琥珀色の戯言

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【読書感想】素潜り世界一 人体の限界に挑む ☆☆☆☆


素潜り世界一 人体の限界に挑む (光文社新書)

素潜り世界一 人体の限界に挑む (光文社新書)


Kindle版もあります。

素潜り世界一?人体の限界に挑む? (光文社新書)

素潜り世界一?人体の限界に挑む? (光文社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
映画『グラン・ブルー』に魅せられてフリーダイビングと出会い、「頂点に立ちたい」という夢を追い求めた男はある日会社を辞め、プロのフリーダイバーになった。マイナースポーツで、当時はプロを名乗る選手もいない状況。周囲の反応は冷たかったが、彼は自らを信じ続けて努力を重ねた結果、日本人初の国際大会優勝を実現し、アジア新記録を打ち立てる。サポートダイバーの死、ブラックアウト、東日本大震災など選手としての危機を幾度となく味わいながらも、なお“世界一”を目指して潜り続けるアスリートの奮闘記。


 去年(2013年)の12月、『情熱大陸』で、フリーダイバーの福田朋夏さんが採り上げられていたのを観ました。
 フリーダイビングというのは、かなり特殊な世界で、一般的な「アスリート」の世界と共通する部分と、かけ離れたところが混在しているんだなあ、と感じたのですが、あの番組でいちばん印象に残ったのは、番組の終盤に出てきた「競技中の仲間のダイバーの死」だったんですよね。
 それまで元気だった人が、自分の意思で潜り、そして、突然、命を落としてしまう。
 うーむ、怖いな、僕はやりたくないな、と、けっこうネガティブなイメージを抱いてしまったのです。
 もちろん、F1とか登山とか、危険と隣り合わせのスポーツや冒険というのはたくさんあるのだけれども、フリーダイビングというのは、そんなに大きな報酬があるわけでもないし、世界チャンピオンになっても、スポーツ新聞のトップには載りません。
 「ウェットスーツとフィンがあって、海に行けば、誰にでも、すぐにできる」という身軽さは、「あまりにも日常と繋がりすぎている死の世界」のようにも思われました。


 「なぜ、そんな世界に飛び込む人がいるのだろう?」と考えてしまうのも事実で、そんな興味から、この新書を手に取ってみたのです。

 フリーダイビングとは、空気タンクを使わずに自分の力だけで潜行し、目標深度まで到達したのちに戻ってくるスポーツだ。「息こらえ」という意味のラテン語に由来して、「アプネア」の名で親しまれている国も多い。ひと息でどれだけ潜れるのかを競うわけだから、「息をこらえる」という表現はフリーダイビングの本質をそのまま言い当てている。
 競技中に装着するのは主に、ゴーグル、足ひれ、ウェットスーツだけである。
 身体一つで海と対話できることが、このスポーツが世界で愛されている何よりの理由だと僕は考える。フランス、スペイン、イタリア、ギリシャ、イギリスなどでは以前からスポーツとして根づいており、1960年代から大会が開かれている国もある。スウェーデンフィンランドデンマークなどの北欧でも人気があり、最近では旧ユーゴスラビアクロアチアも優秀な選手を輩出している。国土の一部がアドリア海に面しているこの国は、競技環境に恵まれているのだろう。

 
 フリーダイビングの世界では、アジアは新興地域ですが、韓国、香港、インドネシア、マレーシアなどにそれぞれ100人くらいのフリーダイバーがいるそうです。
 日本の競技人口も、男女あわせて100人ぐらいなのだとか。
 著者は、「日本人初のプロのフリーダイバー」として、日本のフリーダイビング界を牽引してきた第一人者なのです。


 「お金」についても、けっこう生々しい数字が書かれているのがこの新書の面白いところです。

 ヨーロッパでプロとして活躍している選手も、おそらく年収は500万円から1000万円ぐらいだと思う。メジャースポーツでは一つの大会の優勝賞金が数千万円ということも珍しくないが、僕らは大会で優勝しても数十万円である。テレビ放映がなく、大会の公式スポンサーも少ないから、高額の賞金が用意されるはずもない。世界大会規模でも20〜30万円程度である。優勝が20万で、2位が10万、3位が5万といったスケールが一般的と考えてもらえばいい。
 ただ、スポンサーと契約を結ぶことで、競技に専念できる環境を確保している選手は少なくない。僕自身も活動費、遠征費の支援をはじめ、ウェットスーツなどの競技に関する用具や、取材などで着る私服の一部をサポートしていただいている。


 要するに、トップ選手でも、「なんとか競技に専念できる環境をつくれるくらいの報酬」というのが、フリーダイビングの世界の現状なんですね。
 テレビ映えするスポーツとも思えないので、これからも、金銭面で大幅に報われる可能性は低そうですし、著者も「自分がこの競技で大金持ちになる」ということも期待していないようにみえます。
 とはいえ、競技そのものにお金がかかるのは事実。
 この新書のなかには、著者が中心になって運営した世界選手権の収支の話も出てくるのですが、一選手が世界選手権の収支を細かく把握せざるをえないということが、「マイナースポーツとしての現実」でもあるのでしょう。


 著者は、深海の魅力について、こう述べています。

 月面に着陸した人間は、全世界で12人いる。世界最高峰のエベレストに登頂した人間は、すでに4ケタを超えている。
 その一方で、フリーダイビングで100メートルを超える深さまで到達しているのは、まだ20人くらいしかいない。110メートルを超えたフリーダイバーとなると、わずかに7人だ。2014年現在で約72億人とされる人類のなかで、両手で数えられるほどの人間しか知ることのできない世界を、見て、感じることができる。かくも原始的でありながら魅力的で、なおかつ神秘的なスポーツが、フリーダイビングの他にあるだろうか。僕には思い浮かばない。


 著者がフリーダイビングの世界を知ったのは、映画『グラン・ブルー』だったそうです。
 僕もあの映画を観て、すごいなあ、とは思ったのだけれど、ジャック・マイヨールの真似をしようとは思わなかったんですけどね。

 海に出ているのは、2時間から3時間ぐらいだ。深く潜るのは、1人1日1本である。
 えっ、たった1本? 1本の潜りって3分ぐらいでしょ?
 1日にそれだけしか練習しないの? と思われるかもしれない。
 だが、1人が潜って2人(または3人)がサポートする態勢でトレーニングを進めると、それなりの時間を必要とする。各自が2本潜ろうとしたら、早朝に始めてもお昼近くまでかかるだろう。そのころにはもう、波のサイズが上がっていたり、風が出てきたりしている。トレーニングには不向きなコンディションだ。
 ウォーミングアップとして20メートルぐらいの深度まで2本潜り、3本目に90メートルから100メートルぐらいにトライする。僕らがターゲットダイブと呼ぶものだ。その1本を価値あるものにできるかどうかが、レベルアップの分岐点である。
 また、フリーダイビングは窒素との闘いでもある。水深50メートル以上のダイブは身体に窒素が溜まるため、1日に1回しか潜れない。何度も深いダイブをすると、減圧症になってしまうのだ。


 ちなみに、海上保安庁の潜水士は、深度20メートルまでしか潜ることができないそうです。
 あれだけ鍛えられた人たちでも、そのくらいということは、100メートルというのは、本当に「人間にとって、特別で、ものすごい深さ」だということですよね。
 

 海で行われるフリーダイビングの種目に失敗は許されない。限界を超えることは、死へ近づくことを意味する。
 このため、フリーダイビングは潜る距離を自分で決める。大会の前日に、主催者側に申告するのだ。その時々で自分の力をきちんと見極め、距離を申告するのは、生命を守るためのセーフティネットだ。
 しかし、人間の好奇心はときに死の恐怖をも凌駕する。実に恐ろしいことだ。「もっと先に行きたい」という子どものような自分がひとり歩きをすると、大変なことになりかねない。だからこそ、「このへんにしておきなさい」とたしなめる、親のような自分を同居させる。


(中略)


 主催者側は選手が申告した深度に、あらかじめタグをつける。タグがついているプレートには水中カメラが備えつけられていて、選手が自分で取ったかどうかを映像として記録している。
 試合当日に距離の変更はできないので、申告の段階から駆け引きが始まる。全員が申告を終えると、その段階で仮の順位が出る。全員が成功したという前提に基づいたものだが、選手それぞれの思惑が渦を巻く。


 1人がスタートしてから水面に戻るまで、深度が100メートル以上でも、3分から3分半。
 しかしながら、「どのくらいの深さを申告するか」という時点で、すでに勝負は始まっているのです。
 この本を読んでいると、「精神的な強さというか、安定感」が、かなり重要であることがわかります。
 潜ってみたら調子が良いからといって、申告した数字より深く潜っても、それは記録にはなりません。
 それは、限界を超えてしまいがちなダイバーたちの命を守るためのルールでもあるのです。

 2014年7月現在、僕は「コンスタント」(フリーダイビングの種目名。フィンをつけての潜行)で115メートルの記録を持っている。2010年4月にバハマでつくったもので、世界ランキングでは4位に相当する。
 世界記録は128メートルだ。もう4年間も自己記録を更新できていないわけだが、長い低迷からようやく抜け出しつつある。

 いろんな世界で、こんなふうに、お金じゃなくて、自分の「好き」を極めるために努力をしている人がいるのでしょうね。
 

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