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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】SFを実現する 3Dプリンタの想像力 ☆☆☆☆☆


SFを実現する 3Dプリンタの想像力 (講談社現代新書)

SFを実現する 3Dプリンタの想像力 (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
「情報処理」から「物質変換」へ
おどろきの未来はもう始まっている!


私は「3Dプリンタで何がつくれるのですか」という質問をよく受けるのですが、
そのたびに「ワープロで何が書けるのですか」や
「ピアノで何が弾けるのですか」という質問と同じような奇妙さを感じてしまいます。


3Dプリンタをはじめとするデジタル工作機械は、
既存の何かを効率化したり、つくりだしたりするツールというよりも、
……創造や発想を刺激する「発明」ツールだと常々考えてきたからです。


3Dプリンタは、私たちに「何をつくりたいのか」を問いかけているのです。
――本文より



内容(「BOOK」データベースより)
遠隔転送装置、スモールライト、万能工作機械…3Dプリンタはまだ序章でしかない!大注目の次世代工学者が描く新しい「モノづくり」とは?


金型などを必要とせず、コンピュータ上でつくった設計図をもとに、三次元のモノを造り出す装置「3Dプリンタ」 。
これまでは機械、あるいは熟練の人間の手でもつくることができなかった造形が、データを入れるだけで、できあがってしまうのです。
僕自身は「ふうん、それは工業の世界では便利なんだろうとは思うけれど、そんな大騒ぎするようなものなのかなあ……」なとど考えていました。
というか、「3Dプリンタ」に関する最近の話題で、多くの人の記憶に残っているのって、これだと思うんですよ。


参考リンク:3Dプリンターで拳銃製造、銃刀法違反容疑で男逮捕 全国初、神奈川県警(MSN産経ニュース)


この事件では、拳銃のすべてのパーツが3Dプリンタでつくられたわけではなく、一部の部品は容疑者が自作したそうなのですが、「3Dプリンタって、コンピュータマニアのあぶない人が、裏社会との繋がりもなく、危険なものを製造し、使用することができる危険なツール」というイメージが広がってしまったような気がします。
「キ○○○に刃物」は、現代では「キ○○○に3Dプリンタ」なのかもしれません。


僕はこの本を読むまで、3Dプリンタって、高価で、専門家しか扱えないものだと思い込んでいたのです。
ところが、もうすでに7万円くらいの「家庭用3Dプリンタ」が存在していて、Amazonでも買えます。
とはいえ、「設計図通りのものがさまざまな材料でつくれる」と言われても、一般家庭で何に使えるのか?と考えると、あんまり用途は浮かんできません。


そういえば、先日読んだ『レゴはなぜ世界で愛され続けているのか』という本のなかに、レゴの上層部は「将来的には、3Dプリンターがレゴを脅かす可能性がある」と考えているという記述がありました。
いやまあ、たしかに「同じ形のものを複製できる」という点では、レゴよりも再現性は高いと思うのだけれども、組み立てる楽しみがあるレゴは、できあがってくるのを見るだけの3Dプリンタと競合するのでしょうか?
この新書を読んで、「LEGO3Dプリンタを恐れる理由」がわかったような気がします。


著者は、2011年、東日本大震災の数ヶ月後に行われた、3Dプリンタを使っての実験開始当時のことを、こんなふうに振り返っています。

 そのメールには、電子ファイルが添付されていました。
 私はすぐに、そのファイルをラボにあった「レーザーカッター」という機械に「印刷」コマンドで送り込みます。あらかじめセットしてあった厚さ数ミリほどの透明なアクリル板が、みるみるうちに複雑なかたちに切り抜かれていき、ものの数分で、すべての「部品」ができあがりました。組み立て前のプラモデルのような状態を思ってもらえればよいでしょう。レーザー切断された部品どうしを手で嵌めこんで、別途用意しておいたウェブカメラとLEDを取り付ければ、ちゃんと使える電子顕微鏡が完成したのでした。
 もちろん、文章でさらっと書くほど、この作業が順調に進んだわけではありません。何度もスイスとSkypeで会話をしながら、ひとつひとつ壁を乗り越える必要がありました。
 しかしそれでも、このときが「モノ」を「電子データで受け取る」という初の実験になったのです。従来のような「モノ」を箱に梱包して輸送するのとはまったく異なる方法で、(ほぼ)同じものを、スイスからちゃんと受け取ることができたのでした。データの流通が、モノの物流にとってかわった瞬間です。インターネットと、レーザーカッター(デジタル工作機械の一種です)と、遥か遠くの国にいた友人との連携のおかげで。


3Dプリンタは「データをモノとして現実化する」という機械です。
そして、データならば、モノに比べれば、簡単に、素早くやりとりができるのです。
それで、何が変わるのか?

 私はこうした「ネットワークものづくり」の研究を、15年以上実践を通して進めてきました。普段は完全に研究に没頭していますが、ときどきふと冷静になって考えてみれば、いまこそが、かつてSF(サイエンス・フィクション)として描かれていた未来技術が実際に使えるものになりはじめている初期の状態ではないかと思えて、ワクワクする気持ちを止めることができなくなります。
「モノの送受信」とはすなわち、かつては空想だった「遠隔転送(空間伝送)」(テレポーテーション)技術に他ならないのですから。
 画面の上の「文字情報(デジタルデータ)のみをやりとりする現在の情報社会を超えた、「物質データ」をもやりとりするネットワーク社会の次のフェーズが、いま目前に迫っているのです。


 私はSFが好きでしたが、現代はまた、空想上のアイデアが、いろいろな技術を持った人々がコミュニティとして恊働することによって、どんどん具現化されていることも特徴的です。それを後押ししているのがグローバルなインターネット環境です。
 インターネットによって生まれた人と人とのつながりを、ものをつくる行為へと結集すること。それを通じて、空想と現実の距離や関係を変え、両者をつなげていくこと。
 こうした社会の新しい動きに気がつき、これこそをライフワークにしようと決めたとき、この運動を「ソーシャル・ファブリケーション(FAB)」と名付けようと思いました。「ソーシャル・ファブ」も頭文字を取れば「SF」になります。


著者は、自宅に「家庭用の3Dプリンタ」を設置し、いろいろ試した結果を整理したところ、以下の二つのことをあらためて感じたそうです。

 ひとつは、試作品ではなくて「複雑な一品」を直接デジタル出力できることです。将来的には、金型のひとつ手前の試作をつくるのではなくて、デジタルデータこそが「型」の役割を果たしていくことがリアルに感じられました。
 もうひとつは、素材を変えながら、繰り返し実験をしてみることで、自分自身の発想や想像力が強く刺激されることでした。「つくりながら、かんがえる」「かんがえながら、つくる」という同時性、即興性を実現してくれることで、ワープロや、シンセサイザーといった、人間の知的想像活動のパートナー的存在へと近づいているな、と感じられたのです。


あるものの形を、データとしてディスプレイ上で考えるだけではなく、それを実際の「物体」としてみることで、角度による具体的な見え方の違いや、手触りなどを実感することができるようになるのです。
そして、その「物質化したものへの感想」がフィードバックされ、元のデータがアップデートされていきます。
粘土細工のように、「つくりながら、かんがえる」「かんがえながら、つくる」ことができるのです。
これを「子ども(あるいは大人)の娯楽」として考えると、先ほどご紹介した『LEGO』の危機感も理解できるのです。
自分がイメージしたものが、すぐに目の前にあらわれ、さらに、そのデキをみて、すぐに改良できる。
この感触は、たしかに『LEGO』に近いのかもしれません。


そして、工業製品の場合には、多くの人からのフィードバックを得ることもできそうです。
製品の「金型」をつくるのは大変だけれども、データを直接かたちにできるようにすれば、コストは大きく下がります。

 こうした工房が整えば、コンピュータの画面の向こう側の「デジタルな世界」と、コンピュータの画面のこちら側の「フィジカルな世界」という、これまで完全に分断されてきた二つの世界をつなぎ、相互に行ったり来たりする実験を始めることができます。
 先ほども述べたように、製造業の工場の世界では、これは特段新しいことではないのかもしれません。機械をより正確にコンピュータで制御することはこれまでも長く行われてきたからです。
 しかし、情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)の視点から見れば、これは新たな次元を加える、大きな一歩であるように思うのです。なぜかといえば、これまで「デジタル化」一辺倒だった技術開発の流れに、「フィジカル化」という逆に流れを混ぜることで、双方向の新たな奥行きや循環、ダイナミズムを生むことができるからです。
 たとえばここ数年、出版の世界では「電子書籍」がずいぶんと話題になりました。「デジタル化」という技術の大きな流れを巡って、その是非についてさまざまな議論がなされました。実際私もデジタルブックリーダーKindleを使っています。
 しかし同時に、デジタルデータとして購入した本のコンテンツを、好きな紙に、好きな大きさの、好きなフォントで印刷してきれいに製本する技術、つまり「フィジカル化」のサービスも登場し始め、徐々に人気が出そうな気配も生まれています。
 この原稿を書いている私も、ときどき紙にプリントアウトして推敲することを未だに行っています。紙に出してみないと、読んでいて頭に入って来ない場合があるからです。
 つまり、これからの技術のポイントは、「デジタル化一辺倒」について是非を議論することではなく、「デジタル化」と「フィジカル化」の双方向を自由に実現する技術を開発することではないか、と思うのです。


電子書籍の功罪」について、多くの人が語っています。
電子書籍は持ち運びやすさとか、スペースをとらないとか、ネット環境があればどこでも新しい本が入手できるなど良いことづくめではあるのですが、その一方で、紙の本の手触りとか重みにこだわりがある人は多いのです。電子書籍リーダーには電池が必要ですし、紙の本に比べると、破損した場合のダメージが大きいので、料理をしながら見る、というような場合に、不安になったりもします。


この「フィジカル化」が進めば、Amazonの配達を待たなくても、すぐに紙(あるいは、同様の質感を持つ材料)の本が、目の前に届けられてくることになります。
まあ、それのどこが「便利」なのか?と問われると、現時点では「宅急便を待たなくてもすむ」というのと「やはり、紙の本のほうが読みやすい(人がいる)」というくらいしか思いつかないのですが、電子書籍に味気なさを感じる人にとっては、ひとつの選択肢にはなりうるでしょう。



もちろん、3Dプリンタが万能というわけではなく、現時点ではさまざまな問題もあります。
そのひとつは、いまの機械では、コストがかなり割高になってしまうこと、ひとつのパーツを単一の材料からしかつくれないこと、そして、時間がかかりすぎることです。

 3Dプリンタの利用に関して、ファブラボで直面する問題は、世界中でほぼ共通しています。それは、現時点の3Dプリンタは「出力に時間がかかりすぎる」ことです。
 ファブラボは、機材を共同開発するためのシェア工房です。現在のところ、レーザーカッターのような切断系の方式に比べれば、3Dプリンタはあまりに遅い機械なので、利用者の順番待ちになってしまうことが多いのです。一回のプリントに半日ほどかかる場合も多く、それでは機材をシェアしたことになりません。

一回のプリントに半日かかる、となると、個人が普段使いするには、あまりに時間がかかりすぎますよね。
それなら、既製品で好きなものを探してきたほうが、手間も時間もかからない、と考える人が多いでしょう。
もちろん、通信速度も製造速度も、今後どんどん向上してくるでしょうし、3Dプリンタそのものも安くなっていくはずなので、将来的には解決される問題なのでしょうけど。
ただ、どんなに3Dプリンタが普及しても、わざわざ自分で作りたいとは思わない、という人は多いかもしれませんね。


この新書を読むと、3Dプリンタというのは、拳銃みたいな物騒なものをつくるための機械じゃなくて(作れてしまうのが問題ではあるにせよ)、人間の創造性を高めてくれる可能性を秘めたツールであることがわかります。

ドラえもんの道具」に話を戻しましょう。3Dスキャナーと3Dプリンタがあれば、擬似的ではありますが、「スモールライト」や「フエルミラー」を実現できます。ただし、小さな別の物体を樹脂で出力するだけであって、元の物体自体は小さくならないので、完全なスモールライトは実装できません(ものがひとつ増えます)。
 あるいは、音声認識と組み合わせれば、「コエカタマリン」もつくることができます。3Dプリンタから文字が出てくるまでにものすごく時間がかかりますので、こちらも漫画どおりのシナリオにはなりません。このあたりのオチがつく感覚もいまのところは「喜劇的」です。


僕が生きているあいだに、ドラえもんの「ひみつ道具」が現実のものになろうとしているのです。
なんだか、読んでいるだけで、ワクワクしてしまいました。