琥珀色の戯言

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【読書感想】角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。
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内容紹介
1976年「犬神家の一族」から始まり、「セーラー服と機関銃」「時をかける少女」など日本映画の傑作を生んだ角川映画初期10年の歴史を発掘! 出版と映画のメディアミックスなど、日本映画を変えた秘密に迫る!


角川映画か……懐かしいな……」そう思いながら僕はこの本を手に取りました。
僕は1970年代初めの生まれなので、角川映画直撃世代、とは言い難いのですが、テレビで多量に宣伝されていた角川映画の作品の、さまざまな断片は記憶しています。


「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでしょうね?」
「カ・イ・カ・ン」


 薬師丸ひろ子さんが、『ザ・ベストテン』に「一度だけ『ベストテン』に出演します」ということで出演し、『セーラー服と機関銃』を歌ったときのこととか(『夜のヒットスタジオ』にも一度出演されたらしいです)、原田知世さんが『天国にいちばん近い島』で、毎回音程を外しまくっていたこととか、今でもけっこう覚えているんですよね。
 しかし、当時薬師丸ひろ子さんにちょっと憧れていた僕としては、最近はすっかり「お母さん女優」になってしまったのをみると、なんだかちょっと不思議な気分にもなるのです。
 大学受験で休養したり、テレビにもあまり出ることもなく、いつまで女優として活動するのだろう?って感じでしたから。


 この本によると、角川映画の第一作は、1976年公開の『犬神家の一族』でした。
 この作品の完成発表会で、こんなシーンがみられたそうです。

 (1976年)10月5日、東京プリンスホテルで、映画関係者約1000人を集め、『犬神家の一族』の完成披露パーティーが開かれた。場内の照明が暗くなると、全身を白塗りにした異様な二人組が現れ、踊りだす。客が驚いていると、今度はブリキの仮面をかぶった男たちが、白木の棺をしずしずと会場中央に運び込む。そして、その棺の蓋が破られ、なかから白のタキシードを着た男が現れた。その男もまた不気味な仮面を被っていた――角川春樹である。
 角川春樹は、「一本の映画にはスターはひとりいればいい」と語っており、『犬神家の一族』におけるスターは、映画界に乗り込んできた角川春樹自身だと言っていたが、それを目に見える形で示したのだ。
 センセーショナルに登場した『犬神家の一族』は、映画そのものはきわめてオーソドックスな作りの作品となったが、この完成披露パーティーの頃から前代未聞の大宣伝がなされていった。
 10月16日の封切り日を目指し、『犬神家の一族』のコマーシャルがテレビで集中的に流されたのだ。


 角川映画というのは、ある意味「角川春樹という個人のライフワーク」だったのです。
 当時を思い出してみると、まだ中学生くらいだったのに、「プチ評論家」気取りだった僕は「宣伝を大量にして、つまらない作品を大ヒットさせる角川映画というシステム」を嫌っていました。
 それは僕に限ったことではなくて、当時の映画界には「アンチ角川映画」という「映画人」たちが少なからずいたそうです。
 この本のなかでは、それぞれの作品に対して、『キネマ旬報』で評論家がつけた順位と、ファン投票の順位が紹介されているのですが、興行成績と比較すると、角川映画では、興行成績>ファン投票での順位>評論家の順位、という作品がかなり多くなっています。
 映画は大ヒットするのだけれど、観た人の満足度は、セールスほどではなく、評論家には貶されまくり。
 この本で角川映画の初期の10年間を振り返ってみると、『蒲田行進曲』や『麻雀放浪記』といった、映画マニアを唸らせた作品もありましたし、大林宣彦相米慎二森田芳光といった監督の才能を見出し、たくさんの作品を撮らせたのも角川映画だったのですが、当時の僕に、あまり良いイメージはなかったのです。
 「あんなミーハーなもの」を評価するのはカッコ悪い、そんな気持ちもありました。

 初期角川映画への批判は、ともかく最初から批判しようと構えて見て粗探しをしていくものだった。その最大のものが、「巨額の制作費をかけた」ということへの批判であった。金をかけないと批判されるのならともかく、金をかけているという批判も珍しい。日本映画界の人々の発想の貧困さを物語っていた。一般に、当時の日本映画は貧乏物語を描くのは得意でも、金持ちの世界を描くのは苦手だった。
 角川映画の金遣いについては、特に宣伝費に対しての批判が多い。映画界の人々にとってはテレビは不倶戴天の敵であった。そのテレビでコマーシャルをし、巨額の宣伝費を使ったことが気に入らない。それは情緒的な敵対心でしかなかった。

 「情緒的」だったからこそ、なかなか拭えないものがあったのもまた、事実なのでしょう。
 言われてみれば、「金をかけて面白い作品を作ろうとすること」も「宣伝をして、多くの人に観てもらおうとすること」も、別に悪いことでもなんでもないんですけどね。
 でも、当時は確かに、そういう角川映画のやり方への批判には根強いものがありました。
 にもかかわらず、角川映画は大ヒットを連発していくのです。
 

 1978年に公開された『野性の証明』のエピソード。

人間の証明』同様に大量のテレビコマーシャルが流され、薬師丸の台詞、「お父さん、こわいよ、なにか来るよ。大勢がお父さんを殺しに来るよ」、「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」、「ネバー・ギブアップ」、などが流行語となっていく。「男はタフで……」は森村誠一の原作にも映画にも出てこない、レイモンド・チャンドラーの小説の名セリフだが、角川春樹のアイデアで映画のキャッチフレーズとなり、広く知られるようになった。
 公開時までには角川文庫の森村誠一作品は40点、3000万部を突破した。
 映画『野性の証明』は森村の原作をなぞるように社会派ミステリとして展開していくが、ミステリとしての要素は途中でどこかに消えてしまい、アクション映画と化す。そうかと思うと、主題歌《戦士の休息》が流れ、薬師丸のプロモーションフィルムのような映像となり、物語としては完全に破綻して映画は終わる。理屈を超えた破天荒さは評価のしようがない。

 ちなみにこの『野性の証明』、『キネマ旬報』の評論家が選んだベストテンでは40位、読者投票では7位となったそうです。
 そして、角川映画としては初の、年間興行ランキング1位。
 ある意味、「もっとも角川映画らしい作品のひとつ」だと言えるのではないでしょうか。
 それにしても、「物語としては完全に破綻して映画は終わる」って、すごいよね本当に。
 この本を読んでみると、僕が記憶している「流行語」のなかに、角川映画絡みのものがすごく多いことにも驚かされます。

 
 角川映画は、1980年代からは、「本を売るための映画づくり」「超大作主義」から、薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世らの「アイドル女優とファンのための映画作り」にシフトしていきました。

 1982年暮に公開の『汚れた英雄』『伊賀忍法帖』は興行成績の集計では1983年度に含まれるのだが、これを含め、『探偵物語』『時をかける少女』、『幻魔大戦』と三番組が83年の興行ベストテン入りし、さらに83年暮に公開の『里見八犬伝』は翌年の興行成績第一位となる。
 しかし『探偵物語』『時をかける少女』は角川映画としては最高の28億円の配給収入を挙げながらも、83年の一位にはなれなかった。フジテレビが製作した『南極物語』がその倍の56億円の配給収入となったのだ。
 メディア・ミックスで映画をヒットさせる手法を確立した角川映画は、テレビ・ラジオ・新聞・出版を持つフジ・産経グループが総力を挙げて自社媒体で宣伝した『南極物語』に完敗したのである。角川は媒体に金を払って宣伝するが、フジテレビは媒体そのものだ。勝てるはずがなかった。

 あらためて考えてみると、「自社の本を原作として映画化し、映画の興行収入とともに本も売る」という「角川商法」というのは、まさにいまの「メディアミックス」のはしりとも言うべきものです。
 角川映画が目立たなくなったのは、自己神格化というか、よくわからないことになってしまった角川春樹さん自身の迷走もあったのでしょうが、「みんな角川映画的なプロモーションをやるようになったこと」で、埋没してしまったのが大きかったような気がします。
 角川映画がつくられはじめた当時、映画界にとってテレビは「映画の客を奪う、にっくきライバル」であり、テレビで映画の宣伝をしようと考える者はいなかったそうです。
 ところが、角川春樹という人は、「テレビを利用して、映画をヒットさせ、角川書店の本も売る」というシステムをつくりあげた。
 いまでは、テレビ局そのものが、自社のコンテンツや宣伝力を利用して、映画をプロモーションするようになりました。
「広告費を払って宣伝してもらう角川が、自ら宣伝することができるテレビ局と勝負するのは厳しい」
 たしかに、そうですよね。
 最近はバラエティ番組などに、新作映画の主要キャストがどんどん出演していますし。


 いまから思い返すと「角川映画の時代」って、「次にどんな映画が出てくるんだ?どうせ宣伝ばっかりなんだろうけど」とか言いながらも、その「仕掛け」を、けっこう愉しみにしていたのですよね。
 この本を読んでいると、なんだか、当時の自分のことを、すごく思い出してしまうのです。
 当時、角川映画が好きだった人も、嫌いだった人も、「忘れられない映画の記憶」が、ここにある。
 あの時代の空気を封じ込めた、貴重な一冊だと思います。


 読んでから見るか、見てから読むか。