琥珀色の戯言

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【読書感想】「ニセ医学」に騙されないために ☆☆☆☆☆


「ニセ医学」に騙されないために   危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!

「ニセ医学」に騙されないために 危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!

内容紹介
抗がん剤は毒にしかならない」「白い食物はNG」など、
ちまたにあふれる医学や健康の情報はデマだらけ。
近年では、よりカルト化し、多数の本やサイトでデタラメな情報が
撒き散らされているため、健康被害が出ることも懸念されています。


本書の著者は、ネット上でいち早くニセ科学批判を始めた内科医。
危険な反医療論や代替医療、健康法について、査読を通った確かな
文献をもとに、わかりやすく説明しています。


普段は騙されない自信がある人でも、いざ病気になると、
不安な気持ちにつけ込まれ、怪しい治療法に手を出してしまいがち。
しかも、一度「ニセ医学」にハマると、なかなか抜け出せません。
ご自身はもちろん、家族などの大切な人の健康を守るために、
ぜひとも読んでいただきたい一冊です。


 NATROMさんには、「いろんな攻撃を受けながら、ずっと正しい情報を発信されていてすごいなあ」というのとともに、僕はダメ医者なので、ちょっとコンプレックスみたいなものもあって。
 この本も「きっとちゃんとしたことが書いてあるのだろうな」と思いつつ、購入したあとも、しばらく積み本にしていて、読み終えて、深く感動したにもかかわらず、なかなか感想に手をつけられず……
 まあ、そういう「こちら側の事情」はさておき、この『ニセ医学に騙されないために』を読んでいて最も印象に残ったのは、著者の「良心」だったんですよね。


 ネットで、正しい科学知識を持つことの必要性を訴える人、そして、そういう人たちのフォロワーをみていて感じるのは「正しいというのは、人を傲慢にさせるのではないか」ということでした。
 間違った知識を広められることを抑止したいという強い気持ちから、あるいは、あまりにも無知な人々への憤りから、「騙されている人」に対して、「お前らはバカ」「www(嘲笑的な意味で使われるネットスラング)」というような言葉を使う人って、少なくないのです。
 

 NATROMさん自身は、傲慢な人ではなさそうだけれど、ネットでは、「正しすぎる人」にとっての神輿のような存在になってしまっているのではないか?
 

 でも、僕はこの本の最初に載せられているコラムを読んで、なんだかそんなふうに考えていた自分が恥ずかしくなりました。
「医療以外のものを試したくなる気持ち」と題されたそのコラムでは、著者が中学生の頃、お母さんが大病を患った際に、怪しげな健康食品を試していたことが語られていたのです。
 中学生だった著者の、そんな「わけのわかないもの」に頼りはじめたお母さんへの違和感と、家族の一員として自分はどうふるまうべきか、という迷いが率直につづられた文章に、僕はすごく共感したのです。
 僕自身、高校時代に母親が大病をした際に、医者であった父親が「これが効くらしい」と、当時話題になっていた(らしい)アガリクスを飲ませているのをみて、「医者のくせに、なんでそんなわけのわからなものに頼ろうとするんだ、それより、夫としてもっと早く妻の病気を見つけてあげるべきだったんじゃないのか?」と強く反発した経験があります。
父親の名誉のために申し添えておくと、母は当時の最先端の(エビデンスのある)治療も並行して受けており、予想されたよりもずっと長く生きました)


 こういう本って、「愚者の間違いを正してやる」っていうスタンスが伝わってくるものが多いじゃないですか。
 それに対して、NATROMさんが、この話を冒頭に持ってきたことには、すごく意味があると思うのです。
 医者として、科学者として、専門家としての立場は、崩すわけにもいかないし、「共感するだけ」の本ではいけない。
 「病気で苦しんでいる人や、その家族」を、「お前らは科学のこともわからないバカ」と嘲るのではなく、「病気で苦しんでいるときに、『ニセ医学』にすがりたくなる気持ちは、別に悪いことでも、ヘンなことでもない。だからこそ、病気が身近なものになる前に、正しい知識に触れて、心の準備をしておいてほしい」という、「共感」と「同じ目線の高さ」が、この本では貫かれています。
 

 「バカだから騙される」のではなくて、「本当に苦しいときは、誰だって、騙されてもおかしくない」。
 「ニセ医学」がこんなに盛況なのは、「ニセ医学が正しいから」じゃなくて、「ニセ医学を薦めている人たちのほうが、医療従事者たちよりも、患者さんの話を誠実に聞いているようにみせる技術に長けていたり、相手が欲しい言葉をかけてあげているから」なのかもしれないな、とも、僕は思うのです。


 でも、「甘い言葉に騙されてはいけない」のですよね。
 著者は、当直中に受診された60歳くらいの女性のこんなエピソードを紹介しています。

 いつ頃からどのような痛みがあったのかは重要な情報なので、患者さんに尋ねてみたところ、数か月前から痛みがあり、1週間くらい前から痛みがひどくなってきたという。大動脈解離や急性膵炎は否定できそうだ。しかし、そんなにも前から痛みがあったのに、他の病院は受診しなかったのだろうか。患者さんは話しにくそうにしていたが、約1か月前に大きな病院を受診し、『多発性骨髄腫』という診断がついたにもかかわらず、その病院での治療を拒否していたと教えてくれた。
 多発性骨髄腫は、血液系のがんの一種である。治療は主に化学療法、つまり抗がん剤だ。当然、副作用もそれなりにある。抗がん剤治療をしても治療するとは限らない。その当時は、すでにインフォームド・コンセント、つまり患者さんに正しい情報を伝えたうえでの合意による治療が当たり前となっていた。患者さんに本当の病名を隠して治療することなどはしない。「抗がん剤治療をして生存する確率はこのくらいです。副作用はこのようなものです」と説明される。抗がん剤治療で100%治るという保証はない。副作用もある。患者さんが不安になってしまうのは当然だろう。
 そこに、がんを治すことができると称する『気功師』が現れた。「医者なんかに任せていたら殺される」と吹き込まれ、患者さんは信じてしまった。抗がん剤治療を拒否するだけでなく、「病院の薬は毒だから、服用はもちろん、家の中に置くのもいけない」と気功師に言われて、通常の痛み止めも捨ててしまった。
 こうして気功による治療を受けていたが、そんなものでがんが治るわけがなく、痛みはどんどん酷くなっていった。いよいよ耐え切れなくなって気功師に連絡したところ「病院に行け」と言われて、私の当直していた病院を受診したという次第であった。
 応急処置として(麻薬ではない)通常の痛み止めの座薬を使用したところ、痛みはだいぶ改善した。がんも治せるはずの気功師が手の施しようもないかった痛みが、座薬ひとつで取れたのだ。その夜は痛み止めでしのいで、翌日に多発性骨髄腫の診断をした大きな病院を受診できるように手配した。


 これを読むと、「そんな気功師に騙されるなんて、よっぽどのバカなんじゃないの?」って思ってしまいますよね。
 でも、こういう事例には、ある程度大きな病院の外来や当直をやっていると、年に数回くらい遭遇するのです(あくまでも僕と周囲の人の経験上は、ですが)
 人間って、苦境に陥ったら、藁にもすがりたくなるものなのです。
 そこに、「ニセ医学」は、忍び寄ってくる。
 この気功師のような手合いは、最初は「絶対治る」「抗がん剤なんて毒だ」「病院なんて信用できない」と言って患者を集め、患者さんの体調が悪くなったり、末期的な状態になったら、手のひらを返して「じゃあ、うちじゃなくて、大きな病院に行け」というのが鉄板のパターンなのです。
「そんなに自信があるのなら、最後までお前が責任を持て!」と言いたくなります。
 これを読んでも、「自分は大丈夫」って、思う人がほとんどのはず。
 でも、そんなふうに騙されてしまう人って、けっこう「普通の人」が多いんですよ。
 ちょっと心配性で現実から目をそむけたいタイプとか、痛いのはイヤだ、とかいうくらいの「普通の人」です。
 そういう人が、がんを告知されると、心のバランスを失ってしまうのです。
 いや、がんの告知をされて、平然としていられる人なんて、そもそもいない。
 だからこそ、日頃から「予習」や「心構え」をしておいたほうが良いのです。
 まだ「病気」のことばかり心配しなくていい、今のうちに。
 

 著者は、「どこかに、いまの医学では知られていない、あるいは秘密にされている治療法があるのではないか?」という期待に対して、次のような例を挙げています。

「お金持ちや専門家しか知らない秘密の食事療法が存在する」と考える人もいるようだ。だが、アップル社を設立したスティーブ・ジョブズ氏の死因を思い出してみよう。報道によると、2003年に膵臓がんと診断されたとき、ジョブズ氏は手術を受けず、菜食や有機ハーブなどの食事療法を含む民間療法を試したそうだ。しかし、9か月後の検査でがんの増悪がわかり、ようやく手術を受けたという。あのジョブズ氏がアクセスできなかった秘密の情報が、存在するだろうか。


 いまの時代の「VIPのなかのVIP」と思われる人でさえ、そんな「秘密の治療」を受けることはできなかったのです。
 ましていわんや、われわれをや。
 医者の立場としては「そんな良い治療があるんだったら、とっくの昔にやってるよ!」なんですよ。
 医者っていっても、特別な存在じゃなくて、小学校や中学校で、隣の机で勉強したり、居眠りしたりしていた連中です。
 それが、医者になったとたんに「金のためなら、助かる人を見捨てる悪魔」になると思いますか?
 そもそも、助かるものなら、助けたほうがラクだし、気持ちが良いに決まっています。


 また、この本のなかでは、「データの取り扱い」についても、かなり詳細に説明されています。
「データがない、ちゃんとした症例報告もない、あるのは『患者さんの体験談』のみ」という「健康によい食品」のうさんくささだとか、出典も明らかではなく、設問そのものもいいかげんなのに、「根拠」として利用されているアンケートについても、ちゃんと「医学的に検証し、該当する論文が無いことを確かめたうえで」言及されているのです。

誤解:あるアンケートで「あなた自身に抗がん剤を打つか」と医師に質問したら、多くの医師が「断固NO」と回答した。


事実:がんの種類や病期を特定していないため、そのアンケートは捏造か、もしくは事実を正確に伝えていない。


 このデマは、「抗がん剤には効果がないから、医師は自分に打たない」などという意味で使われている。しかし、これにはトリックがある。「あなた自身に抗がん剤を打つか」と医師に質問したら、ほとんどの医師が「がんの種類と病期による」と回答するだろう。
 たとえば、「あなたが早期胃がんだったら、あなた自身に抗がん剤を打つか」と医者に質問したら、ほとんどの医師が「断固NO」と回答するだろう。早期胃がんは外科的切除で治癒するため、抗がん剤治療は必要ないからだ。一方、「あなたがステージ4(4期)の悪性リンパ腫だったら、あなた自身に抗がん剤を打つか」と医師に質問したら、ほとんどの医師が「抗がん剤を打つ」と回答するだろう。悪性リンパ腫には、抗がん剤がよく効くからである。
「あなたが切除不能の大腸がんだったら、あなた自身に抗がん剤を打つか」という質問なら、回答は分かれるかもしれない。私なら抗がん剤治療を受ける。完治には至らないし副作用もあるが、生存期間が延びるかもしれないからだ。一方、抗がん剤治療を受けない医師がいても驚かない。それは生存期間の延長に、どれくらいの価値を見出すかという個人の価値観の問題だ。
 いずれにせよ、がんの種類や病期を特定せずに『多くの医師が「自分自身への抗がん剤は断固NO」と回答した』とするアンケートには意味がない。このアンケートについてはインターネットのあちこちで書かれているが、その出典は明らかではない。

 

 多くの医者が、近藤誠先生の「がんと闘うな」という主張に反対しているのは、抗がん剤を使いたいから、ではないのです。
「患者さんには、科学的に根拠があるデータを知ってもらって、その上で、自分の治療や人生についての選択をしてもらいたい」
 これに尽きるのです。
 

 ここまで、「医学的にきちんと検証がなされていて、そのうえで、『普通の患者さん』に歩み寄っている本」は、稀有なのではないかと思います。
 『江戸しぐさの正体』の著者である歴史研究家・原田実さんが「江戸しぐさのような『歴史の捏造』を指摘しても、学会では全く評価の対象にならないため、多くの研究家は、嘘を指摘しても自分の業績にならないから、と無視しつづけてきた」ということを書いておられました。
 「ニセ医学」についても、医学の世界では、同じなんですよね。
 NATROMさんがこれを書いても、インパクトファクター(有名な雑誌に論文が掲載されると与えられる評価点)がプラスになるわけでもなく、大学や大病院で「業績」として評価されるわけでもない。
 なぜこんなに「ニセ医学」が氾濫しているかというと、「医者の側にとっても、バカバカしいとは思うものの、それを否定することに尽力しても、得るものが少ない」のもひとつの要因なのでしょう。
 こういう「ニセ医学」を否定することによって、信奉者から攻撃されることもありますし、本の印税はもらえるとしても、マイナス面のほうが大きいのではないでしょうか。
 『がんと闘うな』は売れても、『がんと闘うかどうかは、がんの種類や病期、治療のリスクや副作用などから、総合的に判断しましょう』は売れないんですよね、残念ながら。
 それでも、手を抜くことなく徹底的に調べ尽くして、この本を上梓したNATROMさんは、本当にすごい。
 

 ぜひ、一人でも多くの「いまのところ、病気のことなんて考えたくもないし、考える必要もない人」にこそ、読んでいただきたい。
 溺れているときに泳ぎ方の教本を開こうとしても手遅れだから、いま、冷静に読めるときに。

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