琥珀色の戯言

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【読書感想】日本の名作 出だしの一文 ☆☆☆


日本の名作 出だしの一文

日本の名作 出だしの一文

内容(「BOOK」データベースより)
誰もが知る日本の名作46作品の冒頭部分の名調子、名文を味わい、「上手い文章」を書くためのノウハウを指南。


草枕』『羅生門』『雪国』……
日本を代表する名作たちの冒頭部分の紹介と、なぜそれが名文であるのかという解説、そして、その作品のあらすじが書かれている本です。
紹介されているのは、掛け値無しに「日本を代表する名作」ばかりで、その冒頭がこれだけずらりと並んでいると、かなり壮観です。


夏目漱石の『草枕』の冒頭

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

などは、たたみかけてくるようなリズムで、まさに「名調子」という感じなのですが、芥川龍之介の『羅生門』の冒頭

或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

という、僕からすれば「地味な滑り出し」が「なぜ名文であるのか」も、著者はわかりやすく解説しています。

 仮に、この一文とこのように書き換えてみよう。
「一人の下人が、或日の暮方、羅生門の下で雨がやむのを待っていた」
 書かれている内容は同じなのだが、期待感の高まりがまったくないことがおわかりになるだろう。

ああ、たしかに、同じことを書いても、言い回しを変えるだけで、与える印象は大きく違ってくるのだなあ、と。


ただ、この本を読んでいると、「冒頭の名文」の評価基準があまりにたくさんあるので、「結局、作品そのものが名作として評価されれば、その冒頭の文章も名文として扱われるのかなあ」なんて考えてしまうんですよね。
もちろん、文章に絶対的な価値判断基準なんて存在しないのでしょうけど。


この本、「文章を書く参考になる」というよりは、「名作紹介」の印象がけっこう強い感じです。
さすがにこのレベルの作品を真似するっていうのは至難の技ですしね。


ところで、この本を読んでいて、とくに印象に残ったのは、有島武郎さんの『小さき者へ』という作品でした。
これは、有島さんが幼くして母親(有島さんの妻)を失った子どもたちに向けて書いた文章なのですが、この作品の最後には、こう書かれているそうです。

 小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ。

「前途は遠い。そして暗い」
ああ、なんだかいまの時代の話みたいだ……
有島さんは、そんな現実を子どもたちに突きつけたうえで、「恐れない者の前に道は開ける」と激励しているのです。
ただ、「未来は明るい」というだけの根拠のない楽観よりも、切実で、力強い言葉だと思います。


……でも、有島武郎さんって、雑誌記者の女性と不倫のあげく心中してしまうんですよね……
こんな立派な言葉を、子どもたちに遺していても、実際の行動は、はるかに子どもたちを傷つけたのではないかなあ……
人間って、完璧じゃないというか、矛盾だらけの生き物だよなあ、と考えずにはいられません。

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