琥珀色の戯言

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小さいおうち ☆☆☆☆



あらすじ: 健史(妻夫木聡)の親類であった、タキ(倍賞千恵子)が残した大学ノート。それは晩年の彼女がつづっていた自叙伝であった。昭和11年、田舎から出てきた若き日のタキ(黒木華)は、東京の外れに赤い三角屋根の小さくてモダンな屋敷を構える平井家のお手伝いさんとして働く。そこには、主人である雅樹(片岡孝太郎)と美しい年下の妻・時子(松たか子)、二人の間に生まれた男の子が暮らしていた。穏やかな彼らの生活を見つめていたタキだが、板倉(吉岡秀隆)という青年に時子の心が揺れていることに気付く。

参考リンク:映画『小さいおうち』公式サイト


2014年7本目の劇場での鑑賞作品。
日曜日のお昼からの回を鑑賞したのですが、30人くらいお客さんがいて、けっこう賑わっていました。
黒木華さんが、この作品でベルリン国際映画際で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞したことも大きいのかもしれません。
僕はもっぱら平日のレイトショーで映画を観ているので、日曜日はどの映画もこんなもの、なのかもしれませんけど。


僕はこの映画を観ていて、正直、ちょっとイライラしていたんですよ。
松たか子さんが演じている時子が、夫と子どもがありながら、板倉に惹かれていくのが、なんかこう、やるせなくて。
時子の夫は、「仕事と戦争の話しかしない、デリカシーのない男」なのだけれども、なんのかんの言っても、ちゃんと仕事をして、家族を支えているわけです。
にもかかわらず、時子にとっては、「つまらない男」として見られている。
基本的に、そういう男って、悪気はないんだよね……
なんだか、人ごととは思えない感じです。


この映画、本当に「何も起こらない」というか、「既婚男性の僕にとっては、やや不愉快な出来事への予感と不穏な空気が流れ続けるだけ」なんですよね。
でも、だから「つまらない」というわけではなく、そういう雰囲気に身をゆだねるのも、けっこう快感だったりするわけです。
山田洋次監督らしい、「大きなドラマがあるわけではないのだけれど、無駄と隙のない映画」だと思いますし。


原作の小説を読んだときも感じたのですが、日中戦争開始くらいからの「戦前の日本」って、僕がイメージしていたような「暗黒時代」ではなかったようです。
「日本」っていっても、タキの故郷の山形は冬は雪に覆われ、子どもを奉公に出すのが当然だった一方で、東京の山の手では、地方から出てきた女の子たちが「女中」として働く、「赤い三角屋根のおうち」や「中学受験」の世界があって……
この作品では、当時の「モダンな東京の生活」がかなり忠実に再現されているようで、「玩具会社の常務」である平井家には、レコードやシャンデリアもあります。
戦局が煮詰まり、日米開戦に至る直前になって、急速に、さまざまな「締めつけ」がみられるようになったけれど、それまでは、一般市民にとって「それほど異常ではない時代」だった。
「南京陥落」というニュースが流れると、デパートで「南京陥落セール」が開催され、多くの買い物客で賑わう、それが「日常」だったのです。
まあでも、これは、裏を返せば、「平穏で幸福な時代と戦争の時代は、けっして断絶しているわけではなく、地続きなのだ」ということでもあります。
いまの時代だって、未来からみれば「束の間の平和」なのかもしれません。


そういえば、作中で、時子がコンサートに行く場面で、一緒に行く予定だった夫が仕事でキャンセルし、険悪な雰囲気になる場面があります。
「ひとりじゃ行けません!」と時子は怒るのですが、僕はそれを見て、「じゃあ、タキと一緒に行けばいいのに」って思ったんですよ。
おそらく、この映画を観ていた観客の多くも、同じように感じたのではないでしょうか。
ところが、「女中」であるタキを連れていく、ということは、一度も検討すらされませんでした。
ああ、そういう時代だったんだなあ、って。
東京はモダンで自由な雰囲気が流れていたのかもしれないけれど、格差というか「主人と使用人の壁」みたいなのは、こんなに大きかったのか、と。


この物語の結末には、なんというか「人生の皮肉と面白さ」みたいなものをしみじみと感じました。
タキは、なぜあの選択をしたのだろう?
僕は正解だと思ったのだけれど、そこには「平井家を守るため」だけではない、彼女自身の感情みたいなものも介在していたのだろうか?
板倉は、それを感じていたのか? だとしたら、なんて酷いヤツなんだ……


個人的には「戦争が、大きな歴史からみれば小さな家庭の小さな問題を吹き飛ばしていった話」というよりは、「有閑マダムとチャラチャラ男の恋愛ゲームにイライラさせられっぱなし+巻き込まれたタキさん可哀想」という感じなんですが、観ていると「大きな歴史のうねりのなかでの、人間の無力さとしたたかさ」みたいなものが伝わってもきたんですよね。


黒木華さんは、すばらしい演技、というよりは、「昭和の、太平洋戦争前の女中を、これほど違和感なく演じられる人が、いまの日本の若い女優さんにいるのか!」という感じでした。
ナチュラル・ボーン・女中っぽい。


すっきりしない映画なんですけど、このすっきりしないところが「現実」なんだろうな、という気もする、なかなか良い映画だと思います。

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