琥珀色の戯言

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【読書感想】誰も戦争を教えてくれなかった ☆☆☆☆


誰も戦争を教えてくれなかった

誰も戦争を教えてくれなかった


Kindle板もあります。
[asin:B00FEBDT4Y:detail]

内容紹介
誰も戦争を教えてくれなかった。
だから僕は、旅を始めた。


広島、パールハーバー、南京、アウシュビッツ、香港、瀋陽、沖縄、シンガポール朝鮮半島38度線、ローマ、関ヶ原、東京……。


「若者論」の専門家と思われている28歳社会学者。
そして「戦争を知らない平和ボケ」世代でもある古市憲寿が、
世界の「戦争の記憶」を歩く。


「若者」と「戦争」の距離は遠いのか、
戦勝国と敗戦国の「戦争の語り方」は違うのか、
「戦争、ダメ、絶対」と「戦争の記憶を残そう」の関係は歪んでいるのでは――。


「戦争を知らない」のはいったい誰なのか、
3年間にわたる徹底的な取材と考察で明らかにする、
古市憲寿、28歳の代表作!


◆オビ推薦:加藤典洋
「一九八五年生まれの戦後がここにある。」


◆週末ヒロインももいろクローバーZとの1万2000字対談を収録!
「5人に『あの戦争』に関する全20問のテストを解いてもらったら……」


◆巻末に「戦争博物館ミシュラン」まで付録!


今年の6月に、こんなニュースが伝えられました。
参考リンク:修学旅行の中3、被爆語り部に「死に損ない」(YOMIURI ONLINE)

 学校などによると、修学旅行生119人は5月27日に長崎市を訪問。原爆で多くの犠牲者が出た山里小学校で、被爆者の森口貢みつぎさん(77)(長崎市)が、班から離れて行動していた生徒5人を注意したところ、「死に損ないのくそじじい」「うざい」などと暴言を吐かれたという。学校側は森口さんから抗議を受け、謝罪した。


このニュース、広島の小学校で、怖くなって夜眠れなくなるほどの「被爆体験」「平和教育」を受けた僕にとっては、「世も末だな……」と嘆かずにはいられなかったのです。
でも、その一方で、そういう「平和教育」を自分が子どもの頃、真摯に聞いていたかというと、「こんな暗い話を聴くのはつらいな、自由行動の時間に、はやくならないかなー」なんて考えていた記憶もあるんですよね。
僕は戦争を直接体験していないし、親の世代も「物心がついたときには、戦争は終わっていた(それでも、戦後の混乱期はけっこう大変だった)」そうです。
その僕の子どもの世代となれば、そりゃ「戦争は悲惨なものだ」と言われても、リアリティに乏しいのも「仕方が無い」ところはあるんですよね。
もう、「直接の戦争体験」を語れる身内を持つ子どもは、かなり少ないだろうし。
そもそも、こういう生徒5人だけを大きく採り上げて、「いまの若者は……」と言ってしまうことも、「いまの大多数の若者」にとっては、不本意なのではないかと思います。

 ハワイでパールハーバーを訪れたことをきっかけに、僕は新しい土地へ行くたびに戦争に関する博物館を訪れるようになった。
 真珠湾の博物館は、とても「爽やか」で「楽しい」ものだった。では、他の国では、他の場所では、戦争はどのように記憶されているのだろう。
 そんな素朴な気持ちで始まった戦争博物館巡りは、とても楽しいものになった。
 多くの国は、国立の戦争博物館を持っている。つまり、戦争博物館へ行けば、その国が戦争をどのように考え、それをどう記憶しているのかを知ることができる。訪れた国の「国家観」や「戦争観」を、展示を見ながら感じることができるのだ。ショッピングだけで終わる観光旅行よりも、よっぽど楽しい。
 とにかく戦争の爪痕を当時のまま残すことに執念を燃やす国、現代アートを使って戦争の悲惨さを表現しようとする国、最新技術を用いて戦争被害をこれでもかというくらい強調する国、極力自分たちの戦争観を表明せずに曖昧さを貫く国。戦争に関する博物館は、その国ごとの「お国柄」をよく表しているように思えた。
 2011年1月から2013年4月の間に、いくつもの博物館や戦跡を巡った。


この本には、1985年生まれの社会学者である古市憲寿さんが、広島、パールハーバー、南京、アウシュビッツ、香港、瀋陽、沖縄、シンガポール朝鮮半島38度線、ローマ、関ヶ原、東京など、世界各地の戦争博物館や史跡を巡り、考えたことが書かれています。
日本で1970年代前半に生まれ、「平和教育」を受けてきた僕にとって「戦争博物館」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、広島の原爆資料館で、はじめて行ったときの衝撃は、いまでも忘れられません。
当時の僕にとっては「自分の親も、原爆で死んでいたかもしれない」という、けっこう身近で現実的な恐怖でもあったんですよね。
いまから35年くらい前は、それを実際に体験し、生き延びた人たちが、街で普通に生活していたのですから。


僕にとっての日清・日露戦争第一次世界大戦が、現実に起こったことというよりは、「歴史上の物語のひとつ」であるかのように感じられるのと同じように、いまの若者たちにとってはの太平洋戦争は「物語」になってしまっているのかな、とも思うのです。
それが良いとか悪いとか不謹慎とかそういうのではなくて、人類は、そうやっていろんなことを忘却しながら続いてきたのだろうな、と。


とはいえ、それは「世代」だけの問題なのか?という疑問も、著者は呈しているのです。

 この本の冒頭で、若者たちの間で戦争体験が風化していると書いた。しかし若者に限らず日本人は、実はそもそも戦争についてあまり興味のない可能性がある。
 2000年にNHKが実施した嫌らしい世論調査がある。16歳以上の男女にアジア・太平洋戦争において「最も長く戦った相手国」「同盟関係にあった国」「真珠湾攻撃を行った日」「終戦を迎えた日」がいつかを答えてもらったのだ。
 結果、1959年生まれ以降の「戦無派」では69%が「最も長く戦った国」を知らず、53%が「同盟関係にあった国」を知らず、78%が「真珠湾攻撃を行った日」を知らず、「終戦を迎えた日」を知らない人も16%いた。全問正解した人はわずか10%だった。
 ここまではまあいいだろう。「戦争を知らない若者(と中年)ということで理解可能だ。しかし1939年から1958年に生まれた「戦後派」、それ以前に生まれた「戦中・戦前派」でも決して正答率は高くなかった。たとえば「最も長く戦った相手国」を知らない「戦中・戦前派」は57%、「真珠湾攻撃の日」を知らない「戦後派」は65%。
 実は序章で「広島に原爆が落とされた日を知っている若者はたった25%」と書いたが、全年齢平均でも数値は27%。長崎原爆の日にいたっては、若年層のほうが正解率が高く、60代以上は19%しか正解していない。
 若者だけじゃなくて、僕たちはみんな戦争に興味がなかったのである。


「日本が戦争をしたことを知らない若者たち」が糾弾されがちですが、それを責めている側も「オレだって、聞かれたら答えられないけどね」って内心ドキドキしている、というのが現実なのです。
「死に損ない」なんて言うヤツはどうしようもないとしても、35年前から、「(そういうことは口に出すべきではないんだろうけど)こういう聞いていて辛くなる、暗い話を聞かされるのはイヤだなあ」という雰囲気は、当時の「若者」にもあったんですよね。


この本を読んでいると、「戦争」に対して、国によってかなり異なるアプローチのプレゼンテーションが行われていることがわかります。

 アウシュビッツを訪れて感じるのは「残す」ということに対する熱心さだ。ちょうど僕が訪れた時も、いくつかの建物が修復工事中だった。ここでは芝生や樹木を含めて、できるだけ戦前の姿で残すことが決められている。
 実は、1955年(ひととおりの展示施設が完成した年)で時を止めるためアウシュビッツでは、「残す」ことに関しては最新技術と莫大な予算が投入されている。たとえば、有刺鉄線の支柱の修復作業にはポーランドのトルン大学が技術協力をしている。1600本ものコンクリート製支柱の修復作業は世界にも他に例がないという。
 また膨大な遺留品の保存も大変だ。ここには1万を超えるメガネ、5万近いブラシなどが保管されているのである。たとえば8万足の靴を劣化させないための、油分を補う作業には3年もの月日を要したという。
 アウシュビッツの、当時をそのまま残そうとする思想は、ここがユネスコ世界遺産にも登録された場所であることを考えれば納得しやすい。

 アウシュビッツでは「経年的な劣化を押しとどめるため、変わらないため」に、これほどの手間がかけられているのです。
 言われてみれば、60年という年月が過ぎれば、「ただ、そこにあるだけ」では、どんどん変化していくのが当然ですよね。


 その一方で、ハイテク化というか、かなりアトラクション要素が強い施設も増えてきているのです。
 韓国・天安市にある「独立記念館」についての記述より。
 広大な記念館のなかには、こんなコーナーがあるそうです。

 僕たち以外に外国人らしき客はいない。はじめに案内されたのは「独立万歳」コーナーだ。係員が来場者たちにマイクを向けると、いきなり大声の「万歳」の斉唱が始まった。館内掲示によると、ここはともに「大韓民国独立万歳」を叫び、その声を世界中に知らせる場所らしい。
 続いて現れるのはアスレチックコーナーだ。スポッチャにあるようなロープや丸太を使った遊具で子どもたちは楽しそうに遊んでいるが、施設の名前は「私も独立軍」。「ともに訓練しましょう、国を取り戻しましょう」というキャプションが添えられている。身体を動かすことによって、国防する肉体を作るということなのだろうか。
 アトラクションはまだまだ続く。軍服を着て記念撮影ができるコーナーなんて、まだ序の口。画面の指示通りにステップを踏む「Dance Dance Revolution」を模したゲームコーナーでは、独立軍歌に合わせて来場者たちが躍ることができた。
 巨大なスクリーンに映る敵兵を倒す射撃コーナーもあった。敵は2頭身にデフォルメされていて、どこの国の兵士かはわからないが、銃は韓国軍の主力小銃であるライフルK2を模したような作りになっていて、重厚感もある。父が子に銃の持ち方を教えるという、一瞬心温まりそうになる場面も目撃できた。
 民族の抵抗を示す詩をマイクに向かって朗読するコーナーもある。音声はUSBメモリにダウンロードして持ち帰ることもできる。独立を祝福する当時の写真と自分の合成写真を簡単に作れるマシーンもあって、自分宛のメールアドレスへも送れる。今時のプリクラみたいだ。
 博物館の出口には国旗を風にはためかせるアトラクションなんてのもあった。設置されたハンドルを回すことによって風が起こり、館内に掲げられた太極旗が揺れるのだ。
 こういったローテクからハイテクまでを駆使して、愛国心を発揚させるようなギミックが館内には溢れている。


「戦争」=「悪」という価値観を植え付けられ、持ち続けている僕は、「なんて不謹慎な!」と言いたくなるのですが、韓国はいまでも北朝鮮と「戦争中」で、徴兵制度もあります。
 韓国としては、「戦争」や「兵士」へのネガティブなイメージをもたれないようにしなければならないのです。
 しかし、ここまで「戦争博物館アミューズメント施設化」が行われているとは……
 

 著者は、このような「アミューズメント化」は、韓国にだけ起こっているのではなく、世界的な傾向であることも紹介しています。
 日本やドイツのような「敗戦国」は、あの戦争(第二次世界大戦)について、真摯に反省していることを見せないといけないけれど、アメリカなどの勝った側としては「あの戦いの意義」をアピールすることを重視しています。
 そもそも、「あまりにも真面目で堅苦しい展示で、来場者数が減り、展示物も見てもられない」よりは、「多少不謹慎っぽい感じになっても、来場者が増え、とくに子どもたちに興味を持ってもらえた方が良いんじゃない?」という意見は「一理ある」のですよね。
 いや、一理どころじゃないか……

 確かにこの平和な国を維持するためには多大なコストがかかっている。基地問題をはじめ、それは歪なバランスの上に成立しているものだ。また、殉職した自衛隊員をはじめ、国家のために命を落とした人も少なからず存在する。
 しかし、何も平和な時代の、平和な場所に生まれたことを、恥じる必要はない。
 戦後という時代を作った思想や、政治の裏側には、当事者たちの戦争体験があった。たとえ、世代や階層により、その内実が異なっていたとしても、それは国民的な共同体意識を生み出した。ヨーロッパでもまた、戦争という強烈な共同体験から、EUへの道は動き出した。
 しかし、あの戦争から70年近くが過ぎ、それを「大きな記憶」として再構築していくのは非常に困難だろう。あの戦争は、もはや古すぎる。
 約70年前の人々が、戦争体験を元に社会を作りだしていったように、現代を生きる人々は、今まさに長く続く「平和体験」から思想や政治を紡ぎ出していくしかない。
 平和ボケでない人など、おそらくもうほとんどいない。
 1960年代にはすでに「戦争を知らない世代」の台頭が問題になっていた。その頃にはもう、戦争は生々しい個人の体験というよりも、抽象化された「戦争」という物語になりつつあったのだ。


はじめに紹介したニュースのなかで、被爆者の森口さんは「核兵器や戦争の悲惨さを人ごとのように思われているのなら、それが一番悲しい」と語っておられます。
でも、「人ごと」だというのが、いま、平和な時代に生きている人間の実感なのだろうなと思うのです。
もちろん、僕も含めて。
「平和な時代を生きていること」は、幸運でありこそすれ、恥じるようなことでもありません。
少なくとも、これから、「経験者」がどんどん少なくなっていくなかで「戦争と平和」について語るのは、自分たちが「平和ボケ」であることを前提にせざるをえないのです。


この本の巻末には、「ももいろクローバーZ」と著者との対話が収録されています。
僕からすると、驚くほど「戦争の『世界史的な知識』が欠落している」彼女たちなのですが、「戦争を避けたいという気持ち」や「平和への願い」って、この世代の人たちも、しっかり持っているんだな、と思ったんですよね。


「永遠の平和」なんて、ありえない。
でも、だからこそ、若い世代にレッテルを貼ってバカにするのではなく、「戦争体験というものを、次世代に受け継ぐこと」が大事なのです。
そもそも、僕たちが、戦争のことを教えてあげてないんだしさ。

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