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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】建築武者修行 ―放課後のベルリン ☆☆☆☆


建築武者修行 ―放課後のベルリン

建築武者修行 ―放課後のベルリン


Kindle版もあります(2014年6月はKindleの「月替わりセール」の対象となっており、650円で買えます)。

建築武者修行 放課後のベルリン

建築武者修行 放課後のベルリン

内容紹介
コルビュジエ、ミース、ガウディ、ズントー……
先人が残した憧れの建築を訪ね歩いた10年間。
行く先々で触れ合った現地の人々、そして
各地の綺羅星のような建築たちとの邂逅を通して
ぼくは建築家になった。


内田樹邸で「宴会ができる武家屋敷」を、レッドブルジャパン本社オフィスで「路地や縁側まで内包する新しいオフィスの形」をそれぞれ実現させた若き建築家がこれまで重ねてきた研鑽の日々。
膨大なスケッチと写真もフルカラーで収録!


僕は「建築」というのものに、30代後半くらいから、少し興味を持つようになりました。
それまでずっと「建物って、所詮『容れ物』であって、肝心なのは『中身』なんだからさ」というようなことを、考えていたんですよね。
以前読んだ『超<集客力>革命』という新書で、こんな話が紹介されていました。

 子どもたちに美術館で学んでほしい。その一方で、教育の場にももっと個性的な建築デザインが導入されてもいいのではないかと私は思っている。学校の校舎を個性的にすることは、子どもたちの意識を変えるきっかけになるはずだからだ。


 これは私だけの考えではない。石川県加賀市にある市立錦城中学は安藤忠雄さんが設計を手掛けている。市長が安藤建築の大ファンだったことから依頼があったという。


 この学校の建築デザインはすばらしい。安藤さんといえばコンクリート建築で有名だが、この学校は加賀市の木材で造られている。舟のかたちをした建物は、一見、学校とは思えないほどユニークだ。


 校長に話を聞いたところ、安藤さんの新校舎になってから、生徒たちが変わったという。旧校舎時代には、校内で生徒同士のいざこざがあったり、窓ガラスが壊されたりと、いわゆる「荒れた」時期もあったそうだが、新校舎になってまったくそういうことがなくなったという。


 どこにでもある同じような没個性の四角い箱の校舎ではなく、世界に一つ、どこにも例がない学校に通っているということは生徒にとっても誇りが持てることだと思う。学校を愛することができれば、自然と校舎を大切にする。建築表現の多様さを体現した空間のなかで感性に刺激を受けながら勉強できるとは、なんと幸せなことなのだろうか。安藤さんは錦城中学のほかにも伊東市の野間自由幼稚園など、教育環境に関わる設計にも積極的だ。


『容れ物』って、すごく大事なんですよね。
「建築」って、生活の場でもあるだけに、自然の景観や遺跡に比べて、「ありがたみ」が、ちょっと少ないような気がしていました。
でも、それが人間によって作られたものだからこその面白さもあるのですね。


著者は、早稲田大学建築学科の大学院を卒業後、憧れのヨーロッパの有名建築事務所で働くことになります。
それも、自ら積極的に売り込みをして。

 そして大学院を卒業したぼくは、ドイツのベルリンという街で職を手に入れた。憧れのヨーロッパに拠点を得たのである。おあつらえ向きにドイツの法律では、労働者は年間20日の有給休暇をとるように定められている。ぼくは建築設計事務所で働きながら、休暇のたびにせっせと欧州を回り、気になる建築を見て回った。建築の勉強というのはなにも設計事務所でだけするものではなく、自分の感性に導かれるままに周囲を訪ね歩いて吸収していく、そういう行為によってなされるものだと確信していた。そうすることで、設計者にとってもっとも大切な”他者への想像力”も養えるだろうと期待もしていた。


この本のなかでは、著者が4年間のドイツでの生活で会ったさまざまな人、そして、欧州各地の有名な建築が紹介されています。
カラー写真はもちろんなのですが、著者のスケッチが素晴らしくて、「ああ、建築家になるには、このくらい絵が描けないとダメなのか……」なんて、感心してしまいました。
「建築」にすごく興味があって、蘊蓄を語れるような人って、その関係の仕事に就いていなければ、そうそういないと思うのですが、この本のなかでは、著者が「自分のフィルターを通して、ヨーロッパ各地の有名建築の魅力を言葉にして語ってくれる」のです。
こういうのって、有名建築家になってしまったら、いろんなしがらみがあって「本音」で語ることはできないと思うんですよ。
著者は「修業時代」の記録として書いているので、本当に瑞々しい言葉で、これらの建築の魅力を「その場所にいる人間として」紹介してくれます。


ル・コルビュジエの代表作のひとつ、「ラ・トゥーレット修道院」について、著者はこう書いています。

 このシンプルな素材でつくられた空間に、神聖な表情を与えているのは、まぎれもなく自然の光の効果である。ラ・トゥーレット修道院が「光の箱」といわれる所以である。コルビュジエは、この教会堂と、その下に隠すように配置している小さな聖堂にさまざまな光の演出を施している。コンクリートの箱に、幾何学的造形がトップライトとして貫入し、赤、青、黄色に塗ることで、幻想的な祈りの空間が生まれる。あたかも光というものに形と色があるかのように可視化されている。この小さな聖堂は、階段状に地下に向かって七つの聖堂が連続している。地下に下りていくごとに暗くなり、まるで不完全な人間が神に触れることを目指して闇に包まれることを意図しているかのようだ。この闇があるからこそ、光が存在感を発揮し、人々は初めて自分の魂と向き合うことができるのだ。
 宗教建築を装飾の力を一切借りないで、闇のなかの自然光による演出でのみつくり上げたことは、芸術の力としかいいようがない。光が絶対的な主役であり、外の天気や時間とともに内部の表情が揺らいでいくのもまた魅力的である。静謐な空間の移ろいをコルビュジエは、神と対話する場所として見事に完成させたのだ。


ここに一度いって、時間の移ろいとともに「内部の表情が揺らいでいく」のを見届けてみたい……
たぶん、予備知識なして、僕のような素人がコルビュジエの作品をみても「へえ〜、これが有名な建築家の作品なのか」というくらいのものだと思うのです。
でも、これを読んで、「建築家の視点」を知ることによって、確実に見方が変わってくるはずです。


コールハースさんという建築家がつくった、在ベルリン・オランダ大使館については、こんなふうに紹介されています。

 この建物は申し込み制の見学ツアーがあり、内部も見ることができる。入口が斜路で、めくれ上がった坂道を上って中庭から入るようにすることで、スタートからいきなり街との連続を見学者に強く意識させている。廊下のような動線空間の角々には、オランダを代表する建築家であるリートフェルトの椅子が置いてあったり、照明が仕込まれた光る階段もある。先に述べた飛び出している廊下は、なんと床がグリーンの強化ガラスでできていて、それも地上三階の透け透けの廊下となっていたりして、来客を楽しませてくれる。圧巻なのは、最終目的地に東ベルリンのシンボルでもあるテレビ塔が一枚の絵画のように見事にフレーミングされた窓だけが用意されているということだ。
 ふと気が付いた。そうか、コールハースはこれがやりたかったのだ。来る者たちに、ここがベルリンであることをはっきりと示したかったのである。そして本当か嘘か、コールハースは、オランダ大使館からテレビ塔までの空の権利を購入し、あいだに現状より高いビルが建たないよう手を打ったらしいのである。それにしても大使館というある意味閉じた業務を行う場所を、街路からの連続空間として捉えて街に開くように設計し、その建物のクライマックスに街のシンボルを切り取る窓までつくるとは……そこまでする彼のこだわりには、ただただ感服するほかない。

「空の権利」って、買えるものなのでしょうか……
これぞまさに「都市伝説」みたいものなのかもしれませんが、この文章を読んでいると、その窓からの光景を、自分の目で確かめてみたくなりますよね。
この本を読んでいると、建築には「主張」や「物語」があるということが、非常によくわかるのです。
専門用語に頼らずに書かれているのも有難い。

 建築家には不思議な死に方をするひとが少なくない。人生の最期にこそ、そのひとの生き方の神髄やメッセージが表出するものならば、興味深い事例はたしかに多い。
 たとえば、巨匠ル・コルビュジエは、南フランスのカプ・マルタンの海で泳いでいるときに溺れて死んだ。それを大地との幸福な結婚という風にいささかロマンチックに捉えることもできるが、近代建築の死と受け止めるほうがより自然かもしれない。また、#9で紹介したリノベーションのスペシャリストだったカルロ・スカルパも、日本を旅しているときに、仙台で階段から足を踏み外して亡くなったそうだ。ふたりとも、なんともあっけない亡くなり方である。自殺説がささやかれるのも無理のない話だ。
 さらに、野垂れ死にしたひとまでいる。壮大なあるひとつの建築の完成を夢見て私財を投げ打ち、ついには浮浪者のような出で立ちで路面電車に轢かれて死んだ建築家。それがアントニ・ガウディ(1852-1926)だ。

僕はこれを読みながら、『エイリアン』のデザイナー、H・R・ギーガーさんは、階段から転落死してしまったんだよなあ……と考えていました。作家・中島らもさんも、酔っぱらって階段で頭を打ったことが原因で、亡くなられています。
統計学的にいえば、素晴らしいアーティストだから、「あっけない亡くなり方」をしやすい、とも言えないとは思うのですが、ガウディのエピソードは、むしろ「執念」というか、彼の人生そのものがひとつの物語であったかのようです。


もし、建築に興味があって、ヨーロッパを旅する予定がある方は、ガイドブックの解説を読むだけでなく、この本の該当する章を読んでみていただきたいのです。
僕のような「建築にちょっと興味があるんだけど、本格的に勉強するというのも敷居が高いよねえ……」という人にとっては、格好の「入門編」だと思います。