琥珀色の戯言

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【読書感想】最相葉月 仕事の手帳 ☆☆☆☆


最相葉月 仕事の手帳

最相葉月 仕事の手帳

内容紹介
絶対音感青いバラ星新一、セラピスト……。ひとつのテーマを何年も追い続ける徹底した取材で知られるノンフィクションライターによる初の仕事論。


「取材中に相手が黙ってしまったら」「これは書かないでくれと言われたら」「どこまで空気を読むべき?」。取材の依頼から話の聞き方、資料の集め方、執筆まで、編集者時代、ライターとしての体験をもとに、仕事の「心得」を語る。


「この本は、私のライター稼業にまつわる覚え書きである。編集や執筆の話が中心だが、人の話を聞いたり交渉したりといった一般の仕事に通ずるエピソードも盛り込んでいる。ライターだからといって何か特別に心得ておかねばならないことがあるわけではなく、基本は人間関係だ。


追いつめられたり解放されたり、しがみついたり投げ出したり。どんな仕事でも同じだろうが、自分を苦しめるのも救ってくれるのも結局は仕事なのだ」(「はじめに」より)


最相葉月さんって、やっぱり真面目な人なんだなあ……
そして、ノンフィクションを書くっていうのは、こんなに時間と手間を要するものなのか……


この本、ノンフィクションライターの最相葉月さんが、編集者時代や、フリーになってからの仕事のやり方、そして、ノンフィクションライターとしての日々について書いたものです。
最相さんは1963年生まれだそうですから(この本のなかには、「作家の年齢を公開すること」の是非についても触れられているんですよね。最相さんの生年については、この本にも明記されていました)、僕より少し先輩です。
この本のなかでは、アポイントメントの取り方や、原稿の催促のしかた、手紙の書き方などについても書かれているのですが、編集者という仕事に関しては、「パソコン、ネットの普及前と、それ以後」では、劇的な変化がみられているようです。

 作詞家の阿久悠さんが嘆いていた。四年間も連載したが担当者に会ったことがない。いよいよ連載終了となる直前に、これはまずいと思って自分から会いに行ったと。平成9年にインタビューしたときの言葉である。
 たぶんあの頃から何かが変わり始めた。つい最近も、三十代前半の編集者に真顔で相談された。手紙の書き方も取材の方法も、作家と何を話せばいいのかもわからない。人の入れ替わりが激しくて、教わりたくても教わる先輩がいない。誰かぼくを鍛えてくれないでしょうかと。

逆に言えば、それでも「三十代前半の編集者として、給料をもらえている」ということでもありますよね。
作家側も、昔のような担当編集者との濃密なコミュニケーションを望まない時代にはなってきているのかもしれません。
たしかに「じゃあ、この編集者は、ふだん、いったい何をやっているのだろう?」とは思いますけど。


最相さんは、PR誌の編集者時代をふまえて、「書き手と制約」について、こんなことを書かれています。

 かように企業PR誌には慎重さが必要だが、制約が必ずしも書き手を萎縮させるわけではない。編集事務所社長の中原洋さんに繰り返しいわれたのは、コンセプトは何かということ。全体を貫く新鮮な切り口が挟まれば企画は次々と生まれる。それは不思議な体験だった。
 思えば、星新一も制約によって羽ばたいた人だ。評伝を書くために取材をしていたとき、小林信彦さんから、星がショートショートを1001編も書くことができたのは、昭和30〜40年代の高度成長期に企業PR誌が大量に刊行されたことと関係があるとうかがった。早速調べてみたところ、まさに小林さんの指摘通り。電力や自動車、化粧品、学生服のメーカーまで、さまざまな企業PR誌に寄稿していた。
 星が重用されたのは、見開き二ページに収まる短い物語を得意としていたことだけでなく、その作風によるところが大きい。星は作品に厳しい自主規制を敷いていた。性や殺人、時事風俗を描かない、固有名詞は使わない。常用漢字表を書斎の壁に貼って易しい日本語で書くことを心がけていた。その結果、他に類を観ない無色透明な読後感を与える文体が出来上がったのだが、実はそれが、過激な表現を嫌う企業PR誌には格好の「コンテンツ」とみなされたのである。企業PR誌との出会いがなければ、星新一の1001編はなかったといっていいだろう。
 自由は不自由、不自由は自由。創造とはなんと奥深い世界だろうか。


星新一さんの評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』を書いた最相さんの言葉ですから、信頼できるものだと思います。
「制約」は悪いことだと見なされがちだけれど、「全く制約なし」っていうのは、たしかにけっこうやりづらかったりもするものですよね。
僕などは「なんだ、企業PR誌に載っている文章って、広告の一部みたいなものじゃないか」と考えてしまうのですが、そういう「制約」があればこそ、生まれてきた「文学」もあるのです。
たしかに、創造っていうのは奥深いよなあ。
ちなみに『星新一 一〇〇一話をつくった人』は、最相さん自身が星さんの遺品整理を手伝ったり、関係者に取材したりしながら、6年間かけて書かれたものなのだそうですよ。
6年!子どもが小学校に入学してから、卒業するまでずっと、か……
ノンフィクションライターって、粘り強くないとできない仕事であることを思い知らされます。

 子どもをインタビューするのはむずかしい。理由は二つある。一つは、子どもはメディアに登場することの意味をよく理解していないこと。もう一つは、往々にして取材者にサービスしてしまうことだ。
 成人に対しても同じ問題はあるが、子どもの場合はこちらが取材者である以前に一人の大人だという意識が強く働き、いっそう慎重にならねばという気持ちになる。実名で証言してもらわなければ信憑性が揺らぐため書き手としては葛藤があるものの、実名を出すことがその子の将来に悪影響を与えることがあるかもしれず、たとえ本人がかまわないといっても内容によっては仮名にする。子どもの発言はすべて筆者が責任を負うという姿勢である。
 災害や事件で注目された土地の子どもたちは取材慣れして、サービス精神が旺盛になる。こちらが聞きたいことを先回りしてどんどん話してくれる。よく話す子の言葉は無口な子よりもよほど頭を冷静にして聞かなくてはならない。
 困惑するのは、大人の期待に応えようとするあまり嘘が混じることだ。


おそらく、ノンフィクションを書く人全員が、最相さんのように慎重なわけではなく、取材相手を結果的に傷つけてしまったり、振り回されて嘘を書いたりしている場合もありそうです。


この本のなかには、最相さんの実際の取材方法や、作品を書くときに気をつけていることなども書かれていて、編集者やライターという仕事に興味がある人は、読んでみて損はしないと思います。
そう簡単に真似できるようなものじゃないなあ、と圧倒されますけどね。


こうして本の感想を書いている僕にとってすごく考えさせられたのは、星新一さんについての、こんなエピソードでした。

 星新一の評伝を書くための取材をしていたとき、星が一〇〇一編のショートショートを書き上げることができたのは、ファンクラブの存在があったからだと長年の担当編集者に聞いた。
 にわかには信じられなかった。いくら人気作家とはいえ、ファンのために小説を書く、しかもギネスの記録に挑むような書き方をすることがあるのだろうかと疑問に思った。
 取材を進めるうちに、星が一〇〇一編を目指した背景が明らかになった。エヌ氏の会という、星の作品に登場する主人公の名前を持つそのファンクラブは、会社員や公務員など、星の読者としては年齢の高い社会人の読者で構成され、年に一度、星を囲む集いを開いていた。全盛期に比べれば執筆量も執筆意欲も落ちかけていた五十代の初め、彼らは星の作品を数えてリストを造り、一〇〇一編を目指してくださいと星に頼んだ。800編に達した頃だった。それから約6年の間、手紙を書いて励まし続けた。私はエヌ氏の会の世話人と星がやりとりした手紙を読み、ファンがいかに作家を気遣い、応援し、また作家がいかにファンを心の支えとしていたかを知った。
 双方には絶妙な距離が保たれていた。どんなに親しくても馴れ馴れしく接することはない。それは星がもっとも嫌う態度であることを彼らはよく知っていた。ファンはともすれば信者になってしまい、作家を甘やかす危険性がある。だが彼らはそうではなかった。「星先生にはずいぶん失礼な感想をいったこともある」。そう話してくれた人もいた。
 インターネットにはさまざまな本のさまざまな感想があふれている。書いた人はきっと、作家本人が目にすることなど想像もしていないのだろう。だが、書き手はその一つ一つに一喜一憂し、時に深く傷つき、時に励まされている。底が抜けそうな孤独に苛まれる夜、偶然見知らぬ誰かが書いてくれた感想を見つけて心を立て直すこともある。ありがとう、ありがとう、ありがとう、と何度も液晶画面に頭を下げる。あなたのおかげで明日も生きていけそうです、と。


こうして僕が書いているものも、どこかで、作者に読まれていることがあるのでしょうか。
(と書いてみましたが、「読まれていることも(たまに)ある」みたいです)
こちらは「お客」「読者」なのだから、誹謗中傷ではなく、実際に感じたことを書くのは「自由」ではないか、という、いささか開き直りぎみの気持ちと、「作者を傷つけようと思って書いているつもりはないけれど……」という申し訳なさ、その両方を抱えながら、僕は感想を書いているのです。
でも、「素晴らしい作品が、より多くに人に読んでもらえるようになればいいなあ」と、いつも考えています。
伝わってないかも、しれないけれど。


本物の編集者の、ノンフィクション作家の「仕事の流儀」が詰まった一冊です。
「書きたい人」「伝えたい人」にとっては、手元に置いて損はしないと思います。



セラピスト

セラピスト

星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

星新一〈下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

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