琥珀色の戯言

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【読書感想】セラピスト ☆☆☆☆


セラピスト

セラピスト

内容紹介
心の病いは、どのように治るのか。『絶対音感』『星新一』の著者が問う、心の治療の在り方。うつ病患者100万人突破のいま、必読のノンフィクション。密室で行われ、守秘義務があり、外からうかがい知れない。「信頼できるセラピストに出会うまで五年かかる」とも言われる。そんなカウンセリングに対する不審をきっかけに著者は自ら学び始め、同時に治療の変遷を辿り、検証に挑んだ。二人の巨星、故河合隼雄箱庭療法の意義を問い、精神科医中井久夫と対話を重ね、セラピストとは何かを探る。膨大な取材と証言を通して、病との向き合い方を解く書き下ろし大作。


 カウンセリングの現場では、いったいどんなことが行われているのか?
 僕も医療現場で働いているわけですが、学生実習のときに精神科でロールシャッハ・テストを受けたことがある程度なんですよね。
 患者さんに対するカウンセリングの内容って、ほとんど知らないのです。
 僕自身も、内心「カウンセリングって、本当に効果があるのかな……」なんて思ってしまうところがあって、この本を手にとってみたのです。
 『絶対音感』『星新一 1001話をつくった人』の最相葉月さんなら、その「真実」を見せてくれるのではないか?
 そんな期待とともに。


 最相さんは、自ら、高名な精神科医であり、現在の箱庭療法の第一人者である中井久夫先生のカウンセリングを受けるだけではなく、大学院の臨床心理学系研究科に通って臨床心理士になるための勉強も体験されています。


 この本のなかでは、カウンセリングのなかの「箱庭療法」について、多くのページが割かれています。
 箱庭療法が日本に紹介されたのは、1960年代後半、ユング心理学者の河合隼雄先生によってでした。

 このときに、河合が紹介した箱庭療法とはどのようなものだったのか。この日に至るまでの経緯を簡単に振り返っておきたい。
 箱庭療法は1929年、ユング心理学とは無関係に誕生した。イギリスの小児科医マーガレット・ローエンフェルトが、自分が思ったり感じたりしていることをうまく言葉で伝えられない子どものために、特別に用意した砂場や箱にミニチュア人形を置いて心の内を表現させるプレイセラピー、「ワールド・テクニック(世界技法)」を原型としている。プレイセラピーとは、遊びを通じて子どもの隠された感情を表現させ、治療に生かす心理療法であるが、当時はフロイト精神分析的な考え方を適用することが主流だった。ところが、ローエンフェルトは、プレイセラピーを分析的に方向付けることは避け、子どもに一方的な解釈を押しつけることはしなかった。
 その後、一般家庭の主婦で、子どもの心理療法家としての才能をユングに見いだされたドラ・カルフがローエンフェルトのもとでこれを学んだのち、スイスに帰国してユング心理学の要素を加えたスタイルへと育んでいった。この経緯については後述するが、河合はこれを言語によるコミュニケーションがあまり得意ではなく、盆栽や箱庭づくりの伝統もある日本人向きだと直感し、日本に持ち帰った。
 ただし、河合はこの療法をすぐに発表しなかった。留学前から講師を務めていた天理大学の教育相談室や、嘱託カウンセラーといて採用されていた京都市カウンセリング・センター(京都市教育委員会の教育相談部門 現・こども相談センター バトナ)を拠点に、同僚たちと箱庭を作って討論し、研究を重ね、徐々に臨床に応用し、事例を増やしていった。
 箱の大きさは一般的に、内法が、縦57×横72×高さ7センチ。外側は黒く、内側は青く塗ってある。砂を掘ったときに水が現れる感じを出すためである。そこに、天日で干して篩(ふるい)にかけた砂を三分の二程度まで入れる。箱を製作者の腰のあたりになるように置くと、箱全体が視界にすっぽりと収まるという具合である。買い集めたおもちゃは、立ったまま選べるように部屋の棚に並べた。

 このなかに、患者さんが自分のイメージで砂やおもちゃをつかって「箱庭」をつくっていくのです。
 それをカウンセラーがときには見守り、ときには「解釈」していく。
 

 そんなのが「治療」になるのか?
 そう思いますよね。
 最相さんも、そんな疑問を持ちながら、この取材をはじめられたそうです。

 そもそも、なぜ箱庭療法だったのか。話は少しさかのぼる。
 私は、カウンセリングに対してうさんくささを感じていた。まず、値段がばらばらである。相場はあってないようなもので、50分あたり5000円ぐらいから高い場合は1、2万円を支払う。保険がきかないからやむをえないとはいえ、これでは何を基準にすればいいのかわからない。
 私自身は、過去に2、3度、心療内科や精神科を受診したことがある。そのときは、薬をもらうだけでカウンセリングは受けなかったが、抑うつ気味の知人がカウンセラーを次々と替えていまだに苦しんでいるとか、不登校の少年がカウンセリングを受けたものの先生と合わなくて中断したといった話を聞くと、いったいカウンセリングの現場はどうなっているのかと疑問に思わざるを得なかった。
 ちょうどその頃に裁判が行われていた、カウンセラーを自称する生物学者による事件の影響もあった。相談に訪れた女性を自宅で「育て直し」と称して、風呂に入れたり添い寝をしたりする。事件はその相談者がカウンセリング中に猥褻な行為をされたとして刑事告訴したものだった。裁判は学者側が敗訴して終結するが、心理療法にそこまで密接な身体的接触を伴うものがあるということ自体、理解に苦しんだ。この事件は特殊なケースだったとしても、守秘義務という大義名分を掲げた密室で何が行われているのか、ますます疑問は深まった。

「カウンセリング」って、密室内でどんなことが行われているのか不透明なところがあり、こういう「カウンセリングと称する怪しげな行為による、さまざまな事件」も起きているのです。
 受ける側も「これはカウンセリングじゃないだろ!」と断言できるほどの、カウンセリングへの知識がないので、こういうことが起こってしまう面がある。
 でも、プライバシーを守る必要があるため、「具体例」をあけすけに公開してしまうわけにもいかない。
 実際はどうなっているのか? 
 なんか、うまく煙に巻かれているだけじゃないのか?


 この本のなかでは、この「箱庭」を通じて、他者と喋れず、心を閉ざしていた患者たちが、少しずつ回復していった事例が何例も紹介されています。
 これらは、患者さんの了解が得られたものが主ですから、守秘義務のために紹介できない例も含めて考えれば、臨床の現場では、かなりの「成功例」があると考えられます。
 その一方で、おそらく「全く効果がない事例」あるいは、患者さんの状態によっては「かえって症状を悪化させてしまった例」もあるようなのですが。


 この本を読んでいると、カウンセリングというのは、カウンセラーの力量やクライエント(患者さん)との相性によって、効果が大きく変わってくるものなのだな、と思い知らされます。
 河合隼雄先生や、中井久夫先生のたたずまいをみていると、「ああ、この人のカウンセリングだったら、たしかに治療効果がありそうだな」という気がします。
 
 
 河合先生は、箱庭療法について、こう仰っていたそうです。

「日本人いうのは、言語化するのが苦手な民族なんや。それが得意な人が治療者としては精神分析を選ぶ。でもほとんどの人が得意じゃない。ところが、箱庭というのは一回見ただけで、クライエントの力量も治療者の力量もわかる。見ただけでわかるという直感力が優れているのは日本人全体の通性なんや。だからこれは使えると思った」

 ただ、この本を読んでいて気になったのは、カウンセリング、とくに箱庭療法とか絵画療法といった分野に関しては、科学というより「芸術」に近いのではないか、ということでした。
 内科の薬物療法や外科の手術治療に比べて、一般性や再現性に乏しいというか、治療効果が個々のカウンセラーの才能とか技術によって違いすぎるように思われるのです。
 河合先生や中井先生のような、「名医」にかかれれば良いのかもしれませんが、技量が劣ったり、自分と相性が悪いカウンセラーにあたってしまうことだってあるでしょう。
 というか、「うまく相性が良いひとと巡り合う」ことのほうが、難しいように思われます。
 そして、箱庭療法などは、面接1回に60分くらいの時間がかかり、効果も定量化することが難しいため、最近の臨床の現場では、行われにくくなっているようです。
 

 この本のなかで、あるカウンセラーの、こんな言葉が紹介されています。
「カウンセラーが一人前といわれるには、二十五年はかかるといわれています」
 大学を卒業して、資格をとって、それから25年間。
 理想に燃えてカウンセラーを目指した人でも、モチベーションを保ち続けるのは、なかなか難しいでしょう。
 しかも、そんなに職場として好条件とは言いがたい。

 精神科の若い医師や臨床心理士の中には、精神医学界のドクターズ・ドクターといわれる中井久夫の名前を知らない人もいる。それが、中井の研究した統合失調症寛解過程が、すでに現場で常識となり、いわずもがなのこととして浸透しているならそれでいい。だが、費用対効果はどうか、エビデンスに基づく治療であるかどうか、といった説明責任を求められる慌ただしい臨床の現場で、ただ黙して何か月も患者のそばにいるシュヴィングのような姿勢は、口惜しいことにすでに過去のものになっている。

 この方法で救われた人たちも、確実にいる。
 でも、今の世の中では、廃れつつある領域であることもまた現実なのです。
 ただ、人を騙すための手段として使われている「偽物のカウンセリング」に騙されないためにも、最低限の知識は持っていて、損はしないと思います。

 

絶対音感 (新潮文庫)

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