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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】スターリン - 「非道の独裁者」の実像 ☆☆☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
「非道の独裁者」―日本人の多くが抱くスターリンのイメージだろう。一九二〇年代末にソ連の指導的地位を固めて以降、農業集団化や大粛清により大量の死者を出し、晩年は猜疑心から側近を次々逮捕させた。だが、それでも彼を評価するロシア人が今なお多いのはなぜか。ソ連崩壊後の新史料をもとに、グルジアに生まれ、革命家として頭角を現し、最高指導者としてヒトラーやアメリカと渡りあった生涯をたどる。


 この本のタイトルにもあるように、「スターリン」といえば「非道の独裁者」であり、毛沢東と並んで、 「たくさんの人を自分の権力維持や理念のために犠牲にしながら、天寿をまっとうした人」だというのが、僕のイメージでした。
 「反対派の粛清」や「シベリア送り」ばっかりやっていた、権力にとりつかれ、人間の心を失ってしまった男。
 「偉人」というより、「怪物」という感じです。


 この新書の「はじめに」で、著者はこう述べています。

 スターリンとは何者だったのか。スターリンヒトラーとともに20世紀を代表する独裁者だったことはよく知られている。イギリス生まれの歴史家ロバート・コンクエストはそのスターリン伝の冒頭で、誰であれ伝記を書く者は対象となる人物に対して愛着を持つと言われているが、スターリンに限ってはそうした感情を抱くことができないとし、次のように言う。スターリンはまるで悪魔に命を吹き込まれた、大きくて粗雑な粘土作りの人間、つまり、ユダヤの伝説にある超自然的に命を吹き込まれた人造人間ゴーレムのような印象を与える。その意味で、「自然でない人」という言葉で彼を評価してもよいだろう。
 これは歴史家の中では極端な発言である。だが、現在の日本人の多くがスターリンについて抱く印象も、これとさほど違わないのではあるまいか。彼について語る多くの歴史書が、1920年代末からの農業集団化の過程で多大な犠牲者を出したこと、あるいは1930年代の大粛清では罪なき人々が次々に逮捕され、その後彼らの多くが消息を絶ったこと、あるいは第二次大戦の前後の時期に、ソ連の辺境地域にいたいくつもの少数民族が銃口を向けられて故郷の村を追われたこと、あるいは多数の国民や日本人を含む多くの外国人抑留者が収容所に送り込まれ、そこで過酷な労働を強いられて無意味な死を余儀なくされたこと等々を記している。直接的であるか否かはともかく、スターリンの名前はそのようなソ連史の恐ろしい出来事と結びつけられてきた。そこからすれば、確かに誰もコンクエストほど直截に表現しないとしても、スターリンを底知れぬ悪行と非道を繰り返した独裁者と捉えているように思われる。


 ここに記されている「ソ連史の恐ろしい出来事」の時期の独裁者であったというだけでも、好印象は抱けないのは確かなんですよね……
 

 その一方で、著者は、「ロシア人からみたスターリン」は、けっしてネガティブなイメージのものだけではなく「賛否両論」であることを紹介しています。

 没後50年になる2003年になされたロシア国内の世論調査では、彼の役割を肯定的に見る者が34.7%、否定的に見る者が40.3%だった。この傾向はその後も続き、2008年にロシア国営テレビがロシアを代表する人物について意見を求めたところ、スターリンは、古代ルーシの時代の英雄アレクサンドル・ネフスキー、そして20世紀初頭にロシアの政治体制の大転換を図った政治家ピョートル・ストルイピンに次ぐ第三位の位置を占めた(実際には第一位の人気だったという説もある)。つまり、最近のロシア国民の理解では、スターリンはドイツにおけるヒトラーとまったく異なり、ロシアという国の歴史に例外的に現れた破壊のみをこととする独裁者などと断罪して済まされる存在ではないのである。多くのロシア人に、彼らの国を理解する上で不可欠な人物と評価されているのである。


 傍からみると、スターリンの「被害」を一番受けたのは、ロシアの人々のはずです。
 にもかかわらず、いまのロシア人たちのスターリンに対する感情は、愛憎半ば、といったところなんですね。
 それは、いったいなぜなのか?


 この新書で、著者は、最近新しく公開されたスターリン関連の資料を参照しつつ、幼少期から、この「独裁者」の人生を再確認していきます。


 スターリンは、もちろん、「虫も殺せない、優しいひと」ではなかったけれども、「母親にも愛情のかけらもみせなかった、薄情な人間」でもありませんでした。
 著者は、実際にスターリンが母親とやりとりをした手紙の数や内容についても、客観的に評価して「世相や、あのくらいの年齢の男性の親との一般的な付き合い方を考えれば、とくに薄情と言えるようなものではない」と述べています。
 後世の、とくに、スターリンと敵対していた人々が、生前「完璧な指導者」として言いなりになることを強要されていたことの反動で、没後のスターリンというのは、「非人間的な存在」として、貶められてきた面もありそうです。


 ソ連の「革命家」の多くが、インテリの理論派で、「頭でっかち」だったのに対して、貧窮の家庭に育ったスターリンは、「革命には、理論より行動が重要」だと考えていたのです。
 著者は、若い頃のスターリンが書いた文章を読んで、

 若い日のスターリンは、ひたすら功名心や支配欲に駆られて行動するタイプの人間だったという評価は、まったく的外れのように思われる。明らかに彼は、それよりはるかに漠然とした革命的ロマンティシズムに突き動かされていた。ツァーリ体制にやみくもに挑戦し、跳ね返され、また立ち向かうという直情径行の若者だった。

 と評しています。
 スターリンが党のなかで地位を上げていったのは、インテリたちが嫌がっていた、資金集めや最前線での指揮などの「汚れ仕事」を引き受けたからでもありました。


 この新書のなかでは、スターリンの書き込みなどがなされた「蔵書」が紹介され、「実務家」だけではなく、知的好奇心も人並み以上に持った人物であったことがうかがわれます。

 長い間、スターリンに与えられてきた、実務能力ばかりで、知的には凡庸で、そのことで劣等感を抱き続けた人物だったという評価がはたして正しいのか、という疑問が提起されるようになった。

 こんなふうに、スターリン時代に起こったさまざまな「恐ろしいこと」により、スターリンという人物そのものが、死後、どんどん「怪物化」してしまった面もあるようです。

しかし、スターリンの演説が描いたバラ色の展望には大きな問題が隠されていた。第一の問題は、彼が演説の中で「もう数年前に我々の手で解決されている」と主張した軽工業にあった。実際には、この分野は解決どころではなかった。なかなか成果の出ない重工業部門への投資を優先した結果、軽工業部門の生産は伸びず、日用品の不足が慢性的になったのである。たとえば1930年代初めには、町の職人たちが製造していた陶器類や籠、サモワール(ロシア独特の茶器)、毛皮のコートや帽子が手に入らなくなった。それどころか、公衆食堂ではスプーン、フォーク、皿、椀が不足し、人々は食べ物ばかりか、それらを求めて行列を作らねばならなくなった。ナイフは普通には手に入らなくなった。金属製のたらいやバケツややかんも不足するようになった。

 農業生産や軽工業を犠牲にし、餓死者を出しながら、ソ連の重工業化を強引に押し進めたスターリン
 僕がその時代に生きていたら、飢え死にしてスターリンを恨んだかもしれませんが、大きな歴史の流れからすると、その政策のおかげで、誕生したばかりのソビエト連邦は、第二次世界大戦に勝ち抜くことができたのです。
 スターリンのような、強力な指導者がいなければ、ソ連ナチスドイツに勝てたかどうか。


 歴史の大きな転換点となった「スターリン批判」を行ったフルシチョフは、失脚後も、スターリンに対する歴史的な評価について、ずっと考え続けていたそうです。

 フルシチョフソ連国内に、自分の示したスターリン評価に反対の意見を持つ者が数多くいることに気づいていた。彼が権力集団からはじき出されたのも、この問題と無関係ではなかった。彼の回想はこうした状況に対する彼なりの対応であった。彼自身の言葉でそのことを表せば、「ある者は、スターリンが党や国民に多くの悪いことをした(中略)事情に第一に反応している。しかし、別の者は、確かにこれは事実だが、それでもあの大戦争において我々が勝利できたのは、我々をスターリンが指導したからであって、もしスターリンがいなかったならば、敵を打ち負かし、勝つことができたかどうか、わからないと言っている。この後者の視点に自分は絶対的に同意できない」からである。
 フルシチョフに言わせれば、スターリンがいたからソ連は戦争に勝てたと考えるのは、奴隷の発想であった。「奴隷こそ、彼らのために考えてくれて、彼らのために組織してくれて、失敗したときには誰かに罪をかぶせ、成功したときには誰かにそれを帰してくれる、そういう人を必ず必要とする」からである。フルシチョフソ連国民に向かって、それでよいのか、と問うたのである。倫理観としては、彼の言うことはもっともであった。しかし歴史的にはどうであったのか。

 日本人である僕からすると、「とはいえ、スターリンはいくらなんでも『やりすぎ』じゃないか?」と思うんですよ。
 でも、ロシアの人たちにとっては、「恐ろしい裁者ではあったけれども、スターリンがいなかったら、ロシアはもっとひどいことになっていたかもしれない」という存在なんですね。


 そして、「スターリンがいなかったら、どうなったのか?」という問いには、「それぞれの人が思い浮かべる答え」しかありません。


 「ひどいことをして、戦争に負けてしまった指導者」に対しては、遠慮なく「×」がつけられるのだけれども、「様々な問題があったが、とにかくスターリンは勝った」のです。


 歴史というのは、事実を伝えていくのとともに、清廉な敗者を讃えたり、ひどいことをして勝った人物を、後世の人が断罪する場でもあります。
 でも、スターリンに対する「歴史的な評価」が定まるには、まだまだ時間が必要なのかもしれませんね。