時間も短い)だってプロなんだ。四つ目だってバックスの選手なんだ。チームのために何ができるか考えてくれ」
 プロとしてプレーした6ヵ月間、中西は自分がリンクに立つこと、自分が試合に出ることしか考えていなかった。チームのために何ができるのかを考えていれば、自分はもっと成長し、チームはもっと上に行けたかもしれない。リンクの上にいる一瞬、一瞬がどれほどかけがえのないものだったかが、教師になってわかったのだ。

 ああ、これはまさに「アイスホッケーだけの話じゃない」ですよね……
 不遇な状況に置かれていたとしても、それを言い訳にして腐っていたって、状況が改善されるわけがない。
 そして、終わってしまってから、はじめて「それでもチャンスがあったのに……」と後悔する……
 それに、どんな立場であっても、チームの一員として、できることがあるし、それを意識していれば、いつか自分にとって役に立ったかもしれない。
 選手が全員、鈴木貴光になれるわけではないのだから……


 「バックス」の熱いファンたちの姿も印象的で、本当に「アイスホッケーを久しぶりに観てみよう!」と思えるノンフィクションでした。
 アイスホッケーのルールがよくわからなくても、けっこう丁寧に説明されていますし、面白く読める一冊ですよ。

 

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