琥珀色の戯言

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【読書感想】立ちそばガール! ☆☆☆


立ちそばガール! そば このファストで奥深い世界

立ちそばガール! そば このファストで奥深い世界

内容紹介
日経ビジネスオンラインに先週まで24週連載。男の世界 立ち食いソバの店に突入し、女子目線、初心者目線でルポするとともに、立ちそばの奥深い世界を徹底追求した実用食エッセイ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130514/248072/?rt=nocnt
立ち食いといえど、材料や作り方にこだわり、客も貧乏だから、というわけではなく、味のこだわりを感じる人たちだったということ。作る側も料理人のプライドを持っておいしさを追求しています。
それぞれの店の特徴や味の違いを紹介しつつ、蕎麦という本来のファーストフードの本質に迫る、楽しいイラストがつく実用食エッセイ本。山ガールに続いて男の世界「立ちそばガール」へ。


この本のタイトルを見て、僕は思ったのです。
えっ、いまは「立ちそば」って言うの? 「立ち食いそば」じゃなくて?
「立ちそば」という言いかたに馴染みがなかったので、Googleで検索すると、2014年8月2日現在「立ちそば」が2730万件、「立ち食いそば」が232万件。
うわっ、現代用語としては「立ちそば」なのか……
と、自分が認識している言葉の古さに軽く落ち込んでしまったのですが、ざっと眺めてみると「立ちそば」のなかには「立ち食いそば」も包括されていての、この数字のようです。
うーむ、東京では、「立ちそば」のほうが一般的なのだろうか、あるいは、僕以外の大部分の日本人にとっても「立ちそば」なのだろうか?
女性目線のグルメエッセイということで、「立ち食い」の「食い」という言葉の荒っぽさを敬遠した、という可能性もありそうなんですけどね。


僕自身は、うどんかそばか、と問われたら、「じゃあ、うどん」と答えることが多くて、あまりそばには縁がないんですよね。
お腹にたまりそうなほうを、ついつい選んでしまう。
おまけに、地方都市在住ですから、立ちそば(いちおう、今回はこちらで統一します)というのは、ターミナル駅のホームくらいでしか見たことがありません。
東京に行ったときに、あえて立ちそばを食べよう、という気分にもなりませんし……
この本のなかでは、「女性にとっての、立ちそばの敷居の高さ」も率直に語られているのですが、中年男である僕でも、入り慣れていないので、「やっぱり、いつもの吉野家にしようかな……」という感じになりがちなのです。
いやまあ、大部分の女性にとっては「牛丼屋も敷居が高い」のでしょうけど。


とはいえ、食べ物関連のエッセイなどで、東京の立ちそば文化について読むと、ちょっと憧れてみたりもするのです。
安くて、ボリュームがあって、大人たちが背筋を伸ばして短時間で充電し、サッと出て行く。
そんな道場のようなイメージもあって。
基本的には「早くて安くて味はそこそこ」なんだろうな、と思っていました。


そばを愛する著者の「ちょっと遠慮がちに、立ちそばの世界に踏み込んでみた感じ」って、ああ、僕もきっとこの店に入ったら、こんなふうになってしまうのだろうなあ、とシンクロしてしまうものがあったのです。


安くておいしくて、ボリュームもある。
でも、そんなにのんびりはできない。


これまでの「立ちそばを語る人の文章」には、「礼儀作法」みたいなものが書かれているものがたくさんありました。
それが、初心者にとっては、かえって敷居の高さを感じさせていたのかもしれません。
この本には「初心者が立ちそばの世界に馴染んでいくためのテクニック」がちりばめられています。
なかでも「なるほど」と思ったのは、冒頭に「入店時間のアドバイス」が掲げられていることでした。

立ちそばデビューするならココ!
初級:14:00〜15:00  ほどよい混み具合
入門:15:00〜18:00  お友達と一緒に行くのもいい


13:00〜14:00は中〜上級となり、
12:00〜13:00は、「ぱっと食べてさっと出ろ!」の同調圧力が充満している、初心者が絶対に避けるべきゾーン


いやほんと、言われてみれば当たり前のことなのかもしれないけれど、「混雑時に殺伐とする」のは、立ちそばに限らないわけで。
混雑する時間というのは「みんなが食事をしたい時間」でもありますし、15時からなんて行けないよ、夕ご飯も食べられなくなるし……という人が多いのも事実なのですが。
「立ちそばはのんびりできない」のは、「そういう時間に利用してしまっているから」でもあるんですよね。
この本を読んでいると、とくに初心者は「時間帯を選ぶ」ことが大事だな、と感じました。
同じ店でも、混雑しているときと、そうでないときは、表情が全然違うはずです。


「でも、そこまでして立ちそばに行かなくてもねえ……」と思いながら読み始めたのですが、読んでいると、なんだかとても、そばを食べたくなってくるんですよ、これ。
たぶん、目の前に出てきても、「感動」するようなものじゃないんだろうけど、どれも安くてボリュームもありそうで、質実剛健です。
立ちそばでは「かき揚げ」が定番みたいで、読んでいると、すごく「ああ、サクサクのかき揚げ、食べたい!」という気分になってくるんですよ。
普段、そばもかき揚げも好んで食べているわけではない僕でさえも。


そして、「ものすごく美味しい」とか「店内でくつろげる」というのとはちょっと違う、「立ちそばの魅力」もありそうです。
富士そば」の回より。

富士そば」。決して洗練されたそばではありません。気の張らない、飾らない、嘘のない正直な一杯。こんなそばを前にすると、人は素直な気持ちになって、心を開く勇気を持てるのかも。
富士そば」なら、黙秘中の被疑者はオチるか!?
 そんなことがあっても驚きません。初めて来たのに懐かしい。干渉されず、孤独を感じることもない。店と自分の心地よい距離感に、ゆるゆると身も心も癒されてゆく。
 張りつめた気持ちをゆっくりとほどくような、優しさで満たされたつゆを飲みながら考える。
富士そば」と客の間にあるものって、一体……何!?
 それで、思うこと。「富士そば」を受け止められる気持ちって、心のゆとりではないのかな。殺伐とした東京砂漠。時には「やりかやられるか!」の修羅場をドライな気持ちで乗り切って、生きていかなくれはならない世知辛さ。束の間、「富士そば」空間の無防備さと不可侵の取り決めの中で、そっと鎧を外し、本当の自分を呼び戻し……。
 そうです。突っ込みどころだらけな「富士そば」を否定するようになったら、人間お終い!(はっ! ……私もすっかり「富士そばアライアンス」の一員!?)


美味しいのだけれど、なんとなく行きにくい店というのはあるし、そんなに美味しいわけじゃないんだけれども、何にしようかと迷ったときに、なんとなく足が向いてしまう店もある。
後者のような店って、生活していくうえで、けっこう大切じゃないかと僕は思うのです。


この本のなかに『小諸そば』の株式会社・三ツ和、専務取締役の平井敏美さんと、販売促進部次長(当時)の黒木豪さんへのインタビューが収録されています。


「立ちそばは、なぜあんなに早くできあがるのか?」という疑問について。

編集者・Y氏:とっても基本的なことなんですけれど、普通のおそば屋さんに較べてあんであんなに提供が早いのでしょうか。立ちそば屋さんならではの工夫って具体的にはどんなことでしょう。


平井:「前見て、後ろ見て、前向けばモノが出来る」。後ろ向いてそばゆでて、盛りつける。前向いてつゆくんで盛りつける。歩かない。あ、一歩、二歩は歩きますけど。「動線は切り詰めて」っていうのが、早さの一番の理由です。


Y氏:え、それが一番の理由!? ゆで上がりが早い穴空きめんとか、そういうことではないんですか。


平井:特殊なものはないです。ただ、釜とかは業者の出来合いはあんまり使わないで、オリジナルで作ってます。


Y氏:釜が違うと、早くゆで上がるんですか?


平井:今、かなり改善が進んでいまして。そばを入れた際に低下する温度が戻るまでの時間がどんどん短くなっていて今までより倍近く早くなっているんです!


道具の進化はあるにせよ、一番のポイントは「動線」なんですね。
「早さの理由」というのは、案外、シンプルなものなのだなあ。


出てくるのは東京の店が大部分なので、「立ちそば店ガイドブック」としては、都心の人たちにしか使えないかもしれませんが、「立ちそばって、どんなところなんだろう?」と思いつつもなかなか入ることができなかった人や、「食事に対する、女性の向き合い方」に興味がある人には、けっこう役に立つ本だと思います。
僕も、たまにはそばもいいかな、と思えてきました、というか、お腹すいたな……

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