琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】ジブリの世界を創る ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
「種田さんに美術を頼んでホントによかった! 」――鈴木敏夫(スタジオジブリ)


思い出のマーニー』で初めてアニメの美術監督に挑戦する種田陽平氏。『スワロウテイル』『キル・ビル
vol.1』『THE 有頂天ホテル』など数々の傑作映画の世界観を実現させてきた日本を代表する美術監督が、『思
い出のマーニー』の制作の裏側を明かしながら、映画美術の仕事と創造の極意を語る。
米林宏昌監督との特別対談も収録。


 日本を代表する美術監督である種田陽平さん。
 『思い出のマーニー』で、はじめてアニメ、それもスタジオジブリ作品の美術監督をを務められたそうです。
 「映画監督」という仕事はだいたいイメージできていると思うのですが、「美術監督」となると、「うーむ、セットとかの責任者、なのかな……」というくらいの感覚なんですよね。
 この新書では、種田さんが「映画美術」の世界に入ったきっかけや、「美術監督」とは、具体的にどんなことをやっているのか?ということについて、わかりやすく語っておられます(本人が書いたのではなくて、インタビューをもとに書籍化したみたいです)。

「アニメーション映画における美術は、映画の品格を決める決定的役割を持っていると思う。ある映画を見た瞬間に、それがどういう志を持った映画か、ということを伝えるのは圧倒的に美術の力だ」


 宮崎駿さんがインタビューの中で語った言葉です。
 「宮崎アニメの素晴らしさの半分以上が美術にある」とプロデューサーの鈴木敏夫さんも言うように、美術の役割がことさら重視されているジブリの世界。そんなジブリの美術の世界に、2008年に三鷹の森ジブリ美術館にて行った「小さなルーヴル美術館展」、2010年に開催した「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」で関わり、今回『思い出のマーニー』では美術監督として、アニメーション映画の美術に飛び込むことになりました。2011年2月、『悪人』の仕事で優秀美術賞を頂いたぼくは、第34回日本アカデミー賞の授賞式会場にいました。そこで、『借りぐらしのアリエッティ』で最優秀アニメーション作品賞を受賞された、鈴木敏夫さんと米林宏昌監督にお会いしました。
 「おめでとうございます」と挨拶すると、鈴木さんは開口一番、「種田さんは、アニメの美術やらない?」とおっしゃった。おめでたい場ということもあって、ぼくは深く考えもせずに「もちろん、やりますよ」と答えました。それがすべての始まりです。


 そもそも、美術監督とは、どんな仕事なのか?
 大きなセットを組むわけでもないアニメーション映画に、美術監督が、必要なのか?


 種田さんは、美術監督の仕事について、こんなふうに説明されています。
(お城や寺院、街などの「大きなセットを造る」ことについての話をされたあと)

 一方で、ぼくは規模の小さい映画美術の仕事もしています。美術スタッフが2、3人という作品もあります。そういう作品の場合は、主に英語で「ドレッシング」とか「デコレーション」と言われる作業がメインです。日本ではあまり適した言い方がなく「飾り」と言っています。
 例えば、ごく普通の会議室で撮影しようとすると、ちょっと味気ないわけです。そこで、テーブルを違うものに替えたり、置物を加えたりする。それがドレッシングです。
 高級感を出すために革張りの椅子に入れ替えようとか、置物を置くなら登場人物のキャラクターに合ったものにしようとか、映画に有効な美術的要素を付加する作業、そういう装飾・小道具的なことも美術の仕事なのです。
 たいしたことに見えなくてもすべてに狙いがあり、その作業を加えることで物語とキャラクターがより鮮明に浮かび上がります。観客に映画の世界観が伝わりやすくなるわけです。実はこれこそが、映画美術の基本なのです。
 そこから派生して、大規模な映画になればなるほど「世の中に存在しないもの」を作ることが多くなります。世の中にないから、作るしかない。セットをゼロから作って、世の中に出現させるのです。出現させたあとで、ドレッシングをして、そこに生活感やキャラクターの物語性を入れていく。


 映画全体の責任者は、もちろん「映画監督」なのですが、その映画の世界観を目にみえるものとして実現していく現場責任者が「美術監督」なんですね。
 考えてみれば当たり前のことなのですが、映画の画面に存在するものには、それぞれの「意味」があるのです。


 種田さんは、撮影のためのロケハンを行うところから、セットの製作、撤収、そして、小物についての判断まで、幅広い仕事をされています。
 『思い出のマーニー』は、アニメ映画で、現地ロケをするわけでもないのに、米林監督たちと一緒に北海道までロケハンに出かけたそうです。
 また、種田さんがつくった洋館のミニチュアのおかげで、かなり絵が描きやすかったと、巻末の対談のなかで米林監督が仰っていました。


 ジブリ作品での「小物」へのこだわりについて、種田さんは、こんな話をされています。

 吉田昇さんというベテランの美術監督が、『思い出のマーニー』にもメインの美術スタッフの一人として参加してくれたことは先に話しましたが、その吉田さんと同じチームで仕事をしてくれた平原さやかさんという方も、ジブリで長年仕事している背景のベテランです。あるとき、その平原さんが描いた背景を見て、ぼくはやけに小物が多いなと感じました。ストーリーには特別な関係もない背景の一部である小物です。それらはかなり克明に描かれていて、どれも何となくかわいらしいのです。
 その絵を米林監督に見せながら、ぼくは明暗などの全体的な話をするつもりでした。ところがその絵を見た監督は開口一番「この棚の上の小物、かわいいですね〜!」と言ったんです。それを聞いた平原さんも、目をキラキラさせて小さくガッツポーズ。ぼくはこの二人の世界には入っていけないなぁと感じました(笑)。
 物語を語る上で必要な小物ではなくとも、ジブリの世界ではその小物が重要なディテールになっています。改めて見ると、『魔女の宅急便』や『となりのトトロ』でも、そうした遊び心を持った美術が映画のなかで大きな役割を果たしていることに気づきます。
 もちろん実写でも、ストーリーと関係しないところで装飾や小道具に凝ったりします。しかし、実写の監督がそれに気づくことはあまりありません。実写の場合、背景の小物が画面のなかで大きな役割を果たすことは少ないからです。また、実写の背景は撮影でピントを合わせなければボケますが、アニメの背景は描いたものがほぼそのまま映るため、観客が気づきやすいということもあるのかもしれません。
 重要度が低いと思われる部分まで、気持ちを込めて作られていることにこのときは驚きました。平原さんの仕掛けたことを、米林監督はキャッチした。「かわいい」小物を愛でる「少女性」、それがジブリの歴史であり積み重ねなのかもしれないと思いました。


 外からやってきた種田さんだからこそ印象に残った、ジブリの「文化」。
 そもそも、宮崎駿監督が「美術にこだわりぬく人」でした。
 実写とアニメという違いだけではなく、ジブリならではの「こだわり」が、種田さんを困惑させ、また、チャレンジ精神をかきたてたのです。
 こういうのが、おそらく「ジブリらしさ」なのでしょうけど、これを伝承していくのは大変だろうなあ、とも思うんですよね。
 

 種田さんが映画の世界に入ったときには、ちょうど日本映画がもっとも苦しかった1980年代のことでした。
 当時の美大の同級生たちは、予算が潤沢に使えて、実入りも良いCMの世界に進んだり、安定を求めて美術教師になったりした人が多かったそうです。
 種田さんは、映画が好きで、映画美術の世界に進んだのですが、「当時は競争率が低かったからね」などと謙遜されています。
 それゆえに、種田さんの同世代で映画美術をやってきた人は少なく、多忙な種田さんに仕事がさらに集まってきているのです。
 「いま、そんなに流行っていないジャンル」を選ぶことが、結果的にはプラスになることもある。
 もちろん、こういうのって、最終的には「運」もあるのですけどね。


 ちなみに、『思い出のマーニー』のある場面で、「種田さんの絵」が使われていることが、この本のなかで紹介されています。
 その他にも、美術監督からみた、『マーニー』の「こだわり」や「見どころ」についても。
 これを読むと、「水の表現」とかに注目して、もう一度映画を観てみようかな、と思えてきます。


 「美術監督の仕事」だけでなく、「外部の人間からみた、スタジオジブリという世界」を知ることができる、なかなか興味深い新書でした。

アクセスカウンター