琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】家族喰い――尼崎連続変死事件の真相 ☆☆☆☆


家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相


Kindle版もあります。

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

内容紹介
主犯・角田美代子の“家族乗っ取り"はなぜ起きたのか。


2012年12月12日、兵庫県警本部の留置施設内で、ひとりの女が自殺した。
女の名は角田美代子。尼崎連続変死事件の主犯である。美代子と同居する集団、いわゆる“角田ファミリー"が逮捕され、これまでの非道な犯行が次々と明らかになってきていた矢先のことだった。
主犯の自殺によって記憶の彼方に葬り去られようとしているこの事件の裏側には何があるのか? 尼崎を中心とした徹底取材をもとに、驚愕の真相を白日の下に曝す。
百田尚樹氏をして「ホラー小説も逃げ出すくらいに気味の悪い本だった! 」と言わしめた問題作!


角田美代子を主犯とする「尼崎連続変死事件」は、死者が10人以上という犠牲者の数と、「家族」を暴力で試合し、次々と殺害していくというセンセーショナルな事実が明るみに出て、マスメディアでも大きく採り上げられました。
一時は、どのニュース番組も、この事件一色で。
しかしながら、主犯の角田美代子が留置中に自殺してしまってから、メディアの、そして世間のこの事件への興味は、急速に失われてしまったようにみえました。
このルポルタージュは、尼崎に「他の記者から少し遅れて入った」という著者が、角田ファミリーの地元を巡り、自分の足で稼いだ「事件の真相」を書いたものです。
僕は「角田ファミリー」の人間関係のあまりの複雑さに、テレビのニュースなどでの説明を観ても「誰と誰が親子で、血縁関係があるのは、そのうちの誰々なのか」というのが、いまひとつ理解できていなかったんですよね。
この本をじっくり読んで、それがようやく理解できたような気がします。
しかし、それは逆に、「なんでこんな血縁関係でもない人まで、『家族』として巻き込んで、しかも、家族どうしを憎み合わせるような非道なことができたのか?」という、新たな疑問のはじまりでもあったのです。


事件の概要を、著者はこう説明しています。

 尼崎連続変死事件とは、兵庫県尼崎市を中心に複数の家族が長期間虐待、監禁され、殺害された連続殺人事件である。死者・行方不明者は10人以上にのぼる。
 主犯の角田美代子は2011年11月に、監禁していた大江香愛への傷害容疑で逮捕された。同月、尼崎市の貸倉庫で、香愛の母・大江和子さんの遺体がドラム缶にコンクリート詰めにされた状態で発見され、事件が発覚する。
 2012年10月、尼崎市にある民家の床下から谷本隆さん、安藤みつえさん、仲島茉莉子さんの三遺体が発見され、さらに同月、岡山県の漁港でドラム缶にコンクリート詰めにされた橋本次郎さんの遺体が見つかったことから、連続殺人事件であることが判明した。
 美代子と同居する”角田ファミリー”の集団が逮捕され、これまでの反抗が次々と明らかになる最中の2012年12月12日、美代子は身柄を置かれていた兵庫県警本部の留置施設で自殺した。


著者は、角田美代子という人の子供時代に遡って、取材をしていくのです。
中学時代の同級生の話。

 そういえば、といった様子で尾崎さんは付け加えた。
「一度な、先生から『全員、体育館に集まれ』いう感じで、クラスのみんなが体育館に集まったときのことや。そんとき月岡(=のちの角田美代子)は体育館に来いひんかったんよ。で、生徒が教室に戻ったら、何人かの弁当がなくなっとるんや。あとでわかったことやけどな、月岡が弁当箱ごと持って帰っとったんや。他人の弁当が『どんな味か知りたかった』言うとったらしいけどな。あいつんとこは弁当代はもらえても、誰も弁当作ってくれる者はおらんからな」

親が水商売をしていて、金銭にはそんなに困っていなかったけれど、常に「放ったらかし」で、愛情を実感できなかった中学校時代の角田美代子。
人間がやることを、すべて「幼少時のトラウマ」の責任にすべきではないと思うのですが、彼女が後年「自分を中心としたイビツな家族」をつくった背景には、「家族というものが、よくわからなかったこと」の影響はあったのではないでしょうか。
まあ、だからといって、あんなことをして許されるはずもないのですけど。


この本を読んでいていちばん怖くなったのは「家族」という関係の怖さでした。
そして、角田美代子は、自分に都合のいい「イビツな家族」をつくりながら、外部に対しては「これは家族内の問題だから」ということで、干渉されないようにしていたのです。
どんなに肉体的、精神的な暴力がふるわれていたとしても、それが「家族内」あるいは「親族内」であれば、警察はあまり介入したがりません。
「家族」という関係は、外部から「隔離」されやすい。
同じ暴力であっても、それが身内のあいだで行われていれば、警察は「民事不介入」の立場を取りがちなのです。
まさかこんなことが行われているとは、警察にとっても信じ難かったのでしょうし、夫婦喧嘩や親子喧嘩にまで介入するほど、警察も人的資源に余裕がありません。
とはいえ、こういう事件が起こってしまうと、なんでも杓子定規に「民事不介入」という対応は、あまりにも柔軟性に欠けるのではないか、とは思います。
むしろ、めんどくさいことに関わらないための名目として、なんでも「民事不介入」で済ませてしまっているだけのようにみえるのです。
家族や親族のあいだでも、事件は事件ですし、罪にも問われるのですから。
そして、被害者や関係者のなかには「告発」した人もいたのですから。

 明石警察署で斉藤さんは、茉莉子さんが「捕まったら殺される」と話していたこと、捜索願を出していた追手が実際に更新センターにやって来たこと、やって来たのはヤクザで、苗字が違うから家族ではないということを説明した。
「そうしたら相手の警察官が『捜索願を出せるのは家族だけやから』と。だから私は『頼むから、ひとりでいいから警察官が来てくれたらいいんやから、なにもないならそれに越したことないわけやし』と、人目も憚らずに泣いて頼みました。一生でいちばん人にお願いをしたくらい、頼んだんです。だけど、『民事不介入やからよう行かん』と断られてしまったんです。応対したのは4、50代の警察官でしたけど、『いまの若い子はみんな、捕まったら殺されるって言うねん。家出した子はみんなそうや。でも殺されへん。時間が経てば家族のわだかまりは消えるもんや』と言いました。もう悔しくて悔しくて、私も友達も二人とも泣いていました」

こういうのを読むと、「警察、何やってるんだ……」と思うんですよ。
でもまあ、この警察官も、いままで「捕まったら殺されるって言う若い子」にさんざん振り回されてきたのかもしれませんよね。


角田美代子を中心とする「角田ファミリー」が、巻き込んだ人たちをいかにして「支配」していったのか?
その手法や経緯は、この本のなかの「黒い読みどころ」です。

 ともあれ、川村・大江家の親族らを招集させた家族会議は、前にも増して過激なものになった。先に登場した旧知の記者は語る。
「美代子は自分専用のソファに座り、向かい側には親族らが、その脇で川村と裕美は床に正座させられていたそうです。美代子が『お前はどう思ってんねや?』と尋ねて相手が答えると、『こいつはこう答えとるけど、お前はどう思てんねん?』と別の親族に振る。それを延々と繰り返すのです。また、川村や裕美から気にくわない意見が返ってくると、美代子は自分で殴りつけるようになり、マサに命じて殴らせたりもしていました。美代子はよく自分が殴ったあとで、『あんたら、他人の私がこんだけ怒っとるのに身内は知らんぷりか』と言い、親族どうしで制裁を加えるように誘導したそうです」
 2011年1月中旬に香愛の婚約者が暮らす高級マンションで開かれた会議では、子供たちの養育問題について話し合いが行われた、その席で美代子から回答を迫られ、何度も”ダメ出し”をされた川村が困ったあげく「(児童養護)施設に預かってもらうしかない」と答えたことがあった。「それでも親か」と激昂した美代子は川村に、「ここ(マンション13階)から飛び降りろ」と命じ、「(無理なら)うちが突き落としてやる」と恫喝した。さらにはマサに命じて、川村に激しい暴力をふるわせたのだった。
 また、前述の記者によれば、肉体的な苦痛だけでなく、精神的な屈辱を与える手法も用いたという。
「ときには娘たちを部屋に呼び、正座させられている両親の姿を見せて、『お前らの親はこんなしょうもない奴らなんやで。よう見ときや』と、反抗できない彼らの前で侮辱したそうです。この家族会議は連日のように開かれ、しかも夜に始まり翌日昼ごろまで続けられました。寝ることは許されませんから、みな意識が朦朧となり、一刻も早くこの地獄から開放されたいと願い、美代子の理不尽な要求を呑んでしまうのです」
 参加者の意識が朦朧とするなか、美代子ひとりが目をギラギラと輝かせ、持論をまくしたてる。そのからくりが覚せい剤であるとわかれば、彼女のテンションの高さを理解できるが、当時の参加者は知る由もない。ただただ、その途轍もないエネルギーに圧倒された。そして畏怖した。


ひたすら対象を責め続けるのではなくて、ターゲットのなかにも「序列」をつくったり、ターゲット内でお互いに暴力をふるわせたりして、ターゲットどうしが「協力」できないように分断する。親を罵倒し、みじめな姿を子供に見せて、尊厳を奪い去る。疲れ果てている状態にして、正常な判断力を失わせる……
これはまさに「プロの手口」ですよね。
角田美代子は、これを自分で開発したのか、それとも、誰かに教えてもらったのか……


こんな身勝手に人の心を操っていたにもかかわらず、角田美代子は、「自分がつくったイビツな家族」を、彼女なりに大事にしていたのです。
それは、いろんな犯罪の「実行部隊」としての利用価値もあったのでしょうけど、彼女が自分ひとりで生きていくのならば、こんな方法で荒稼ぎしなくても良かったはずで、「なんとか、この家族を維持していこうとしていた」ことが、犯罪をエスカレートさせていった面もありそうです。


2012年9月に、留置所で角田美代子と同房にいたことがある女性は、こんな話をしたそうです。

 谷岡さんはその日以降の美代子の姿については知らない。だが、二週間以上をともに過ごしてきた身としては、彼女が自殺という手段を選んだことについて、「あのオバハンやったらやる」と感じたそうだ。
「私が思うに、オカンが自殺したんは、事件がバレたことやなくて、自分が家族やと信じとった者に裏切られたという思いが強かったんやないでしょうか。それがショックで死を選んだんやと思います」
 そう語る谷本さんの意見に、私もまったく同感だった。


自殺したことも含めて、あまりにも身勝手で、共感するのは難しいのです。
でも、世の中には「自分が他人を裏切るのは『正義』でも、他人が自分を裏切ることは、どんな理由があっても絶対に許せない、というメンタリティの人がいるのだな」と、あらためて考えさせられます。
きっと、角田美代子という人は、彼女自身のなかでは「被害者」として死んでいったのでしょう。
そう思うと、「逃げ切られてしまった」ようで、なんだかやりきれません。


強いインパクトを残した主犯の死とともに、この事件は「センセーショナルな、特別な事例」として、忘れ去られつつあります。
ですが、これは「氷山の一角」でしかないのかもしれないのです。


この本の最後に、こんなやりとりが出てきます。

 ふざけながらも、これまでに何度か耳にした言葉が脳裏をよぎった。
「あんなあ、角田ファミリーだけがおらんようになったからって、なんも変わらんのやって。仲間だって残っとるし、同じようなんはなんぼでもおるんやから……」
 それは文中でしつこく触れたXに限ったことではない。生活保護受給者や高齢者を食いものにしている人物はほかにもいる。余所者の私ですら掴めた情報だ。当局が知らないはずはない。放置している当局も、「同じようなん」ということになる。

「角田ファミリー」が逮捕されても、彼らと同じように他人を支配するテクニックを駆使している人や、貧困ビジネスで荒稼ぎをしている人が消えてなくなったわけではないのです。
彼らは「やりすぎた」から捕まってしまっただけなのかもしれません。


これが「気味の悪い本」という点では、百田尚樹さんに同感です。
この「気味の悪い事件」を「気味の悪さが伝わるように」描ききった著者の取材力と文章力はすばらしかった。
あの事件について、人間の弱さについて、もっと知ってみたいという方は、ぜひ読んでみてください。
ほんと、読んでいて「ここで何とかできなかったのか?」と思う場面が、たくさんあるんですよ。
でも、そこで「何もできないまま、チャンスを逃し続け、最悪の現状を維持してしまう」のが、人間なんだというのも、僕にはわかるような気がするのです。