琥珀色の戯言

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【読書感想】誘蛾灯 鳥取連続不審死事件 ☆☆☆☆


誘蛾灯 鳥取連続不審死事件

誘蛾灯 鳥取連続不審死事件


Kindle版もあります。
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内容紹介
2009年秋、当時35歳だった木嶋佳苗の周りで、多数の男性が不審死した事件が話題をさらっていた。やがて別の連続不審死事件が浮上してきた。現場は鳥取、主役は上田美由紀、スナックのホステスだった。筆者は町を歩き、スナックに通い、裁判を傍聴する。美由紀に惚れ、貢ぎ、騙された男たちをみつける。そして美由紀とも面会を重ねる。その結果、木嶋佳苗事件からは決して見えてこない、地方特有の事件の景色が判明してくる。


内容(「BOOK」データベースより)
刑事、新聞記者…上田美由紀の周りでは6人の男が死んだ。この事件の背景には、木嶋佳苗事件とは別の深い闇がある。なぜ男たちは肥満のホステスに惹かれたのか?


 あの木嶋佳苗事件と同時期に鳥取県で起こった、連続男性不審死。
 木嶋事件が、法廷での被告の言動なども含め、センセーショナルに報道され続けたのに対し、鳥取のほうの事件は、6人もの男性が亡くなっているにもかかわらず、木嶋事件ほど大きく採り上げられることはありませんでした。
 マスコミにとっては多くの人的資源を割くのが難しい、山陰地方での事件だった、ということもあるのでしょう。
 しかしながら、僕はこの本を読んでいて、「日本の地方都市と、そこで生きている人たちの閉塞感」みたいなものを、考えずにはいられなかったのです。

 そんな時期、新聞の社会面やテレビニュース、週刊誌などは、突如発覚した怪事件の報道に沸き立ちはじめていた。埼玉県警が9月25日に詐欺容疑で逮捕した当時35歳の女――木嶋佳苗の周辺で幾人もの男たちが次々と不審な死を遂げていた疑いが浮上し、大型の連続殺人事件に発展する、との見方が急速に広まったからである。しかも11月に入ると、はるか西に離れた鳥取県でも連続不審死疑惑が表面化し、メディアの狂騒に一層拍車がかかった。疑惑の中心にいたのはやはり当時35歳の女――上田美由紀であり、その周辺でも多数の男たちが次々に命を落としていた。
 首都圏と鳥取県でほぼ同時期に類似の連続不審死事案が浮上したとはいうものの、両者に直接的な関係があるわけではもちろんなかった。ただ、二つの事件には奇妙なほどの共通点があった。
 たとえば、佳苗と美由紀はいずれも30代半ばで、生年は一つしか違わない。佳苗は1974年の11月に生まれ、美由紀はそれより1年早いだけの1973年の12月に生まれている。また、佳苗にすても美由紀にしても、どちらかといえば背丈は小柄なのに、躯はでっぷりと太った肥満体型の持ち主で、お世辞にも容姿端麗と評せるようなタイプではなかった。なのに二人の周辺で不審な死を遂げていた男たちは、ほとんどが佳苗や美由紀と親密に交際し、肉体関係を持った上、何らかの形で多額の金銭を貢いでいた。
 しかし、いくつかの点では大きな違いもあった。
 佳苗が引き起こしたとされる事件は埼玉や千葉、東京といった首都周辺の大都市圏を主な舞台とし、「セレブ」を気取っていたという佳苗は、インターネットなども駆使しつつ「婚活サイト」を通じて独身男と知り合っていたという。そして男たちから巻き上げたカネで買い漁ったブランド品を身につけ、ベンツなどを乗り回して一見贅沢な生活を送り、最終的には自殺に見せかけて男たちを殺害した、というのが警察や検察の描き出した事件の基本構図だった。
 対する美由紀のケースはずいぶんと様相が異なる。
 舞台となったのは大都市部から遠く隔たった山陰は鳥取の地であり、美由紀は昔ながらのしがないスナックホステスだった。それも、寂れ切った鳥取の歓楽街の、地元では「デブ専」などと揶揄される場末の店に漂っていた女である。なのに、妻子ある男たちまでが次々と美由紀に惹かれ、多額のカネを貢ぎ、幾人もが不審な死を遂げていた。

 上田美由紀被告は、2012年に一審で死刑判決を受け、現在は広島高裁で控訴審が行われています。
 著者は取材で、上田被告が働いていたというスナックを何度も訪れているのですが(多少の脚色はあるとしても)、まさに「場末」という感じで、「鳥取にも、もう少し活気があって、かわいい女性がいる店もあるだろうに、なぜこの店に、被害者たちは来てしまったのだろう……」と思わずにはいられませんでした。

 古びた雑居ビルの一階にある店を訪れるのはまだ二度目だというのに、なにやらすっかりと常連扱いだった。もちろん悪い気はしないのだが、それはあくまでもここが普通の店だったら、という条件つきである。
 もう70歳のママは、でっぷりと肥えている。普段はカウンター席の隅にどっしり座ったまま動かず、たまに店の中を歩くと身体中の肉がゆさりゆさりと揺れる。せいいっぱい若作りしているのだろう、薄くなった髪を派手な栗色に染め、しかも両脇で三つ編みにしている。
 たった一人しかいないホステスのアキちゃんも年齢は60歳を超えている。ママがどっしり座ったまま動かないから、カウンターの中に立って客を捌くのはもっぱらアキちゃんの役目、一般的にはチーママ格ということになるのだろうが、雇い主であるママにいつも気を遣っていて、長めの髪の毛にチリチリのパーマをあてたアキちゃんもまた、ママほどではないにせよ、同じような肥満体型の持ち主だった。

いやまあ、「趣味」っていうのは人それぞれなのだろうけれども……


亡くなった男性たちのなかには、刑事や新聞社の記者といった、地方都市であれば「それなりのエリート」もいました。
家庭があり、子どもがいた人もいたのに、なぜ、こんなふうに上田被告に「溺れて」しまったのか……
この本を読んでいると、上田被告の手練手管や、「そういう男性」を見つけだす嗅覚の鋭さと同時に、それらの男性たちが「家庭や職場など、自分が今いる場所に行き詰まりを感じていて、どこへでもいいから脱出したい」ともがいていた先に、上田被告がスッと入ってきたのかもしれないな、とも思うのです。
言葉は悪いのかもしれませんが、「騙されたい、という気持ちがあった」のかもな、なんて。

「あの女(美由紀)に、いろんな口実をつけてカネをせびり取られていたらしいんです。『子どもが病気になった』とか、『生活費がない』とか、『一緒に住む家を準備する』とか言ってね。いちいちもっともらしい理由をつけてはカネをせびり、それを彼も信じ切っていたようで、『カネがかかるんだ』と言いながら金策に必死になっていて、あちこちからカネを借りてたって……。」

読んでいると、それなりの社会経験もあり、責任ある仕事をしていたはずの男たちが、なんでこんなバカバカしい手口にひっかかって、お金を貢いでいたんだろう?と腹が立ってくるくらいなんですよ。
それも、小遣い程度ならともかく、何百万、何千万という金額。
自分が大金持ちで、相手が若くて綺麗な愛人とかならともかく、それまでは地方都市で慎ましく暮らしてきた男たちなのに。
子どもまで巻き込んで、相手の男性の心をつかもうとするなど、上田容疑者のやりかたには、読んでいて気分が悪くなってくるようなものもありました。


なぜこんなのに、騙されるんだ……

 事件の重要な舞台となった鳥取最大の歓楽街・弥生町にしても、美由紀と男たちの出逢いの場となった店にしても、最終的に命を落としてしまった男たちや事件関係者にしても、垣間見えてくる風景はあまりにも殺伐としていて、救いがまったくないように思えて仕方なかった。
 すっかりと寂れ、人の気配がほとんどない歓楽街。その片隅で、太った二人の老女が営む店。ゴミ屋敷に一人住まい、唾を飛ばしながら憤る老女。縁者もなく、生活保護を受けながらぎりぎりの生を紡ぐ人々。
 段ボールを被って轢死した記者。雪の山中で首を吊ったという刑事。身内の不審死を隠蔽する警察。不自然な捜査に憤りながらも、息をひそめてそれを見つめるしかない遺族。
 それぞれにそれぞれの事情はあるのだが、眼の前に次々と立ち現れてくる情景は溜息が出るほど暗く、目を背けたくなるほど澱んでいた。鈍色の曇り空ばかり続く冬の鳥取の天候も、そんな印象に拍車を掛けていたように思う。
 つまるところ、取材の難しさと事件の陰鬱さに、私は尻込みをしていたのである。


 僕は去年の夏に山陰に旅行し、出雲大社鳥取砂丘を観光したのですが、車で移動していて、そんなに大きくない街から一歩出たらすぐに、僕が子どものころ、昭和50年代はじめくらいと同じような「日本の田舎の風景」がみられることに驚きました。
 僕だって、九州の地方都市に住んでいて、東京基準でいけば「田舎者」なのですが、山陰の「田舎」はこんなに違うものなのか、と。
 この本を読んでいると、なんだか、その光景が浮かんでくるのです。
 横溝正史の「金田一耕助シリーズ」みたいだな……とかも、やや不謹慎ながら、考えてしまうんですけどね。
 それに比べると、木嶋被告の事件のほうは『古畑任三郎』あるいは『相棒』の1エピソードのような。


 この本の巻末に、上田美由紀被告の写真が掲載されています。
 最後の最後に、この写真を見て、僕はまたひとつ溜息をつきました。
 「なんでこんな女に……」なのか、それとも、「こんな女だから」なのだろうか……

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