琥珀色の戯言

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【読書感想】路地裏の迷宮踏査 ☆☆☆☆


内容紹介
初心者にもマニアにも、面白くてためになる。海外ミステリ作家の創作秘話・意外な人間関係などがわかる、「ミステリーズ! 」名物連載が大加筆にて単行本化!


内容(「BOOK」データベースより)
海外探偵小説の“裏道”で発見した、ほかでは読めない情報が満載。初心者にもマニアにも、面白くってためになる、書評家・杉江松恋による53章の愉快なブックレビュー集。


 このブックレビュー本は、東京創元社の『ミステリーズ!』という雑誌に、創刊時から52回にわたって連載したもの(+1)を収録したものだそうです。
ちなみに『ミステリーズ!』のvol.1は、2003年発行で、この連載は9年間続いていました。

 本書は、東京創元社の雑誌「ミステリーズ!」に、創刊時から52回にわたり執筆した原稿をまとめたものです。海外のミステリ作家たちを毎回採り上げ、事の真偽が明らかではないゴシップや、見落とされがちな作品の成立背景、意外な後日譚などを拾っては紹介するという形で、一種の評判記の形をとっております。作者名・作品名の索引を付しましたので、そこからお気に入りの名前を探してみると読書案内にもなると思います。

 杉江松恋さんへの僕のイメージは、「新人賞などで、あんまり面白くない入賞作も褒めてあげている、良心的でもあり、ちょっと『ヌルい』感じのする書評家」だったんですよね。
 この『路地裏の迷宮調査』での、海外古典ミステリを語っている杉江さんの活き活きとした語り口を知ると、書評家っていうのも、いろいろと大変だし、必ずしも自分が好きな本、得意な書評ばかりやれるわけでもないんだろうなあ、と思えてきました。


 ミステリマニアには程遠く、採り上げられている作家の8割くらいは知らなかった僕は、最初の3章くらいを読んだ時点で、「このマニアックさには、ついていけない……聞いたことがない作家、読んだことがない作品ばっかりだし……」と投げ出しそうになりました。
 でも、なんとか読んでいくうちに、少しずつ馴染んできたというか、面白くなってきたんですよね。
 これは、ミステリマニアとの符牒合わせであるのと同時に、「作家という人種のさまざまな興味深いエピソードがぎっしり詰め込まれているエッセイ」でもあるのです。
 「この人、知ってる!」ではなくて、「こんな人もいたのか……こんなふうに読まれていた作品があったのか……」という気持ちで読み始めると、「知らないからこそ、面白くなってくる」。

 また、O・ヘンリーは元列車強盗のアル・ジェニングスと交友があり、彼の犯行の顛末を聞き書きして作品にまとめている(「ある列車強盗の告白」)。そもそもO・ヘンリー自身に、銀行員時代に横領の罪で起訴され、有罪となってオハイオ州立刑務所で服役した過去があるのだ。O・ヘンリーの筆名も服役中に使い始めたものだった。ニューヨーカーとしての生活、服役の過去、そして三十代初めまでをノース・カロライナやテキサスといった南部の州で過ごした経験がO・ヘンリーという作家を形作ったのである。


 あの『最後の一葉』『賢者の贈りもの』など、英語の教科書でおなじみの、感動的な短編を生み出したO・ヘンリーに、そんな過去が……
 まあ、「いい話」を書く人が、必ずしも「いい人」ではないというのは、洋の東西を問わないのでしょうけど、「感動イメージ」が強かっただけに、ちょっと驚きました。


 イアン・フレミングの「007シリーズ」が、「本質的にポルノグラフィーである」なんて話も出てきます。

 フレミングと交流のあったレイモンド・チャンドラーは、彼にもっと高尚な小説を書くよう、さかんにけしかけた。しかしフレミングは勧めを敬して遠ざけ続けたのである。自己の資質をよく理解していたからに違いない。かのジョン・F・ケネディは「007シリーズ」の愛読者だったというか、そのことを知ったフレミングは「大統領には真面目な本も読んでもらいたいとわたしは願っている」と辛いコメントをした。わが国の元祖ワンマン宰相こと吉田茂野村胡堂が好きと公言してはばからなかったが、「007」は男根小説ですからね。「大統領がポルノ大好き!」じゃ下々に示しがつきませんよ、とフレミングはそれとなく忠告したのだろう。

 それにしても、フレミングさんのこのケネディ大統領へのコメントは、ユーモアと同時に、ちょっとせつなくなるものではありますね……

 今回はベストセラーのお話をします。
 ラッセル・ナイ『アメリカ大衆芸術物語1 気楽な美の神』(研究社出版)を眺めていたら、1969年の「パブリシャーズ・ウィークリー」誌が発表した二十世紀作家の総売上部数が書かれていた。大衆作家では1位がガードナー、2位がスピレーン、3位がコールドウェル、純文学作家ではスタインベックが1位で2880万部だった。ガードナーのそれは1億3500万部なので5倍近い。ミステリって強かったんだね。
 この本でナイはベストセラー小説が創造される仕組みを帰納法的に規定するのは無意味だと断定する。にもかわらず、大衆小説には恒久的に支持を受ける特定の主題があるとも。それは第一に「よき時代」や幼年期の思い出に対するノスタルジー、第二に日常の味気なさから解放されたお伽噺、第三に自己犠牲を含む英雄譚、第四は陳腐な日常の中から意味を再発見する逆説的なロマンチシズム、第五に二項対立の対決を軸としたハッピーエンドの物語だ。こうして見ると、ナイが同所を発表した1970年の時点と(さらにはお国柄も超えて)大衆小説というものの本質はあまり変わっていないように見える。


 基本的には「古い小説、ミステリの話題」なんですよ。
 でも、読んでいると、「小説に人々が求める普遍性と、時代によって移り変わっていくもの」が、なんとなく、少しわかったような気がしてくるのです。
 

 海外ミステリに興味がなくても、「本好き」であれば、けっこう楽しめるのではないかと思います。
 他の人が楽しそうに自分の好きな本の話をしているのを聴くのって、なかなか良いものです。

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