琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】大統領を殺す国 韓国 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
過去10人のうち収監者2人、亡命者1人、自殺者1人、殺害された者1人。


韓国の歴代大統領のほとんどが平穏な余生を過ごせていないという事実を知っているだろうか。収監、亡命のみならず殺害された者もいれば、自殺に追い込まれた者もいる。コリア・レポート編集長がその内実を明かす。


内容(「BOOK」データベースより)
暗殺、投獄、自殺…なぜ、それでも大統領を目指すのか?この国はなぜこうなのか?「コリア・レポート」編集長が地域主義という暗部に迫る。


 タイトルからは、「国の発展に貢献した権力者をあっさり見捨てる、残酷で薄情な韓国!」みたいなイメージを受けてしまったのですが、実際に読んでみると、「在日」として日本から朝鮮半島をみてきた著者がみた韓国政治史、という内容でした。
 国民が直接大統領選挙で投票する韓国では、「大統領の歴史」=「政治史」でもあるわけです。


 韓国の歴代大統領は、18代、11名。
 現在の任期は5年間で、再選は禁じられています。
 この11名のうち、任期をきちんと満了し、大統領の座を去った後に自身や身内が訴追されることもなく、穏やかな生活をおくることができた人は、どのくらいいるかご存知でしょうか?


 答えは、ゼロ。
 そう、ひとりもいないのです。

 朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の末路は悲惨だった。側近中の側近、韓国の情報機関KCIA(韓国中央情報部)部長に銃殺されたのである。
 

(中略)


「非業の死」を遂げた韓国の大統領は朴正煕だけではない。
 2003年から2008年まで大統領を努めた盧武鉉ノ・ムヒョン)は退任後、崖から身を投げて亡くなった。一度は国家権力のトップに立った人間が、その権力を手放した後に自ら死を選んだのである。盧武鉉は「馬鹿の盧」のキャッチフレーズで売った、庶民的な大統領だった。なぜ、彼のような人間が死ななければならなかったのか。
 また、「死」とは生命のみを意味しない。政治的、社会的「死」もある。
 実は、韓国の大統領のほとんどすべてが、退任後、在職中の「罪」を問われ、亡命、隠遁、逮捕、死刑宣告といった「罰」を受けている。
 これほど光と影のコントラストがくっきりとわかれる権力者ばかりが続く国はそうはないだろう。
 建国の父、李承晩(イ・スンマン)に始まり、朴正煕を経て、全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)、金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉李明博(イ・ミョンバク)といった韓国の大統領たちはどんな罪を問われ、どうその罪をつぐなったのか。
 建国から66年、彼らと韓国国民たちの間に何があったのかを検証していきたい。


 韓国の歴代大統領の「末路」をみていくと、「それでも大統領になりたい人がいるのだなあ……」と思ってしまうくらい、ほとんどの人が酷い目にあっているんですよね。
 次の大統領が、自分の権力の正統性や清廉さをアピールし、前任者の影響力を排除するために、先代を「見せしめ」にしてしまう。
 途上国で長年権力の座にあった独裁者やその身内が失脚後に訴追され、罪に問われることは珍しくありません。
 でも、国民の直接投票で決められる大統領制で、任期も限られている国としては、韓国の状況はきわめて異例です。
 大統領制のアメリカやフランスでも、任期中に大統領が暗殺の危険にさらされたることはあり、汚職やワイロで告発されることもあります。
 しかしながら、これらの国では任期を全うしてリタイアし、悠々自適の生活をおくっている元大統領もたくさんいるのです。

 
 ただ、韓国での権力争いの激しさには、国民性だけではない「理由」もあるのです。

 韓国人がリーダーに求める資質を端的に述べた言葉がある。
 第14代大統領、金泳三が1997年、翌年の退陣を前にして、後継者選びの条件として挙げた三つだ。
 一つは強力なリーダーシップ、二つ目は誠実で嘘をつかないこと、三つ目が道徳的にきれいなこと。
 この三つのうち、歴代の大統領は、誰一人、二、三は守れなかった。しかし、一の強力なリーダーシップについては、李承晩から朴槿惠(2014年現在の韓国大統領、朴正煕元大統領の娘)に至るまで全員に必須の条件だった。一部の大統領は権力基盤が弱かったためにリーダーシップを発揮できなかったが、そういう大統領はいずれ国民の記憶から消えていくだろう。
 なぜなら、先述したようにもともと朝鮮民族文化のなかに、強力なリーダーシップを持った人間を待望する文化があるからだ。
 しかし、リーダーシップ重視の理由は、朝鮮半島の政治問題も大きく関係している。朝鮮半島が南北に分断しているという問題だ。
 韓国と北朝鮮は1950年から53年まで戦火を交えており、現在まで国際法的には休戦状態が続いている。つまり、両国ともに準戦時体制にあるのだ。


 今も韓国は北朝鮮と「休戦しているだけ」ですし、徴兵制もあります。
 「北との戦争」というのは、現在でも、日本人である僕が想像するよりも、はるかにリアリティがあるのでしょう。
 「戦時のリーダー」として考えれば、やはり「強力なリーダーシップ」は不可欠ですよね。
 「誠実さ」や「クリーンさ」は、もちろんあったほうがいいけれど、優先順位は下がってしまう。

 北朝鮮と日本との交渉が本格的に始まったのが、1957年から58年にかけて。すなわち日韓条約の下準備の交渉がまったく進まない間に、北朝鮮赤十字を介して日本と交渉し、在日朝鮮人を帰国させる交渉をしていた。
 李承晩は帰国事業に猛烈に反対した。「わが国民を北に追いやるな」と。日本に住んでいた北朝鮮出身者は少なく、帰国事業に参加した人たちは圧倒的に韓国出身者が多かったからだ。にもかかわらず、北朝鮮を「地上の楽園」と信じて、多くの韓国出身者が新潟から船に乗って北朝鮮へ渡っていった。
 いまとなっては李承晩が言っていたことは正しかった。しかし、当時の韓国は北朝鮮以下の経済力しか持たず貧しかった。李承晩の反対も、政治的な立場の違いからにすぎないと無視された。


(中略)


 当時、日本にいる在日韓国・朝鮮人は70万人。そのうち約9割は韓国出身者だった。ところが世論調査をやれば、おそらく約8割は李承晩よりも金日成を支持していただろう。

 この70万人のうち、最終的に9万人以上が新潟から北朝鮮に移住したそうです。


 この新書を読んで、朝鮮半島が南北に分断されてしばらくは、北朝鮮のほうが優位だった、ということに驚きました。
 僕が知っている「北朝鮮」は、餓死者が出るくらい貧しい国で、独裁国家。あの国に生まれたら大変だろうなあ……という国なのですが……
 1960年頃は、むしろ、「軍事政権で経済的に貧しい(と思われていた)韓国のほうが、信じられない」と思われていたのです。
 北朝鮮が「地上の楽園」を信じ、希望を持って移住した人たちは、その後、大変な苦労をすることになりました。
 
 
 韓国は、軍事政権から、徐々に民主化がすすんでいくのですが、「変わらないこと」もあったのです。

 二つ目の課題が地域主義の壁を崩すことだった。
 金大中政権は韓国建国以来、初めての本格的な民主主義政権であると同時に、これまで冷遇されてきた全羅南道出身の政治家が大統領の座に就いたことでも画期的だった。
 しかし、結論から言えば、地域間の対立は解消されることはなかった。そもそも金大中政権は少数与党による連立政権である。TK勢力(慶尚北道出身者)やPK勢力(慶尚南道出身者)は残存し、さらには大統領選に協力した金腫泌の忠清道人脈にも配慮する必要があった。そのうえで、全羅南道出身者、とくに自身の出身高校の人脈を法務関係の要職に送り込んだ。
 金大中の心中はわからないが、地域間のバランスに苦慮した結果のことだったのだろう。しかし、TKやPK勢力を残しても、全羅南道出身者を厚遇しても批判は免れなかったに違いない。それほど韓国の地域主義の壁は厚い。

 日本人にも、各地域での「地元意識」というのはありますよね。
 東日本大震災のあと、「明治維新以来、冷遇されている会津」なんていうことを言う人もいました。
 しかしながら、韓国の場合は、「国内の各地域ごとの団結と、他地域への対抗心」が、日本とは比較にならないくらい強いのです。
 いまでも、出身地ごとに派閥をつくり、勢力争いをしています。
 それがまた、地元人脈や身内の重用や、汚職にもつながっていく……


 近代化しているはずなのに、さまざまなしがらみを断ち切れない。
 世界有数のIT大国でありながら、儒教文化の影響も、色濃く残っている。
 権力の座から降りてしまえば、反対派からの「粛清」が待っている。

 私は韓国と北朝鮮を一卵性双生児と見ている。38度線を挟んで政治的な立場は正反対だが、思考方式は極めて似通っている。向こうが銃を構えているからこっちも構えなくてはとお互いが思っている。それが安保重視という考え方で一致する。韓国と北朝鮮はお互いに鏡に映った国なのである。

 韓国って、扱いづらい国だよなあ、と考えずにはいられません。
 でも、隣国であることから、逃れることもできないのです。
 この新書を読むと、彼らの「反日」にも、それなりの「事情」があるのだなあ、とも思えてくるのですよね……

アクセスカウンター